明智家紋-陰note

06.まずい! 明智十兵衛光秀の家紋って?

あーどうしょう。
先日、井伊美術に明智光秀公から一時期家臣だった木俣守勝がもらったという具足櫃に「桔梗紋」が入っているのを見つけました。

あらカワイイ! などと tweetした後に まてよ! と気が付いてしまいました。単純に「水色桔梗紋」で検索して、光秀公のご子孫さんが書かれた本の表紙、『美濃源氏 土岐氏累代記』(S57)もチェックして、既に看板にまでしてしまった明智家の家紋。

そう、違うのよ。。。桔梗紋なので、もちろん桔梗の花なんですが、確かに具足櫃(箱)の方が、桔梗のおしべっぽい。

もう一度、検索してみると 明智家の家紋は「陰桔梗」とある。

そう、土岐氏の出身だからと言って 同じ「水色桔梗」とは限らない。私の先祖が深く関わっていた甲賀21家の佐治氏と そこから分家された 大野佐治の家紋は、微妙に違います。「本家」に敬意を表して、ちょっと変えるという事もあったそうです。(因みに 大野佐治は、信長公の妹 犬と結婚したり、徳川家光の母 江の最初の結婚相手だったりします。)

一応、戦国時代に「水色」という色があったのか、家紋の染めはどうしたのかなんて事も調べたのに、うかつでした・・・。

「水色」というのは 藍染で可能です。濃い色はお手間いりですが、薄い色ならば 染める回数が少なくて済みます。あっちこっちの戦いに出かけなければならなかったり、急に兵士を集めなければならない時に、スピーディに染められる「水色」は、バッチリです。実は、のぼり旗には 家紋は入っていなくて「水色」だけだったかも という話もありますが、とりあえず、当時でも染めてから「白抜き」は可能だったようで、家紋も入れるならば「白抜き」が効率が良いので、さすが十兵衛くん! とまで、思ってしまいました。

しかし「陰桔梗」となると、話が変わります。
いくつかのパターンが、考えられてしまう。うー。

と、いう事で 作ってみたのが これ

ちょっぴり、おしべっぼくしてみました。
データが欲しい人は、売りまっせ(笑)

陰桔梗にはならないけど、のぼり旗に染めるなら やっぱり「ほ」が なんとなく 簡素で楽で控え目で 十兵衛光秀な感じなんだけどなぁ。
いかがでしょ。情報 お待ちしています。

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三銀蔵

三銀蔵の片付けから、先祖が「表は坊人、裏が忍者」と言われる多賀大社の今はなき「坊人(ぼうにん)」だとわかり、「明智光秀が近江・多賀の佐目」出身だとてう資料に目が留まり、地元の口伝と一致する事から、通説とは違う角度から調べはじめた事を中心に書いていきます。

明智光秀 多賀出身説

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