英才教育

夜更かしついでにまたまた過去作。

実に2013年の作品。登場人物等に時代を感じます(笑)。

これまた掌編・短編小説の類。(中長編はどう載せればよいのだろう?)

「英才教育」

あぢぃー。狭いし、うるせぇし、んだよコレ。。。

どいつもこいつも熱すぎるっつーの。たかが娯楽じゃねぇか。何そんなに一喜一憂してやがんの。こっちは久々のデートなの、デート。

てか、隣の誰かさんも熱いんですけど。どこの誰が「野球見に行こう!」なんて言ったんだよ!って俺なんだけどね……。東京ドームじゃなくて神宮なら解放感もあるし、いいと思ったんだけど、なんか違うし。異様だぞ、雰囲気が。

「ブラッド、打て~!!!」

いや、あのさ、叫んでもいいけど、つーか、今日は静かにしててくれていいんだけど。座んなよ、とりあえず。さっきからず~っと立ってるし。いい加減座れよ、って俺も立てばいいのか……。

「おーい、あのさぁ……」

全然聞こえてねぇじゃねーか。ったく、ココ内野指定だぜ。立ったら後ろの客の邪魔になるじゃんか……。こうなるんだったらバックネット裏のVIP席でも取っておけばよかった。もう知らんわ。

「はい、これ持って。叩いて。ほら!」

カンフーバットかよ。確かに周りにも叩いてる人いるけど静かに見てる人もいるし、なんつーか普通にできんのかね、君ってやつは。

「かっとばせ~、前田!」

「なんか気の抜けた応援ねぇ。アンタ、一応カープのファンでしょ。しっかりしなさいよ、も~。これだからニ十年も優勝できないでいるのよ。アンタだって優勝見たいんでしょ。まだ分からない位置にいるんだから、今。もう誘ってあげないよ」

おーい、「アンタ」っておいおい!つーか今日誘ったの俺だし、一応。確かに俺のノリが悪いのは認めるけど。ゆっくり見たいときだってあんだろうが、ちゅーか久々に二人の時間を過ごしてるっちゅーのに、さっきから罵倒されてばっかじゃんかよ、俺。今度二人で会うときは野球はパスだな、絶対。決めた。

「ちょっとそこの二人座れよ!」

ほーら、怒られた。うわぁ、怖そうなオッサンやんけ。

「すみません……」

なんで俺がアホみたいにペコペコ頭を下げなきゃいけねぇんだよ。まあいいや、これで席に座れる。オマエも早く座れよ。

「代打前田で一打逆転、一番盛り上がってる時に何よ。あのオッサンこそ立てばいいじゃない!」

いやあ、マナー悪すぎ。参ったな、これ。球場でケンカしたくないし、今度機会があったら注意しとこう。。。

あ、前田が押本のフォークで内野ゴロ。アレ、足の速い選手だったらセーフじゃねぇか? 前田もホントに走れなくなったなぁ……。とか言ったらコイツ、めちゃくちゃ怒るんだろうなぁ。あ~、やれやれ。。。

「あ~、前田様……」

さすがに代打の切り札が打ち取られて意気消沈しかけているようだ。「0対2」で8回裏を迎えるところ。今日のヤクルト投手陣から3点とって逆転するのはなかなか厳しそうだ。

8回裏に2点ビハインドながらセットアッパー今村を投入して無失点に抑えるも、9回表はヤクルトの守護神バーネットに三者凡退に斬って取られゲームセット。この大事な一戦での負けに、周囲の観客は帰り支度を始め、グラウンドを見ると選手が続々と引き上げていく。

「前まで見に行くわよ!」

おいおい荷物、席に置きっぱなしだぜ~!あ、俺にココで見てろと。。。まあ別に俺は前まで行かないからいいけどなんだかなあ……。

アイツは最前列に詰めかけ、選手一人一人に声援を送っている。俺はその姿を見失わないようにしながら、後ろの座席で荷物の見張りをしている。

しかし、レフトスタンドは赤いなぁ……。

あの「赤」は本当に映える。今日負けはしたが応援団はじめファンの声援は凄まじかった。優勝ねぇ、長らく見てないなぁ、確かに。

気温が下がってきたのか夜風が心地いい。この程度の人口密度になると球場はとても居心地のいい空間になる。あー、しかし尻と腰が痛い。この固くて狭苦しい座席は何とかならないものか……。

相手チームのヒーローインタビューが終わり、選手や監督・コーチ陣も全員引き上げ、彼女が最前列から戻ってきた。

「ねぇねぇ、今何時?」

「何時って、ほら9時40分」

俺はバックスクリーン上部の時計を指さして言った。

「やっばーい、あやちゃんと10時に渋谷で待ち合わせしてんのよ。猛ダッシュで10分遅刻。悪いけど荷物持って帰っといて。じゃあね。あ、ネクタイ曲がってるわよ」

そういって俺のネクタイを直すふりをして、ぐい~っと派手に曲げ、「きゃはは~♪」と笑いながら手を振って駆けて行った。

アイツ、ホンマに洒落にならんわ!と思いながら、

「金曜日の夜だからってハメ外すんじゃないぞ~!」

と大声で叫んだ。その声が届いたのかどうかは分からないが、背中を向けたまま大きく手を振る姿が小さく見えた。


そんなこんなで愛娘との20年ぶりのデートは終わった。

昔は「帰ろ、早く帰ろ!」という娘を「まあまあ……」となだめながら戦況を見守るのが定番だったもんだ。あの頃のカープは強かった。アイツは優勝を見てるんだよなぁ、どれくらい記憶に残っているのかは知らないが。

小学校も高学年になると誘ってもついてこなくなった娘だが、「蛙の子は蛙」。昔の私並みに熱いファンになってしまった。しかし、私もトシをとったもんだ。あの頃は娘の応援に自分がついていけなくなるなんて想像したことがなかった。

チームのロゴマークとマスコットキャラクターが入った赤いトートバッグを右手に、自分のビジネスバッグを左手に持ち、ゆっくりと家路へ向かう。あの頃は野球仲間と「『英才教育』頑張ろう!」と競うように球場へ親子連れで通ったものだが、果たして……。

苦笑いを浮かべ、外苑前駅へ向かう。ふと振り返ると球場の照明がまだ燦々と降り注いでいる。外から見たこの球場もかなり好きだ。いつから「狭い」とか「暑い」とかシケたことばかり言うようになったんだろう、俺は。

「しかし、重いなコレ……」

なんだかその重みが嬉しいのやら、悲しいのやら、よく分からず俺はトボトボと駅までの道のりを一人歩いた。

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