【ドラマ仮想儀礼二次創作】家でやってもらえます?(秋瞑)

 雨音がまばらに窓ガラスを打つ、寂しげな音。鄙びた路地裏のカフェに灯りがともり、暗がりに浮かび上がっていた。
 店主の秋瞑は、カウンターで今し方帰った客の器を洗っている。かすかに古楽の旋律が空気に満ちている。壁際に沿って並べられた骨董の人形たちがダンスを踊っているようである。
「まさか結果的に私が居場所をつくるなんて。反対になっちゃいましたね、私とお二人」
 俺と誠は、その言葉に笑った。彼女は、かつて俺たちがさんざん人生を振り回した相手だ。だが今は、落ち着き先のない二人にとって、拠り所となるかけがえのない人になっている。
「何笑ってるんですか?私をたぶらかして、人生めちゃくちゃにしておいて。この店はあなた方だけのものじゃないんですから、いつまでも腰を落ち着けないでくださいね」
 秋瞑は、呆れた顔でそう言った。けれど、その眼差しに怒りはない。
 秋瞑は所在なさげに、マスターの立ち位置からショーケースに並んだ骨董品をなでるように眺めていた。古びた時計の文字盤が照明の抑えられた光を鈍く反射している。窓の外は小雨が降り注ぎ、路面が鏡のように濡れて艶めいていた。カウンターの奥からはラジオの気象通報が淀みなく流れ、空気に溶け込んでいた。
 コーヒーの芳香が漂う閑散とした空間の中で、俺たち三人は心地よい沈黙を味わっていた。すると秋瞑がカウンターを綺麗に拭きながら、俺たちに声をかけた。
「……お二人共、ちょっとここで待っていてもらえますか。砂糖を切らしたので買ってきます」
「秋瞑さーん、客置いて外出とか不用心すぎね?」誠が茶化すように言った。 俺は心配になり、提案した。 「雨だよ。俺が行こうか」
 しかし秋瞑はきっぱりと、首を横に振った。 「結構です。総長と二人きりなんて気まずすぎます」
 誠は肩をすくめて口を噤んだ。俺は秋瞑の茶目っ気たっぷりの言葉に、顔がほころび、傘を持って出ていく彼女を見送った。

 雨音が窓ガラスを打つ度に、ふたりの視線がそちらに逸れる。
「若干は蓄えもあるしさあ、どっか近場の物価安い海外ならしばらく暮らせるんじゃない?」
 誠がひとり言のようにつぶやく。俺は眉を顰めて反論する。
「あのな誠、その日本人が近隣諸国を見る視線、典型的な内なる植民地主義だぞ」
 誠は口に薄ら笑いを浮かべながら目を閉じ、ウンザリといった様子で右手をひらめかせた。いつものように、誠ならではの余裕のある仕草だ。
「はいはい。それじゃあさ、土地土地でちょっとずつ稼ぎながらずっと旅し続ければ良いじゃん。搾取もせず現地の雇用も簒奪しない働き方なんていくらでもあるんだよ。今時ね」
 そういうと、誠はラップトップに手を伸ばし、キーをひたすら叩きはじめた。ただ、そこにいつものひらめきが宿っているのがわかる。
 しばらくして、誠が笑顔でこちらを向いた。
「ほい、できた。どお?」
 ラップトップの画面には、「海外に慣れない男二人が現地でおろおろと弱る様子をコンテンツ化し、旅行予定者に提供する」という何とも隙間的な事業案があった。
 俺は、この男の虚業創造能力にほとほと呆れて乾いた笑いを溢した。
「こんなの、上手くいくわけないだろう……」
 俺は首を横に振って呟いた。しかし、誠の突拍子もない発想になぜか心惹かれるものがあった。俺の心の中で何かがひそかにそわそわと動き始める。
「しかしおまえ、こんなことばかり考えて、本当にプロの根無草だな」
 俺は半ば冗談交じりに言った。すると、
「んー、ちょい違うかな」
 誠は急に真顔になり、片手で頬杖をつきながらしみじみと言った。
「ズッキーの居るところが、世界中どこでだって俺の根っこだからさ」
 俺は何とも思わなかった振りをして、コーヒーを啜った。しかしその一言が、どこかで心に残る。この男は、本当にいつだって自由奔放で、けれどどこか儚げだ。
 カフェの時計が午刻を打ち、雨音と古風な音楽に負けじとその存在を主張していた。まるでこの時間の確かさを、俺たちに気づかせようとするかのように。

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