悲歌ですの。

「悲歌」
金子光晴

恋愛が手術であらうとは
おもひもかけないことだつた。
すつ裸で、僕は
手術台の上に横たはる。

水銀のやうな冷たさが
僕のからだをはしる。
恋愛が熱いなどとは
なんたるたはごとぞ。

白いきものをきて
メスをもつてるのも僕の分身。
しやがの花のやうに蒼ざめてふるへて、
ねてゐる方も、僕なのだ。

レントゲン写真には
恋人の姿がうつすりでてゐた。
ガラス板にのつてるのは
盲腸に似た血のかたまり。

不幸にも、僕にとつては
恋愛とは一つの腫瘤なのだ。
それを剔出しなければ
僕のからだは保てないのだ。

覆面の看護婦たちが
僕の血でたぷたぷゆれる
重さうなバケツを提げて
廊下を、どこかへ捨てにゆく。

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