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初音ミクを、過去の呪縛から解き放つ。~マジカルミライ2023ライブ感想~

初音ミクを中心とした創作文化を体感できるイベント『初音ミク マジカルミライ2023』が8月11日~13日に大阪、9月1日~3日に東京で開催された。

マジカルミライは前回で10回目の節目を迎えて今回が11回目、そして今年は2007年に発売された初音ミクがキャラクターの設定年齢の16歳に追いつく記念の年でもある。それだけに今年のライブは更なる未来への飛躍を目指す「転換期らしさ」が強く感じられた。


■カルチャーショック

今回は3月の詳細発表時から明らかにテイストが違っていた。まずロゴも一新され、「ヒーロー」をイメージした超クールなメインビジュアル、テーマソングに今や日本のトップアーティスト「YOASOBI」のコンポーザーとしても活動するAyaseさんを起用するなど、これまでとは違った層の取り込みを意識してかなり攻めまくっている。

だからこちら側の期待値もガンガンに上がっていた。去年のライブが10回目のアニバーサリーにふさわしい集大成だっただけに、こんだけテイストを変えてきたのだから今まで積み上げてきたものを良い意味でぶっ壊すぐらいの刺激を受けたい。だけどもし今までと大して変わらなかったらガッカリしてしまうんじゃないか…という不安な気持ちもあったのが始まるまでの正直な感想だった。

ちなみに私は今年で4回目の参加。ライブは大阪1日目と2日目の昼公演に参加し、東京千秋楽はライブ配信で観た。そして今年は4年ぶりに声出しも解禁され、私にとっては初体験となる2019年以前の熱気が戻ってきた。


会場が暗転すると大歓声が巻き起こる。一応声出しライブ自体は6月のミク×鼓童でも体験してるけど、やっぱりこの瞬間はゾワッとくる。OP映像が終わるとステージに初音ミクが登場。1曲目は大方の予想通り(?)オフィシャルアルバム収録曲よりツミキさんの「カルチャ」だった。

そんな識らないミュージックに価値が有るのだ
カルチャ・ショック!
君がロックンロールスターかは君次第

単なるライブや展示だけで終わらせず、創作を始めるきっかけにしてもらうことがマジカルミライのコンセプトである。それに近い文脈を挑発的な表現で歌ったこの曲をトップバッターにチョイスしたのは今年の攻めた姿勢を象徴しているようだった。

2曲目はYouTubeで6000万再生を超えている近年の大ヒット曲「神っぽいな」、3曲目は日替わり枠で「ローリンガール」「ゴーストルール」「初音ミクの消失」を披露。そんでやっぱりコールできるのは楽しいですね。コロナ渦に音楽ライブというものを初体験した人間なので観客の声は邪魔だと思ってた時期もあるけれど、いざこの快感を味わうと認めざるを得ない。ただ何でもかんでも間奏でコールを入れりゃいいってもんじゃないとは思う…


「最後まで思いっきり、楽しんでいってな~♪」

大阪公演では関西弁がアホみたいに可愛かったミクのMCを挟んで、鏡音リン・鏡音レン・巡音ルカ・MEIKO・KAITOのソロパートに入る。

今年はミク以外の5人にも日替わり枠が用意され、複数キャラの歌唱曲も含めれば5人とも4回ずつ登場機会が与えられた。これまでミク以外は1~2回ずつしか登場しないことも多かったが、それぞれのキャラを熱烈に推すファンの想いが届いたのだろう。

イベントタイトルこそ『初音ミク マジカルミライ』のままだけど、ミク+αから6人全員が主役の場へと少しずつ変化している。この様子を10年前のファンに教えたらそれこそカルチャーショックかもしれない。

■シンガーとアイドル

マジカルミライのセットリストは結構渋めな印象がある。その傾向は年々強まってる気がして、今年は「ヘッジホッグ」や「抜錨」のようなシリアスさを感じるロックナンバーや「GEDO」や楽曲コンテストGP曲「king妃jack躍」のような大人びたダンスミュージックなどが多く、アイドルっぽいキラキラした曲がかなり少なかった。

そういえば、ネット記事などでは初音ミクの肩書を『バーチャル・アイドル』とすることが多いが、彼女たちの権利元であるクリプトン・フューチャー・メディアは必ず『バーチャル・シンガー』と表記している。アイドルとは元々「偶像」や「崇拝される人や物」という意味の言葉で、そこから現在のように「あこがれの存在」「熱狂的なファンを持つ人物」という意味合いも持つようになった。それを踏まえると、意志を持たず、映像でしか実態を表せない偶像なのに人々から熱狂的に支持される彼女たちはまさに究極のアイドルではないのか?

それでもクリプトン社が一貫して「シンガー」とするのは、彼女たちは歌うためのソフトウェア、つまり歌うことが本業という強い信念があるからだと思う。キャラクターとしての初音ミクがこれだけ大きな存在になった今も、創作をしてくれるクリエイターが居なければ存在価値を失ってしまう。今このライブのような表面的なアイドル性だけでは絶対に成り立たないコンテンツであることを示す言葉が「シンガー」なのだろう。

伝えるために生まれてきた
命と共に声を放て
こんなご縁も悪くないね
過去を未来に笑い飛ばせ

今年は演出面でも新たな試みがあり、全ての楽曲でステージ左右のサービススクリーンに歌詞が表示された。言うまでもなくボカロ曲は歌詞が聞き取りにくいので、ライト層でも楽しみやすいこの配慮はありがたい。そしてこれは、偶像の向こう側にはクリエイターが居て、その人が曲に込めた想いを代弁して届けることがバーチャル・シンガーの使命だという位置づけをより明確にしていたようにも感じる。

■声出し解禁ご祝儀枠

中盤には2人のキャラクターによるデュエット曲が3連続で披露された。これまではミク×○○やリンレンのコンビが殆どだったが、今年はKAITO×レンの「erase or zero」、リン×ルカの「drop pop candy」、MEIKO×ミクの「フェレス」という異色の組み合わせで、ここもまた新鮮な風を吹かせていた。

続いてバンドメンバー紹介のパートで会場の熱気がピークに達した時、また初めての展開として、日替わりではなく昼公演と夜公演でセットリストを入れ替えて過去のマジカルミライテーマソングが披露された。

Aパターン「39みゅーじっく!」→「初音天地開闢神話」→「愛されなくても君がいる」→「Hand in Hand」
Bパターン「ネクストネスト」→「ブレス・ユア・ブレス」→「グリーンライツ・セレナーデ」→「Hand in Hand」

正直これは別の意味で意外だった。なんせ前回の10thで過去のテーマソングは全曲披露したばかりだし、2015年から皆勤賞の「Hand in Hand」はもちろん「愛されなくても~」だってこれで4年連続だ。流石にちょっとやり過ぎじゃないかと思った。

一方でここの枠から外されたのは2017年テーマ「砂の惑星」と前回のテーマ「フューチャー・イヴ」。なぜこの選曲になったのか、解釈は人それぞれあるだろうけど、私は声出し解禁ご祝儀枠だと思うことで納得した。選ばれた6曲はどれも明るくて確実にノれる曲なので、ここはとにかくこの4年間の鬱憤を晴らすように盛り上がってほしい、ただそれだけで特に意味はないのだと思っている。

個人的にはとある曲に激重な思い入れがあるので念願の声出しが叶って幸せだった。あと東京公演で起こったおめでとうコールには賛否あるみたいですが、自分は今までそんなこと考えたこともなかったので、配信であの大歓声を聞いたときは正直感動した。

■呪縛から解き放つ

ミクが16年間を歩みを振り返る話を始めた。雰囲気的に次が本編ラストの曲っぽい。

「私を創り、愛してくれる、全ての人に感謝を込めて…
聴いてください、ブループラネット。」


大阪初演のこの瞬間、会場には一瞬の静寂が広がった。私も一瞬の思考停止の後、今これから起きようとしている事の重大さに気づいた。

初音ミク16thアニバーサリーソングとしてDECO*27さんが書き下ろした楽曲「ブループラネット」は、7月18日に初音ミク公式YouTubeチャンネルで初めて曲の存在とサビ部分だけがひっそりと明かされ、誕生日の8月31日にフルver.のMVが公開された。

つまり大阪公演が行われた時点ではほとんどの人が認知すらしていないほぼ未発表の新曲を初披露したのです!!!こういうサプライズずっとやってほしいと思ってたからめちゃくちゃ震えた!!!!


人間のアーティストならライブで新曲を初披露するなんてよくある話だろう。しかし初音ミクたちのライブは何千何万という楽曲の中から選ばれし数十曲だけが演奏される。それにただ超人気曲だけをやるのではなく、新時代のクリエイターをフィーチャーするために人選のバランスも必要。そのような場所で特定の曲・人だけを特別扱いするのは難しい。(DECO*27やピノキオピーなど毎年セトリに名を連ねる大物も居るが…)

過去には19年の「Catch the Wave」や20年の「セカイ」など初音ミクが登場するリズムゲームのテーマ曲を"発表直後に"マジカルミライで披露した例はあり、クリプトン社としてもビジネス的には公式案件の曲をもっと推したいはず。しかしそういう方向性のアプローチをやり過ぎるとゴリ押しに思われてしまう懸念もあり、マジカルミライのコンセプトとも外れてしまいかねない。だから未発表の新曲を披露するなんて「余程のこと」じゃないとできないと思ってた。

しかしその「余程のこと」が今年だった。数多くのクリエイターが繋いだバトンによって16歳を迎える初音ミクと、初期から彼女と共に第一線でシーンをけん引してきたDECO*27によるアニバーサリーソング。これ以上ない最強の布陣だからこそ実現した最高のサプライズだ。


バトンについた砂払った 次に深呼吸した
そんで名もない種を蒔きました 希望をジョウロに溜めました

そしてこの曲、サビ部分だけでも何となくそんな気はしてたが、フルで聞くと明らかに「砂の惑星」を意識していた。

6年前、米津玄師もといハチが「砂の惑星」という曲で残した言葉はボカロシーンの住人たちに衝撃を与えた。その影響はあまりに大きすぎた。今でも事あるごとに、あの頃と比べて今はどうだ~とか、米津が言ってたことは正しかっただの間違ってただの…現在も多くの人が「砂」の呪縛に囚われ続けている。

この状況の一番の被害者はあの曲を歌わされた初音ミクではないか。初音ミク自身には感情がないので何とも思ってないのに、周りの人々があの曲を神格化しすぎた故、彼女にはずっと「砂」がまとわりついている。まるで砂時計のボトルネックのように、あの曲より前の出来事も後の出来事も、初音ミクを創造する様々な出来事が「砂」に収束するようになってしまった。

まだいけるか
きっとまだまだ見えない最前線
「過去は」「今は」
うるせえ関係ねえ 君が最上級のパートナー

だけど今やっと鶴の一声が彼女を呪縛から解き放った。

まとわりついていた砂を払い落とすと、創作の歴史は大きな羽になった。そしてずっと先に進めずにいた6年前の場所から未来に向けて羽ばたく時が来たのだろう。

勝手な解釈だけど、私にはこんなストーリーが思い浮かんだ。

■まだまだいける

本編が終了し、会場中から「ミーク!ミーク!」とアンコールが響き渡る。

この間に今年のライブでちょっと残念だった点を挙げておこう。

一つはR3(リアルタイム3DCGコントロールシステム)によるサービススクリーンのAR合成映像が無かったことだ。これはステージ後ろや横からの映像にキャラクターのCGを合成し、あたかも本当にキャラクターがステージに立っているように見せる演出。2020年から取り入れられ、今後もさらに進化していくのだろうと思っていたが、今年はこのあと登場する「HERO」の特殊演出だけだった。

それからキャラクターが楽器を演奏する曲がゼロだったのも個人的に物足りなかった。もちろん本当に演奏してるわけじゃない見かけ騙しの演出だけど「そこにいる感」が強くなるので個人的には好きなのだが。。。どちらも来年以降の復活に期待したい。


さて、バンドメンバーがステージに戻ってきてアンコール開始の準備が整った。するとスクリーンに6人のシルエットが!

あれ?いや違う、5人だ…

まさか!!!!!

うわっ・・・うわうわうわうわ!!!!!!!!

やったな。

2012年、初音ミク5周年を記念して作られたバースデーソングが満を持して初演奏された。

マジカルミライはだいたいミク誕生日の前後に開催されるのに、誕生日を祝う演出は基本行われない。でも今年は16周年という二度とない絶好の機会。だから今年こそはこの曲やってくれ、逆に今年を逃したらもう一生できないだろ、頼むマジでやってくれ!!!と正直かなり期待してた。

そしたら(さっきのブループラネットも含めて立て続けに)思い描いてた通りのサプライズが本当に起こったので、嬉しいとか感動の前に「え、こんなに夢叶えてもらっちゃっていいんすか?」という気持ちになった。

初めて君の 声の音聴いて
世界が変わる Happy Birthday!

繋がるよ君を好きな仲間と
ひとつになる気持ち to You

私自身も間違いなく初音ミクとの出会いで人生が変わった。でも未だに初音ミクが何者なのかは分からない。生きてないし、存在しないし、向こうはこっちに何も思ってないし…そんな概念的存在に「おめでとう」なんて言うのはちょっと恥ずかしいじゃないですか。

だけどこの場所なら何一つ気にする必要は無い。たくさんの"君を好きな仲間"と心の底から「おめでとう!」を叫べた。なんて素晴らしい世界だ。こんな機会を作ってくれたことに最大級の感謝の意を表する。


「それじゃあ最後にあの曲を歌うよ!」
「気合い入れて、行くよ!」

さっきまでの温かいお祝いムードがウソのようなガラの悪さ(笑)。まさに今回のメインビジュアルが表している重要なポイント「ミクの多様性」そのものだ。

この曲、初めて聴いた時から世界観とかメッセージは好きなんですけどまぁ~ちょっと歌詞が聞き取りにくすぎるので、ほんと歌詞表示様様でした。

なんとかここまで来れたんだよ
この先は僕にも任せてよ
君が望む未来を教えてよ

「初音ミクに救われ、今日まで音楽を続けることができている」というAyaseさん自身の初音ミクに対する感謝の想いが込められた楽曲だが、歌詞やMVを見ると最終的に「ヒーロー」に手を引かれているのはミクの方だと分かる。

残念ながら初音ミクやボカロシーン全体の影響力なんか社会全体で見れば未だに微々たるものだ。YOASOBIとして数々のヒット曲を世に送り出し、多分これからも確固たる地位を保ち続けるであろうAyaseさんに、もう初音ミクなんて必要ないはず。

それなのに、今度は自分がミクのヒーローになると誓い「まだまだいける」と手を引いた。呪縛から解き放たれてようやく羽ばたくことができた初音ミクに、これからどんな未来が待っているのだろう。

僕がミュージシャンとしていろいろ結果が出せたのはミクのおかげだから、今度はその恩返しとしてミクを羽ばたかせていきたい。ミクのことをずっと大事に閉じ込めておきたい気持ちもわかるけど、彼女は今、もっと外に出ていくことが必要なはず。初音ミクの将来を考えたら、しっかり手を引いてあげなきゃいけないし、見送ってあげる必要もある。彼女を解放するという意識はすごく大事なんじゃないかなと。

初音ミク「マジカルミライ 2023」特集|Ayaseと藍にいな、それぞれの証言で紐解く初音ミクの魅力 - 音楽ナタリー 特集・インタビュー



イマサラですが「初音ミク」ってホントすごくいい名前ですよね。何年経っても未来の音を届けてくれる存在であってほしい。初音ミクが時代遅れだと思われる時代は来てほしくない。

しかし世の中の全ての物事は栄枯盛衰。初音ミクの文化やビジネスにもいつか終わりの時が来るだろう。もしかしたら今がピークで、これからは尻すぼみになるだけかもしれない。

今をピークにさせないためには新陳代謝を続けなければならない。それは「砂」を払うことだけじゃない。初音ミクを創造してきた輝かしい歴史の数々も、大事に閉じ込めておくだけじゃ進化を妨げる癌になる。過去の栄光にすがってしまうようになったらおしまいだ。


「初音ミク」という文化で、もう一度誰かにとってのカルチャショックを起こしてやろう。誰も識らない音楽にこそ、価値がある。折角先代が作ってくれた自由な市場なのだから、何も考えず、好きに我儘に音楽を演ろう。という楽曲です。

カルチャ / ツミキ feat.初音ミク
動画説明文より

東京千秋楽公演の最後には、マジカルミライ2024の開催決定と、東京・大阪・そして史上初となる福岡の3都市開催が発表された。一応は前回と今回が一区切りできるタイミングだったはずだが、これからも初音ミク文化を発信する中心地としてこのイベントを続けていく意気込みのようだ。

個人的にマジカルミライは「初音ミクとはこういうもの」と紹介する場所じゃなくて「初音ミクはこんなもんじゃない」と感じさせる場所であるべきだと思う。今年は間違いなくその理想に近づく転換期ではあったけど、まだまだこんなものじゃないはず。もっともっと今までの常識をぶっ壊して私たちを欣喜雀躍させてほしい。

そして、これから初音ミクと出会う人たちはもちろん、ずっと初音ミクと共に歩んできた人、初音ミクの存在が当たり前になっている人にこそ、もう一度大きなカルチャーショックを起こしてほしい。

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