見出し画像

VOL5:株式会社Compath代表 安井 早紀(やすい さき)さん

慶應義塾大学卒。学生時代は、福澤諭吉記念文明塾や、NPO法人Teach for Japanに従事。卒業後はリクルートキャリアで勤務したのち、一般財団法人地域•教育魅力化プラットフォームに参画。並行してデンマークの「フォルケホイスコーレ」に構想のヒントを得た「人生の学校」の設立を構想し、2020年4月に株式会社Compathを設立。夏の開校に向け現在、設立準備中(インタビュー当時)。


―このインタビューでは、教育のフィールドで想いを持ってチャレンジしている方のお話を聞いていきます。今回は、この夏に北海道の東川町で「人生の学校」を立ち上げる構想をもって、準備を進めている株式会社Compath代表の安井早紀さんにお話をお伺いできればと思っています。

安井:よろしくお願いします!


Index

1、勇気をためる「余白」の時間

2、フォルケホイスコーレとの出会い

3、挫折経験でつながる共同創業者

4、私はやっぱり人生の学校がほしい

5、人の生きざまの語りから、人生の教訓•哲学を学ぶ

6、北海道•東川町ではじまるSchool for life compath

7、学校づくりをとおして社会が変わっていけばいい



1、勇気をためる「余白」の時間

―先週末に会社設立記念パーティーをされましたね。オンラインの中でも、安井さんと共同創業者の遠又香さん(以降、香さん)にかかわる大勢の方が集まり、2人の門出を祝う素敵な時間になりました。

安井:実はもともとパーティーをやろうと決めていたわけではありません。夏の学校開校にむけて4月に会社を立ち上げたものの、コロナが訪れて、急にわたしたちに余白がやってきました。このタイミングでやるべきことって何だろう、いまわたしたちは何を感じ、どのような衝動を抱えているのだろうとポストイットで出したんですよ、オンラインホワイトボードを使いながら。そこに出てきたキーワードは、勇気がほしいね、でした。構想から3年。私も香も本業を抱えながらの準備期間で、まだ十分にわたしたちの構想が、自分たちの言葉になっていない感覚でした。だったら、会社設立記念パーティーという形で、自分たちの周りの大切な人達にお声をかけて、それを機会にして、自分たちの言葉をたしかなものにして、勇気にしようと考えました。


―会社設立記念パーティーはどのような場にしたいと思ってつくられたのですか?

安井:Compathの想いの表現の場、そして想いを重ねてもらう場にしたいと思って作りました。まずわたしたちが、その土台を置いてみる覚悟ができたことが大きいです。当然、重ねられると、もとの土台に揺らぎが起きますよね。それが不安なら、あの場を始められなかったと思うのですが、ようやくみなさんの想いを重ねられる準備がわたしたちにできて、あの場をつくることができました。


―終わってみてどんな気持ちですか?  

安井:すごく不思議な気持ちです。もっと感傷的になるのかと思っていましたが、意外とそんな感じでもなくて、翌日がスッとやってきました。


―それはどういう感覚なのでしょう?       

安井:構想してきたいままでの3年間に区切りをつけられたような感覚です。いままでは、なにかを決めて言葉にすると、決めたものを変えてはいけない、守り続けないといけないという感覚があって、言葉にすることを躊躇してもいたのですが、今回はじめて、手放しても大丈夫だという感覚になれました。これはこれでいったんいまのバージョンとしておいておきながら、きっとこれからわたしたちの構想はブラッシュアップされていくのだと思えて、それでこうしてスタートが切れたのかなと思います。


―次の一歩は?

安井:はじめることです。実践者であることを大事にしたいと思っていますので。やってみること、はじめてみること。いよいよ北海道•東川町という場所でわたしたちの学校をはじめられることが楽しみです。


2、フォルケホイスコーレとの出会い

―のちほど学校の中身についてもお伺いさせてください。さて、「フォルケホイスコーレを日本にも」という構想からこのお話は始まっていると理解しています。そもそもフォルケホイスコーレってなんですか?

安井:デンマークで175年もの歴史をもつ人生の学校で、17.5歳以上ならばだれでも通えます。高校卒業したてで、大学に入る前の人もいれば、社会人を数年やってみたけど人生これでいいのかと考えはじめた人もいますし、シニア世代の人もいます。年代や属性ではなく、「だれかとともに、少し立ち止まって人生について考えたい」という感情でまとまった人たちが集う場です。全寮制で、生徒はみな泊まり込みで暮らしています。


―フォルケホイスコーレとの出会いは、香さんとのデンマークへの旅だと聞きました。なぜふたりでデンマークに?

安井:3年前、当時まだリクルートの人事職で忙しく働いていた時期だったのですが、労働時間もかなり増えていて、休みが必要になりました。その時に、香と久しぶりに会ってご飯を食べていて、彼女も私と同じようなタイミングだったので、「思い切って旅をしよう」となりました。


―それでデンマークに?

安井:ふたりの共通点は「教育」でした。なので教育をテーマにした自分たちのための旅を自分たちでつくることにしたのです。いろいろな国を列挙するなかで、デンマークが面白そうだということになりました。フォルケホイスコーレ以外にも、「森の幼稚園」とかもあって。確実にアポイントをとるために、まだなにもきめていないのにもかかわらず、「学校をつくろうと考えている者です」と言って、見学をさせて頂くことにしました(笑)。


―そこでフォルケホイスコーレに出会って、何を感じましたか?

安井:だいたいフォルケホイスコーレは、都市から外れた場所にあります。ジブリで出てくるような森の中にあるイメージです。そこで先ほど言った属性の異なる人たちがともに暮らしているのですが、そこでの会話が「今日のクッキー美味しいね」から「最近の政治どうだろう」や「人生や哲学について最近考えたこと」とかで、なんかいいな、と直感的に思ったのです。かつ、これはあとから思ったことですが、これが国の正式な教育機関なのです。デンマークの国内には70くらいのフォルケホイスコーレがあるのですが、本当に寛容で豊かな社会だと思いましたね。


―日本の人口に換算したら1500くらいはあることになりますね。

安井:そうです。日本だとフォルケホイスコーレにいる人というのは、もしかすると「立ち止まってしまった」人という見られ方をするかもしれません。ですが、デンマークではそれが当たり前のものとして受け入れられています。この空間と時間に対する価値を皆が認識していて、いまは立ち止まっているけれど、このタイミングで自分のとらえている世界をリフレーミングして、感性を磨きなおすことが、自分にとってもプラスだし、社会にとってもなんだったらプラスなのだと皆が信じあっているという光景が、目の前で繰り広げられていたことへの感動がありました。どこかでこうあるべきではないかと思いながら、忙しく働いていた自分にとっては衝撃的な光景だったのかもしれません。


―そこで暮らしている人びとの1日はどのようなものなのですか?

安井:暮らしは林間学校、学びの形式は大学、トーンはカルチャースクールみたいな感じです。コースはフォルケごとに色があり、食・サステナビリティ・ジャーナリズム・アートなど学ぶ内容はさまざま。先生と生徒の対話で授業が展開されます。全寮制なのでご飯を準備したりや共に暮らす中でも多様性や学びが隠れています。一見、普通の大学に近くきこえますが、とにかく「余白」があるのが特長です。生徒自身が学校の運営や授業の進め方に提言し、ともに変えていくことができるスタイルです。「フォルケホイスコーレは時期、参加者によりそれぞれ色が変わる未完成の学校なのよ」と校長が言っていたことが印象的です。


―余白ですね。それに触れて、その旅のなかでおふたりは事業計画を一気に書き上げたそうですね。

安井:私たちにとってのこの旅の最終日がまさに「余白」でした。前日までは、毎日アポイントをとっていろいろな施設を訪れていましたが、最終日はたまたま時間がたっぷりあったのです。そこで問いがたくさん生まれてきました。「なんでこれ日本になくて、デンマークでできているんだっけ?」「まず第一歩、小さくやるとすれば、なにができるんだっけ?」などなど。


―その時に、ふたりでフォルケホイスコーレを日本につくりたいと思ったのですか?

安井:そうです。直観的に。


3、挫折経験でつながる共同創業者

―共同創業者の香さんとの出会いはどういうものですか?

安井:慶應義塾大学時代に「文明塾」というコミュニティで出会いました。そこはリベラルアーツの対話と議論の時間で、3か月ほどの期間、学生と社会人とがともに学びあう場なのですが、彼女とは同じ期生でした。実はそこまで当時仲がいいわけではなかったのですが(笑)


―そうなのですね。

安井:ただ共通点はありました。私は当時、NPO法人のTeach for Japanにかかわっており、香は同じくNPO法人のJUKEにかかわっていて、教育×NPOのタグが同じ。かつ、卒業後は私はリクルート、彼女はベネッセに進むなど、そこも似ているのですよね。それで卒業後も年に1度くらい会って食事をしている関係だったのですが、デンマークへの旅で一気に仲良くなった感じです。


―この人と一緒に事業をやると決められたのはなぜですか?

安井:実は、そのときつくろうというのはいまの構想ほどのものではなくて、もともとは「旅する人生の学校」というツアープログラムをつくろうくらいのものではあったのでした。


―とはいえ、ふたりでやろうと思えるなにかはあったわけですよね。

安井:旅の道中で共鳴したのですが、ふたりとも共通した挫折経験を持っているのは大きいと思います。


―挫折経験でつながっているのですね。濃い雰囲気を感じます。

安井:「これからこのままでいいんだろうか」が共通の合言葉でした。私の場合はリクルート5年目、そこそこだなあという自分を感じつつ見ないようにしていました。リクルートの優秀な人ってやっぱりすごくて、めちゃくちゃ努力してているんですよ。器用にこなすほど強くなく、他責にするほど諦めたくない自分に中途半端さは感じていました。かといって自分でやるまでの自信はなく。本業以外で立ち上げたプロジェクトがいくつかあったのですが、大体私の想いが強すぎて押しつけちゃってチームがうまくいかなくて、最後孤独になって終わるパターン。ああこれはリーダー向いてないな、とも思っていました。


―孤独ですか・・・

安井:頼り下手なのもあるんですが、私の想いが強すぎて、押しつけられているように感じる人も出てきたり、逆に私は私で、押しつけないようにと言うのはやめようと思って距離があいてしまったり。なので、自分の色を貫くためには孤独にならないといけないし、組織や誰かとやるなら自分の色は出せない。どっちかしかないんじゃないかな、と諦めていたところだったんです。その背景がふたりとも非常に似ていました。


―なるほど。

安井:旅の中でもその話はたくさんしました。そんな背景を抱えているふたりだったので、ふたりで始めるのは当然勇気が必要でしたが、デンマークでのフォルケホイスコーレとの出会いは、それを乗り越えてでも「つくりたい」と感じさせてくれるものでした。


―その感情の高ぶりは同じ温度感だったのですね。

安井:そうなのです!ふたりでも色を出せるかも、と感じました。


―そこから今に至るまで、ふたりで3年かけて準備を進めてこられました。

安井:始めてみたらものすごく相性がよくて。まず、信じたいものと、テンションが上がるものが似ていること。あとは、恋愛じゃないですが「その人といるときの自分が好き」なことも大事だなと思っていて、一緒にやっていると強みが倍発揮されている感覚です。結果だけではなく、そのプロセスが大事で。ふたりでやっていると、結果もプロセスも、きっとおもしろいという感覚をふたりとも感じていることがわかります。


―素晴らしいパートナーですね。

安井:よき対話相手、よきパートナーとして、香がいます。同じと違うがちょうどいい感じで。あまりにも違うとしんどいけど、同じすぎてもしんどい。そのなかで、共に創っていく、そのはじまりの相手として、すごく心地よいパートナーだとお互いが思えていて、違いがあることに価値があると認めあえています。




4、私はやっぱり人生の学校がほしい

―事業そのもののコンセプトも、最初のデンマークでのフォルケホイスコーレとの出会いから変化しているのではないかなと思いますが、そのあたりはどうですか?

安井:最初はいかにしてフォルケホイスコーレを小さくして日本になじませるかに思考がよっていました。でも半年くらいたったタイミングで、短縮版や分割版ではなく、私はやっぱり人生の学校がほしいんだよね、と気づいたのです。


―なるほど。

安井:そこから方向性がかわり、だったらフォルケホイスコーレを日本に持ってこようという形に変わりました。これが第2フェーズです。そのときはフォルケホイスコーレそのものをすごく探求したし、デンマーク人にたくさんヒアリングもしました。ところが、それはそれでまた無理が生じてきたのです。フォルケホイスコーレはやっぱりデンマークにしかなじまない。日本に持ってくると、ちょっとなにかが違う。


―それで最終はどうなったのですか?

安井:「日本にフォルケをつくる」という言葉から卒業しようという話になりました。分かりやすいから使っちゃうんですけどね。今回のパーティで共有したものがそれになるのですが、やりたいことは、人生に余白をお邪魔させること。その余白で問いという一歩を踏み出すお手伝いをすること。合言葉は「私のちいさな問いから社会が変わる」。実現するプロセスの一つが「人生の学校」という位置づけに収まりました。


―一方で、変わらない想いもありますか?

安井:誰かの物語は、誰かの学びになるというキーワードです。フォルケでも大切にされているその部分に共鳴して以来、そこはずっと変わっていないです。それを信じています。それぞれの人生に意義があり、人びとが出会って語ることや、その行動を、交差して対話しあうことがとても価値があるということは、ずっと信じているし、変わらないことです。


5、人の生きざまの語りから、人生の教訓•哲学を学ぶ

―偉人伝だけではない一人ひとりの物語を信じるということでしょうか。こうした価値観をもつようになった原点はどこにあるのでしょう?

安井:情熱大陸も本も好きで読むのですが、やっぱり一方向だと思うんですよね。私が人生で一番学びを得た瞬間って誰かが自分の人生の教訓・哲学を持って語ってくれた言葉で、そこにはその人と私の中で流れている文脈があって、私の物語と誰かの物語が交差した瞬間なんです。


―覚えているシーンはありますか?

安井:社会人になって採用人事をして、多くの方の物語を聞いていたことを思い出します。リクルートの面接は、候補者のルーツをひたすら聞くことが特長なのですが、その過程で出会った人びとの物語一つ一つが印象に残っています。どんなに起業をして強そうに見える人でも、裏側には弱さや不安を抱えていたり。人はどうしても終着点としての結果を見てしまいがちです。ですが、プロセスや背景を聞くと、そこに人の生きざまやらしさが詰まっていることが見えてくるのです。その物語を交換しあうことで学んでいける。


―プロセスをみて、物語を交換しあうことって時間がかかりますよね。

安井:リクルートの人事をしていたときに、なんかずるいなと思っていた話をいま思い出しました。高校くらいまでは勤勉であることや、こつこつと努力をすることが大切にされる世界に生きていたように思うけれど、雇用側が求めている人材というのは、「ここであなた休学して起業したのいいね」みたいな、外れ値をたたえる傾向があることに気づいたのです。私も採用者の立場でそうした観点をもって候補者を見ていましたが、落ち着いて考えると、あれ、それってなにかずるくない?つながってなくない?と思っていたことを思い出しました。


―たしかにそうですね。

安井:会社に入っても、イノベーション人材たれと奨励されるけれど、イノベーションを起こす余白をちゃんと持たせられているのかなというのも考えました。絶対にやらなければならないことがたくさんあって。それはもはやシステムの問題・課題なのではないかと思ったのです。いまのシステムに早く上手に乗れる人たちが、次のシステムをつくっていく社会になっていて、偏った人たちだけで社会がつくられているのではないかという違和感がありました。


6、北海道•東川町ではじまるSchool for life compath

―そういった問題意識をもっているときに、デンマークでフォルケホイスコーレに出会ったということですね。ところで、新しい学校はなんと呼べばいいのですか?

安井:School for life compathという名前になります。


―今年の夏にこれが北海道の東川町に開校されるということですが、夏のプログラムではどのようなことが学べるのですか?

安井:これから詰める段階ですが、まずは東川町のキーワードであるクラフト・食・アートの3つの切り口で、1本ずつ人生の学校のショートプログラムをつくることを考えています。


―どういう人にこの学びを提供したいというのはあるのですか?

安井:初年度なので、自分に対しても社会に対しても違和感をもっていて、自分も社会もあきらめたくないという風に考えている人に、来てほしいなと思っています。参加者/学習者という感覚というよりも、一緒にこの学校・この学びをつくりあげていく人というイメージですかね。


―違和感や葛藤を抱えて育ててきたからこそ、おふたりともここまで歩んでこられている気がします。

安井:そうだと思います。学びに来てくださる方は「同志」という感覚です。「誰に学びに来てほしいの?」ということはよく言われて、ディスカッションを重ねてきたのですが、この前ある人に言われたのは「君たちみたいな人に来てほしいのでは?」と言われて、そうだなと思って腑に落ちました。


―北海道の東川という町を選んで学校をはじめることになったのはなぜですか?

安井:完全に偶然の人の出会いです。たまたま香の旦那を通じて、東川に暮らす新田さんという養鶏家の夫婦と出会い、ものすごく気があったのです。だいたいわたしたちの構想を人に話すと「よくわからないなあ」という反応になることが多いのですが、「それはすごくいい構想だね」と初めて深く共鳴してくれた方だったのです。


―そこからこの東川で学校をつくるところまで一気に?

安井:さっき話した話の流れでまずは小さく試してみようと、去年の夏に小さなツアープログラムを実は東川町でやってみたのです。ツアーの参加者にもわたしたちの構想を話したとき「場所って決まっているのですか?」と聞かれたのです。


―その時はまだ決まっていなかったですよね?

安井:はい。なので「1年くらいかけて場所を探そうと思っている」と返したのです。ですが、そのとき自分のなかに、「こんなに素晴らしい人たちがいて、場所があるのにここと決めないここでやらない理由はあるのか?」という問いが生まれてきました。新田さん以外にも価値観が通じあう人との出会いがたくさんあって、それで、もうここでつくろうと。たくさん選んで判断するというものではないと思いました。


―ふたりの物語が広がっている感じがします。

安井:それは感覚としてありますね、たしかに。


7、学校づくりをとおして社会が変わっていけばいい

―これからのビジョンはどのような感じでしょうか。

安井:(深い沈黙・・・)


―(待ちの時間・・・)

安井:学校をつくりたいというのはありますが、それ以上に、学校づくりをとおして社会が変わっていけばいいなという想いがあります。とある方に「きみたちの取り組みは、学校をつくるということでもあるのだけど、共感的で運動的で市民的なムーブメントなんだよね」と言われたときに、すごく合点がいきました。フォルケホイスコーレ的な学校っていまほんとうに日本に必要ですか?いまって余白ありますか?そもそも余白はいまの社会に必要ですか?などを問いかけることをしたい。これをみなでよってたかって考え、考えが重ね合わさるときに、何かが変わっていく気がしていて、それが楽しみです、いま。


―そういうことを進めていくことになる30代をどうとらえていますか?

安井:いま29で、そろそろ20代が終わるのですが、20代は自分のために言葉をつくってきた時間だったととらえています。うすっぺらい言葉もほんとうの言葉もすべて、自分のためにつくっていた感覚です。30代では、10年たっぷりかけて、次の世代のためにことばをつくりたいと思っています。


―そこに明確な意思があるのですね。

安井:いま私が話している、人生や社会に余白が必要だということってわかりづらいのです。わかるひとにはわかるのだけど。なのでこれは誰かがやらないと一生広がらない。まだ社会の共通言語になっていないのですね。かつ、これは瞬間的に広がるものではなく、実践者として地道にやっていくからこそ手触り感のある言葉になっていくというのが、正解のない社会の生き方だと思ったときに、10年間はかけて次の世代に、こういう生き方を提示することが必要なのかなと考えています。


―安井さんのビジョンを聞くなかで、このビジョンにかかわっていくことで、自分の人生が豊かになる確信を持っています。これからも応援させてほしいです。

安井:話してみて思うのは、本当にもう早く実践がしたいということですね。抽象的なことがまだ多いのですが、実践を通じて力強くなっていくことに私自身も期待したいと思います。


―1年後、2年後にこのような話をしたらどうなっているのかなというのがすでに楽しみです!哲学や思想から実践に移りつつある、この過渡期にお話が聞けてよかったです。

安井:私もです!


―本日はありがとうございました!


株式会社Compathのnoteはこちら。

School for life compathのビジョンシェアリングに参加してみたい方はこちら。

https://compathvisionsharing.peatix.com/






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?