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お金の無い医師達ー第1話

医師になれば、お金には困らない。

そう思って僕は努力して医師になった。

しかしフタを開けてみれば、お金に困らないくらい稼いでいる医師なんて、ごく一部に過ぎない。

多くの医師、特に勤務医は、お金に困っている人も結構いる。

この話はそんな「お金の無い医師達」が引き起こした、日本全体を巻き込むとある事件についてである。

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「医者になれば稼げるなんて言った奴、本当誰だよ〜」

ため息混じりのデカい声で、赤木が言う。

「そもそもな、東京には金持ちが多過ぎる。合コンで医者は分が悪いよ。」

そう言うと赤木は手に持っていたグラスを飲み干した。

「カミュのXO、もう1杯お願いします、佐藤お前も何か頼む?」

「おお、同じので」

赤木と僕は、大学時代から気が合う。好きな女のタイプも、好きな酒も、行ってみたい国も、嫌いな先輩も、なぜか全て合致する。

生まれも育ちも全くもって異なるが、不思議なものだ。

「俺も黙って地方に残っていれば良かったかなー、なあ佐藤聞いてる?」

「おおすまん」

「見ろよこれ、地方に残った組は、向こうでモテモテみたいだぞ」

スマートフォンの画面では、女に囲まれる大学の同級生が写っていた。

「医者は地方でこそ輝くよなー」

「それはあるな」

「まあでも今日の合コンは男側が医者か経営者っていうラインナップだから、流石に経済的な側面で負けるのは仕方ない」

「わかってるよー、でも一番右の子マジで可愛かったなー」

赤木はグラスの水滴を指でなぞり、またため息をついた。

「あのレベルは逆に地方にはいないぞ?」

僕は自分にも赤木にも言い聞かせるように、言った。

「うーん、確かに」

「東京で、もっとお金をガツンと稼げば、それが一番のはずだ」

「それも確かに」

「赤木は株でウハウハなんだろ」

「ウハウハじゃねえよ、佐藤、お前こそ不動産でウハウハなんだろ」

「ウハウハまでは程遠いよ」

赤木と僕は、本当に気が合う。お金に対するスタンスも同じだ。

僕たちはもっとお金が欲しい。

彼は株式投資をメインに行い、僕は株式はやってみたが撤退、今は不動産をメインに行なっている。

と言っても、地方の中古アパートを1棟持っているだけだが。

「ほら佐藤、こんなサイトもあるくらいだぞ」

そう言って赤木は、スマートフォンを僕に見せた。泥医の酒場と書いてある。

立て続けに赤木は、寝当直の森というサイトも僕に見せてきた。

「こんな感じでさ、俺もラクにお金を稼ぐだけな道に、切り替えようかなー」

そう言いながら、赤木はブランデーを飲み干し、スマートフォンを額ゴンゴンとぶつけている。

確かに、こうして真面目に医師として働いていても、このブログの筆者のように気楽に医師として生きていても、経済的な恩恵はそう変わらないどころか、後者の方が大きい。

日本の医師の報酬形態が、いかに歪んでいるかがわかる。

「はあ、いつになったら上がるんだ俺の切丸製薬」

「もう含み損は見飽きた」

そう言って赤木は、カウンターにもたれながら目を閉じてしまった。

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学生時代と圧倒的に違う事がある。

酒があまり飲めなくなった。

というより、学生時代みたいな飲み方をすると、とてもではないが翌日動く事ができない。

結果的に、酒はあまり飲まないようになった。

社会人として、医者として働くにあたって、翌日の仕事に響かせるわけにはいかない。

そう思いながらも、なんとかベッドから這い出すまでは、精神力が必要だ。

ベッドの上で目を開ける。

状況が掴めないが、とりあえず周りが良く見えない。どうやら昨日の僕は、キチンとコンタクトを取って寝たらしい。

洗面所に行くと、乾燥まで完了した衣服がある。どうやらドラム式洗濯乾燥機を回した上で、ベッドで行儀良く寝たようだ。

急いでシャワーを浴び、まだ薄暗いビルの群れに飛び出した。

こうして自分が今、重い体に鞭を打って動かさないといけないのは、自分にお金がないからだ。

稼がないと、生きていけないからだ。

電車に揺られながら、そんな事を思ってしまう。

7時ジャスト、勤務先に到着した。

この「湾岸セントラル病院」は、都心湾岸部の大規模病院だ。あらゆる科が揃い、医師数も多い。圧倒的な規模を誇る。

赤木の叔父さんである赤羽先生が、院長を勤めている。

僕は湾岸セントラルの、若手循環器内科医として働いている。

医師の「若手」の定義が難しいが、一般的には「専門医を取るまで」は少なくとも若手に入るだろう。

そういう意味で、アラサーの僕も、一応若手に入るのだ。

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「昨日は途中からあんまり覚えていないんだけど、ありがとう」

昨日の姿のままの赤木が、医局に現れた。

「いや、お前は勝手に帰ったから別に迷惑はかけてないよ」

僕は医局の席に座り、スマホでニュースをチェックしながらテキトーに返事をした。

「そうか、それなら良かった」

ドカッと隣の席に、赤木が座った。

「赤木、それよりお前、顔赤いしめっちゃ酒臭いぞ」

「マジ?」

「マジだよ、鏡見てみろ」

「えー」

「流石にそれ、外科外来の看護師さんに、怒られるよ」

「だな」

「とりあえずコンビニで野菜ジュースとサンドウィッチでも買って、食ってきた方が良いよ」

「そうするわ」

そう言うと赤木は、フラフラとコンビニの方へ向かって行った。

僕はスマホを開いて、ニュースをチェックする。

切丸製薬、当期利益を上方修正、時間外取引で反応
ー国内で急成長中の新興製薬企業「切丸製薬」は、引け後に当期利益を上方修正とし、その後の時間外取引で+16%まで確認された。切丸製薬は国内で競争の激しいジェネリック医薬品を取り扱っているが、高い利益率と成長性を維持している。製薬ベンチャーのスターになり得るか。

(切丸製薬?そういえば、赤木が株を買ってたと言ってた気がする…)

(まあいいや、儲かったら今度うまい飯でも奢ってもらおう)

ザッとニュースをチェックし終え、循環器内科外来へと向かった。

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「佐藤先生、おはよう!」

「中村先生、おはようございます!」

中村先生は、循環器内科部長。患者さんからも、病院スタッフからも、誰からも信頼される数少ない上司だ。当然、僕も彼の事は人間的にも医師としても信頼している。

「朝飯食った?」

「いえ、まだです」

「そうか、この饅頭食うか?」

「いいんですか、頂きます」

「今日も外来患者多いけど、これ食って頑張ってくれよ!」

中村先生はそう言うと、僕の肩をバシバシと叩いた。

中村先生は、いわゆる昭和の男。少しハラスメント気質ではあるが、全く憎めない。僕の兄貴的存在だ。

僕のような末端の医者にも気を配ってくれて、アンテナが高いし視野が広い。

それに、偉い人にありがちな「黒い噂」も全く無い。医者として彼に憧れない人は、いないだろう。

「あら先生、またお饅頭なの?」

ベテラン看護師の松本さんが、話しかけてくる。

松本さんは、循環器内科外来で最年長の、ベテラン看護師さんだ。

看護師歴20年。ベテランと言っても、まだ40歳ちょっと。見た目は30代に見えるくらい、若々しい。

この道のプロ中のプロ。当然、仕事はデキる。

循環器内科外来の待合には、当然の事ながら循環器疾患を抱えている人だらけだ。彼女は常に待合の患者さんの様子を気にしてくれていて、少しでも具合が悪そうだと、心電図を取りながらすぐに知らせてくれる。

尊敬に値する人物だ。

日本の医療現場は、こういう数少ない優秀な人材で、なんとか保っているようなもんだと思う。

彼らは決して、高い給料を貰っているわけではない。

しかしながら、社会に与える好影響具合を考えれば、彼らの給料は安過ぎるぐらいだ。

「先生お饅頭も良いけど、ホワイトデーのお返しは、サダハルアオキが良いな」

「松本さん、ホワイトデーのお返し全部サダハルアオキにしたら、破産します」

「またまた〜、先生こっそりバイトでもして稼いでるんじゃ無いの?」

「そんな事無いですよ」

「ふーん…でもシングルマザーの私には、とても買えないの、でも食べたいの」

「うーん」

「じゃあ私の分だけでも良いよ」

「考えておきますね」

僕はカルテを開き、本日の外来予約患者数をチェックした。と同時に、その数の多さに絶望した。

サダハルアオキ

​僕は不動産投資をしている。

と言っても、まだ地方の1棟アパートを購入しただけなので、弱小投資家に過ぎない。

外来が終わり、救急から何の連絡も無いと、少し休憩できる。その休憩時間でコーヒーを飲みながら、物件を探す時がとても楽しい。

(お!これめっちゃ安いじゃん!)

築16年のRC、ファミリータイプで駐車場2台/室、満室で利回り10.5%の物件を見つけた。1棟目の近くだ。

(すぐに問い合わせよう…!)

(仲介業者は…株式会社サークルエッジ?聞いた事無いな…)

(まあいいや、とりあえず問い合わせメール打っておこう)

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築16年のRCという事は、耐用年数の残存は31年だ。おそらく30年ローンが組めるだろう。日本の銀行は、基本的に建物の耐用年数内でしか融資をしない。

物件価格は6600万円、金利が1%くらいだとすると、年間の銀行へ支払う金額は250万円くらいになる。

年間家賃収入が630万円だから、経費や税金を無視すると、差し引き年間400万円弱が手残りキャッシュフローになるはずだ。

借り入れは1棟目も合わせて8000万円くらいになるだろうが、医者の年収を考えれば大した金額では無い。それに、1棟目と合わせれば、家賃年収900万円、返済360万円という余剰のキャッシュフローも生まれるわけで、リスクはコントロールできる。

(この物件、絶対に欲しいな)

そんな事を考えていたら、院内ピッチが鳴った。救急外来からだ。

不動産の事は一旦忘れて、脳を医療モードに切り替え、僕は救急外来に向かった。


お金の無い医師達ー第2話へ続く。


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