3点秀人

小説の執筆及び投稿を通して自己を振り返るとともに、普段目や耳にしていることについて私見…

3点秀人

小説の執筆及び投稿を通して自己を振り返るとともに、普段目や耳にしていることについて私見を述べ、生きている足跡としたい。 作品が終了する前と後とでよりよい変化、つまり成長が感じられたら何よりである。趣味としての手慰みであり、読者がいようといまいとそれに固執するつもりはない。

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歳差運動3-⑨

「あのー…私の長い人生経験と教師経験から、道徳について思ったことを言わせてもらえば…道徳教育のとどのつまりは人はひとりでは生きられない、ということを子どもなりに、その年齢なりに知らしめることだと思っています…」 自分の指先を見ながら恥ずかしさを抑えていた。それは、偉そうなことを言おうとしている負い目を感じているからだろう。 「学校では基本的生活習慣として、たとえば人にあいさつをしましょうとか、約束は守りましょうなどと教えていますが…そこには必ず相手がいます……ひとりで遊ん

    • 歳差運動4-②

      体育主任としてさっそく運動会というビックプロジェクトに着手しなければならない。小学校で運動会と言えば、スポーツ界でのオリンピックに匹敵する最重要行事である。 それは子どもや保護者ばかりでなく、地域住民をも巻き込む地域一体型の祭りのようなイベントだからである。 だが近年は、運動会の開催を告げる花火が休日の安眠を妨げる不快音として学校に苦情が寄せられる事態になってきた。子どものはしゃぐ声がうるさいからと保育所建設反対とか、やかましくて眠れないからと除夜の鐘反対など正々堂々と苦

      • 歳差運動4-①

        今年度は体育教育のヘッドマスターになった。学校の標準語に翻訳すると体育主任である。これは役職名ではない。体育主任になったからと言って給与がアップするわけでもない。小学生でいうと、例えば生き物係のようなものである。生き物係が教室の生き物全般を請け負うのと同じように、体育主任は学校の体育と名のつく様々な行事、管理備品、指導計画などに関わり首を突っ込まなければならない。 体育といっても自分が運動をしてみせるわけではないが、教科の性質上、体を動かすことを他の教科以上に要求される。 

        • 歳差運動3-⑯

          退勤時刻が過ぎ、職員室は俺と細井教頭の二人だけになっていた。          よく見るシチュエーションだなと訝った。デジャブかなと思ったが違和感がなかった。 「種田クン! 今度の授業参観は何やるんだね」 「えっ?」 藪から棒だし、正直に答えるのを躊躇した。このまま返事をしないと長い沈黙が起こりそうな気がした。それだけは避けなければならない気もした。 「道徳っス!」 とふざけて誤魔化すつもりだった。 「はあ?」 と負の強化的口調で言ってきた。 「どうしてまた?

        • 固定された記事

        歳差運動3-⑨

          歳差運動3-⑮

          俺が文学好きだということはこの学校では知られていない。種田は文字などは追わず、野球のボールやサッカーボールの行方を追っている単なるスポーツバカというのが定説のようだ。まあ、当たっているに違いないが… 学校で文学やブックレビューの話題になっても知らぬ存ぜぬの態度を貫いているのは、あの文学教師の朝比奈を意識してのことにほかならない。文学嫌い偽装を余儀なくさせるアイツの存在が、俺の学校生活に暗い影を落としているのだ。 本は好きだったが子どもの頃の生活は苦しく、親に本などの贅沢品は

          歳差運動3-⑮

          歳差運動3-⑭

          今年初めてのPTA授業参観が数日後に迫った。保護者に俺のつたない授業を見せるしかない胃の痛くなる日である。しかも保護者にとって俺は自分の子どもの新しい担任、よい意味でも悪い意味でも興味津々でやってくるに違いない。そう考えるとプレッシャーというか、かなりのストレスがかかる。    その後の保護者会などで批判に晒され早速職を辞する新任教師もいるくらいだ。 まず問題なのは何の教科を公開するかだ。 で、真っ先に浮かんだのが道徳。      オマエ気でも狂ったか!と自分自身のこと

          歳差運動3-⑭

          歳差運動3-⑬

          彼女は俺の出勤時間帯をチェックしていたに違いない。一連の動きを見ると偶然には思えない。“お待ちかね”だったような態度に感じ取れる。俺を研修会に参加させたのは彼女の悪意というか何かの意図があってのことだと踏んでいる。だから彼女は、校長として出張の報告を聞きたいのではないだろうと考えた。                  ぬるま湯に浸かり、昼行灯のように学校に居る俺に、悪い意味で刺激を与えようとする魂胆だろうと。 願ったりだよ。 「いやあ…大変でした、と言いたいところですが…

          歳差運動3-⑬

          歳差運動3-⑫

          色は褪せているが、しっかりとしたつくりの大きな賽銭箱に、賽銭を放り投げた。   賽銭は真っ暗な穴の中に音もせずに吸い込まれた。                 夜だろうか…真っ暗闇で周りは何も見えない。                  アルマイトの傘がついた裸電球が鈍い光を発し、賽銭箱と足もとをかすかに照らしていた。ここに毎晩お参りに来なければならない。そしてお賽銭をあげ続けなければならない…気がした。するとお金がどんどんとなくなってしまう…うちは貧乏だから、生活に困ってし

          歳差運動3-⑫

          歳差運動3-⑪

          会場の玄関を出ると、すでに駐車場は帰路に向かおうとする車の波でごった返していた。車間距離をできるだけ詰めて急いで出ようとする車の流れに殺気立った雰囲気さえ感じられた。そんなに慌てなくても必ず駐車場から出られるのにと思った。         だがそれよりも、さっきまで道徳を研修してきた学校教育の将来を担う若手教師たちの醜態に遭遇し、がっかりもした。ひとたびハンドルを握るとあおり運転も辞さないドライバー心理の変貌は、教師とて同じ穴のムジナなのか… 水を連想した。        

          歳差運動3-⑪

          歳差運動3-⑩

          言ってはみたが、果たして自分はどれだけ多くの人間と関わっているのだろうか…   学校では仕事以外では他の先生と話さない、家に帰れば“風呂・飯・寝る”の三語しか発しない、たまに行くジムでは黙々とベルトコンベアに載っているだけ、地域のボランティアは忙しいからとキャンセルする…     自分が言った言葉が自分に返ってくるブローバック、ミサイルが熱感知して自分を襲ってくるような…そんな気分になった。 予定時刻よりも話し合いが早く終わり、残りは雑談とした。意外と、フォーマルな話し合い

          歳差運動3-⑩

          歳差運動3-⑧

          ひとりひとりの授業例を聞いていたら不思議に新鮮な気分になった。         俺は週にたった1時間しかない道徳の時間が来るととても気分が悪くなる。道徳の授業なんて自分の人生観をぶつけていけばいいなどと高をくくっていたが、実のところはその時間を軽視していたのだった。嫌な気分になるのはおそらく不安から来るのだろう。指導書とか事例集とかマニュアル本はたくさんあるが、それを読んでみても実際どのように教えていいのかわからない。授業が終わると必ずや嫌悪感に襲われる。教室にいる子どもの

          歳差運動3-⑧