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與那城美和さんへのラブレター。「とうがにあやぐ」によせて。


與那城美和さんへのラブレターみたいになってしまった。美和さん、わたしこう思っているんだけど、どうよどうよ的でもある、笑。

FBで、美和さんの「新春民謡紅白歌合戦」での「とうがにあやぐ」を朝っぱらから聞いてしまった。あぁ、大変。手が止まらない。

「中国から来たカニという青年」つまり「唐ガニ」という意味らしい。

宮古は、古来から宮古に住む固有の人だけでできていると考えるのは、思い込みに過ぎないのではないのだろうか。
すなわち、国を超えた混血の多い場所であったとわたしは思っている。
宮古のいわゆるティピカルタイプは、少なくとも10タイプくらいあるような気がするからだ。だからこそ、あんな小さな島で、いわゆる「公の感覚」が異常に発達していると思わなくもない。

うちの弟は1メートル90くらいあるが、実際にも、宮古には意外に大きい人も多いのだ。目の色が違う人もいる。私自身も、島の小さな可愛らしい女の人とは、骨の太さが全然違う。可愛いけど、嘘。と、いうわけで、私が宮古の人の代表では全然ありません。

まぁ、それはさておき。

與那城美和さんの「沖縄紅白」を見ていて、はたと思うことがあった。
あまりにも素晴らしいので、一度目は聞き惚れてはいましたが、二度目に「あぁ!」と膝を打ったのだ。

この歌はお祝いの歌でもあり、島の太陽信仰と祖先信仰がさまざまな言葉に散りばめられている。

歌は世に連れ、人に連れだろうし、時代とともに変わった来たのだと思います。歌詞は特に。今回、與那城美和さんが歌ったトーガニーは、正月用です。トーガニーはたくさんあるのです。すごい、唐から来た人!多分、当時の人には、普通にいた歌の上手な神様だと思う。

かぎ正月ぬ参たりゃど大世や人栄
五穀豊穣 みるくゆがふよ

年さ重びゅーてぃ
八十八まうわりさまちよ

春ぬデイゴぬ花ぬにゃーん
宮古のあやぐやずうぬしま
糸音ぬ あてぃかぎかりゃよ

親国がみまい 下国がみまい
とぅゆましみゆでぃゆ

この歌詞だけに、わたしは感動しているのではないのだ。この歌を聞くと、ここまでたどり着いた島の歴史を自然と体感してしまうので、心がふるえるのでしょう。でも、それは、ただ身体が反応しているだけなので、頭で考えているわけではありません。あとからあれこれとを理屈をくっつけているだけかもしれません。

実は、別の「とぅがにー」にはこのような文言がある。非常に宮古的。

やぐみ御主が世や根岩どうだらよ

この「御主」は、単に太陽にも思えるが、それ以上に時の支配者とも考えることができます。「親国がみまい 下国がみまい」に関係する歌詞がその理由です。

根岩は、岩にはりつくようなたくましい植物の根のことを指します。直訳すれば。
そのような岩なら、信仰の対象でもあるはずだ。御嶽(うたき)に時折、見られるようなものかもしれない。

でも、この歌には、そればかりではなく、自分の生まれた場所、自分に血をわけた命があったことを示している。それは、今、歌っているわたし、聞いているオレも同じく、平等に命が祖先から流れてきているということを改めて意識させてくれているように思える。

島の人は、よく「根(ニー)」という言葉を使うからだ。だからこそ、外にいるような私たちは「旅に出ている」と言われる。わたしなんかもう30年近く旅に出ている。移り住んだのではない。旅に出ているだけなのだ。

「根(ニー)」のある人間は、旅に出ていないからこそ、それを意識しないことが当たり前になっていると思う。

わたしも、島を離れて、初めて「根(ニー)」を意識した。それは、別に宮古だけじゃなくて、どこの人だって同じだろう。

現実逃避的に「根(ニー)」を探す行為は、今を生きていないことでもある。そのうえで、私は、東京を生ききれていないかもしれない。でも、もうすべてのひとが定住化というフェーズは、時代的に過ぎたのではなかろうか。だからこそ、また改めて「根(ニー)」という言葉が、心に気持ちよく響くのだろうと思う。

そして、この定住感のなさ、トライブ感がわたしには心地よい。いわゆるバンドと呼ばれる50~70人の世界かもしれない。

社会進化論(social evolution theory)の人類学者エルマン・サーヴィス(Elman Rogers Service, 1915-1996)が提唱した
「基本的には狩猟採集民の社会形態である血縁集団を中心とするバンド、親族集団が拡大しながらもその親族集 団にもとづいて政治権力が行使されるバンド(部族)」という意味です。

歌に戻ります。

春ぬデイゴぬ花ぬにゃーん

もしくは別のとうがにあやぐではこう歌われる。

春ぬ梯梧ぬ花ぬ如ん 宮古ぬあやぐやすうに島

宮古の歌は、当時、首里にまでとどろくくらい、沖縄全域でデイゴの花のように美しいものだとたたえている。自画自賛にも思えるが、みなさんは、デイゴの花の強烈な真紅とホロホロと散っていく儚さをご存知だろうか?
わたしは、切り枝をもらって、目の前にして、初めて知った。

切り枝にすると、早くに散ってしまう。まるで人間みたいだ。根のないものは命が儚い。

遠くインドから渡ってきて、いつ沖縄に根をおろしたのだろう、などなど、気持ちは落ち着かない。インドが呼んでいる、笑。

歌詞では、八重山諸島の話まで出ている。宮古島の人もいろいろあったんだろうなぁ、と思う。それは、支配されたり、支配したり。オヤケアカハチの言説が宮古八重山で大きく違うことにも、思いをはせざるを得ない。

親国がみまい 下島がみまい

と歌うが、それは、親国が首里であり、下島が宮古八重山であることを指している。宮古島の支配者や神を讃える歌という解説が歴史的に行くと順当だと思う。

でもその言葉の中にいっしょに「世」という言葉が出てくる。

「大世(うぷゆー)」「やぐみ御主が世(やぐみ うしゅがゆー)」

私は、いつも日本語で、この言葉の概念が説明できない。かなりあいまいなものだからだ。ざっくりいうと、幸せそのものである。

でも、それは個人的なものではない、ということが伝わってくる。これが、私が本土の人たちに伝えにくい部分だろうなぁといつも思う。わたしたちは、島の社会に生かされており、どんな人間関係もまったく無関係ではない。すべてがワタクシゴトであるのだ。さっきの述べたバンドの概念へのステップを島が踏んだことでもある。

「より効率的なマネジメントによる利得("managerial benefits")による中央集権的な組織や官僚制の萌芽がみられる首長制――ここでは支配と被支配や従属という政治権力がより明確になる」

ということでもある。それはそのように島が社会化していく様子に思える。

そこには、明確な支配と被支配の概念があるわけではなく、曖昧模糊としている。

だからこそ「理由なく人がそしられれば、自分もいつかそしられるであろう」とわたしは考える。人の痛みもワタクシゴトなのだ。

わたしが知っているオバーたちは、人の悩みや痛みを、いっしょにオイオイ泣きながら話を聞いていた。
勿論、何も解決しない。本当に、ただ泣いているだけなので。

でも、それは、その人を救う。ともに泣いてくれる人がいる、それだけで心は軽くなるのだ。

そうやって、我慢しながら、島の生活は成り立ってきたように思う。

なので、南國、リゾートという感覚は、離島にはない。あくまで、わたしにとって。
たまに見るから、青い海は美しい。
毎日あると「夢のように美しいところで、日々の生活をおくる」ただそれだけだ。

それは、決して卑下しているのではなく、ただ、そういうメンタリティに島ではならざるを得なかった。

なので、支配者云々よりも、日々をどうやって生きるか、のほうが、島にとっては大事だったに違いない。
人びとの願いや祈りは、まずは自分の目に見える身近な人びとが、どうすればおなかいっぱいに生きていけるかだったのだと思う。

そのうえで「支配するなら、人々に幸せを与えるべきだ」という主張は、暗黙の了解にすら思える。

だから、ヤマグ(宮古にいた山賊・人頭税の時代に支配から逃れ、山にかくれた)とかサンシー事件とか、我慢を超えたところに起こったのだろうとも思う。島の人の祭祀行事を禁止した経緯も含めて。結局、あまりにも島の人が元気がなくなったので復活したと表向きはなっている。きっと暴れたのに。

それは、島的には、あまりにも非人間的だったのだろう。

人は、踊って歌って生きるのだ。それが生命力なのだ、と人間の身体はしっている。生き物としてしっているのだろう。

実際に歌わなくても踊らなくてもいい。心が、魂が踊るように歌っていて生きていくということだと思う。生命の喜びなのだ。

島にとっては、踊りは自発的で、歌はコミュニケーションなのかもしれない。だからこそ、神に向けて踊り歌う祭祀は、今もあんなに見ているものの心を沸き立たせる。

閑話休題。

宮古の人は、自分の矜持について、あまり言語化しないように思う。説明を求められればするけれど、しなければする必要はないと考えている。くどくど言うのは、無駄だし、もし言うのであれば、それは身内に「立派な人間」であるように諭す時くらいではないかと思う。

嘘や陰口は必ずバレる、島はそんな規模。

日本では、礼儀という型が重視されるが、宮古では「なぜそのような行動をするのか」という本音の部分の礼儀を問われる。突き詰めれば、その人の人間としての行動の原理原則を問うことでもあると思う。それは、社会と自分がつながっていて、すべてワタクシゴトであるという意味もあると感じている。

その部分さえ、きちんと押さえておけば、宮古でもめたりしても、自分の意見を主張すればいい。相手が悪いと言ってもしかたない。人は人だ。考えが違う。ただ物事を解決すればいい。何もいたずらに気持ちを脅かされたりしないはずだ。

わたしは、移住している人が「宮古の人はこうだから嫌だ」と話すのも、宮古の人が「ないちゃーだから嫌なんだ」と話すのを聞くのもめんどくさい。それは、あなたのモメている人が、どこの人が原因ではない。

あなたのその人だからモメるのだ。当人以外の島の人やないちゃーがそのモメている人と同じように思っている、というのはただの被害妄想だと思う。

まぁ、それはさておき、これは宮古の人とつきあうときの教訓だと思う。我慢強い。ほとんどの人が過度に個人の権利を主張するわけではないと思う。

けれど、一度せきを切ったら、本土の人がびっくりするようなことを言われるかもしれない。まさに「とぅゆます(響かせる)」という感じに近い。

その時は、すべてを出して、とことん責任を追求するからだ。それは、本土の感覚からいうと、かなりキツイものかもしれない。わたし自身、そうだと思う。一度、表に出したら、おざなりにはしない。

公私の感覚が、東京と宮古は違いすぎて、その説明をするたびに、相手をますます迷宮に迷い込ませたりもする。でも、ほんとにこの感覚は、宮古の歌を説明するとき、その言の葉ひとつひとつを音にしてみるとき、公私が一番現れているのではないかと思う。

はぁ、正月からっていうか、誕生日にわたしは何を書いているんだ。與那城さんの歌のマジックかもしれないなぁ。美和さーーーん、と叫んでみる。心の声で。

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