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怒壺

「はい、注目、みんなこの作品何に見えますか?ご本人曰く壺をイメージして作ったとのことですが、はたしてこれでも壺って言えるのでしょうか」

 美術講師の本山が、クラス全員の前で高山正雄の作品をあからさまに非難するのは今日に始まった事ではなかった。正雄が二か月もかけて作り上げた自信作を、さも汚いものにでも触れるかのように、教壇の上の自分の顔の前でみんなに見せつけるようにひらひらさせた時には、本山に対して言いつくせぬ怒りを覚えた。

 焼き物の盛んな街の高校では、美術の授業の制作課題にしばしば陶芸の作品作りを行うのだが、正雄自身それに関してだけは少なからぬ自信を持っていた。去年までの正雄の美術を受け持った教師は皆一様に、正雄の作品を褒めたたえた。いや褒めたたえずには済まされなかったと言わざるを得まい。

 しかしこの年の美術を受け持った本山だけは違っていた。後にも先にも正雄が自分の作品を他人から否定されたのはこの本山からだけだった。

「てめえだって、焼き物じゃ食っていけねえんで、こんな片田舎の美術講師に身を落としているんじゃねえのか?人の事つべこべ言えるようなもの作ったためしがあるのかよ」正雄は心の中だけで本山に向かって悪態をついた。

 正雄のそんな考えは何を隠そう、本山の本心を言い当てていた。実は本山は、自分が持ち合わせていない天性の才能のようなものを、正雄にだけは感じていたし、教師の身でありながら嫉妬さえしていたのだった。

芸術の世界というのは、言うまでもなく努力と経験だけでどうにかなるものではない。持って生まれた芸術家としての資質が、未来を左右するといっても過言ではない。

 頭の中では本山は、自分にその才能がない事ぐらいは分かってはいたのだが、素直に事実を甘んじて受け入れるだけの心の広さがなかった。しかし彼は長年の教師生活で、個々の生徒の陶芸家としての才能のあるなしについては見事に言い当てることが出来た。

 陶芸の街で長きにわたり、数え切れぬ生徒の指導に当たった中で、正雄ほど光るものを感じた生徒には出会わなかった。実家が超がつく有名な窯元で、名のある陶芸家の血を引く生徒も何人か受け持ったが、正直いって皆一様に凡庸で、中には将来が思いやられるものさえいた。

 天は二物を与えずというが、正雄は正しくそのタイプだった。とりたてて学業に秀でたわけでもないし、スポーツ万能なわけでもなかったのだが、ただ美術に関して、とりわけ陶芸に関しては、底知れぬ非凡な才能を垣間見せた。

 本山は本当に自分が情けなくなるほどの嫉妬心を正雄に対して感じ、その表れに謂れのない攻撃を仕掛けた。他人が誰も考えつかないような奇抜で斬新なデザインは、陶芸を本当の意味で理解しないものには奇異にしか映らないのかもしれない、ゆえに本山の攻撃目標はその点に絞られた。

 自分の最も得意とする分野でこきおろされた正雄は、矢も楯もたまらず作品を本山の手からふんだくると、その場から逃げ出してしまった。本山の正雄に対する罵詈雑言は、正雄がいなくなってからも他の生徒に向けて執拗に続けられた。あたかもそれは正雄に対して、勝ち誇ったかのような口ぶりだった。

 その夜の本山は、作品の評価や、明日の授業の準備やら帰りが遅くなり、広い学校の中に自分の他に誰もいない事に気づかされた。あらかたの仕事を終えた本山が、構内の最後に帰る教師に課せられた見回りを終え、エントランスに向かうと、玄関の外に小さな人影がうごめくのが目に飛び込んできた。

 急いでそばに駆け寄るとそれは正しく正雄自身であった。「おい高山、一体こんな時間にまたなぜ舞い戻った?」すると正雄は意味ありげに「先生御免、先生に謝るついでに渡したいものがあって……これさっきの壺、先生の骨壺にどうかなって思って?」

 反省の色など微塵も感じられない正雄の腰には刃渡り三十センチほどのアーミーナイフがぶらさがっていた。

                  完

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