埼玉人は海好きと言われるが、これは本当にそうだと言って良い。
埼玉県には海が無いからとも言われるが、海が無いなら奈良県だってグンマ―だって条件は一緒のはずなのに、埼玉人の海好きは妙に知られている気がするのは、やっぱり埼玉に目立った観光地がないからだろう。

奈良県には大仏があるし、滋賀県には琵琶湖があるし、グンマ―にだって温泉地がたくさんある。
なのに埼玉は何もないのだ。

いや、埼玉にだって川越には文化はあるし、秩父には自然もある。
しかし埼玉の顔は大宮であって川越ではない。
埼玉人の象徴とも言えるアニメがお尻や象さんをひけらかした変態の小僧ガキ、いや、幼児が主人公を務めるアニメで、まるで変態が多いことを裏付けるように埼京線には痴漢おさわりが多い。
全く以て忌々しい話だ。

私は埼玉の南東部の、煎餅が（ちょっとだけ）有名な治安の悪い街に生まれ育った。
今でこそ「スカイツリーライン」なんてハイカラな名前の路線となった東武線も、昔は東武伊勢崎線という名前だった。
その路線には営団地下鉄日比谷線の電車が各駅停車で動物園のある街まで走っていた。

仕事で大阪に左遷トバされからと言うもの、すっかり見なくなった営団０３系電車を、まさか石川県で見るとは思わなかった。

金沢から内灘を繋ぐ営団０２系はオレンジの帯に変わっていたが、中には埼玉を走っていた頃のままの姿の奴もいた。
埼玉人としては、こんな鉄道を見てしまうと気になってしまうもので、それ以来、ふと内灘に来たくなるのだった。

尤も、内灘に来たくなる理由はそれだけではなかった。
北陸新幹線が敦賀まで延伸になる話があり、サンダーバードは遠からずなくなるだろうと言われていた。
だから乗れる内に乗っておこうと言うのも北陸に行く理由の１つだった。

でも金沢はすぐ飽きた。
確かに金沢には美味しいお店も多くあるし、観光地も多い。
ただ、兼六園に行ったと言っても１回見たら「ふーん」ですぐ飽きてしまうし、静かに歩きたいのに繁華街は騒がしい。
流石に大阪に比べれば忙しなくないが、片町のホテルに泊まろうものなら夜はＤＱＮ達が騒音うるさいことは、大阪とそう大きくは変わらなかった。
その点、海は良い。
ただ海があると言うだけで飽きないと言うのが、埼玉人ならではのおめでたい感性で、海まで繋いでくれる営団０３系電車なんて埼玉人ｻｲﾀﾐｽﾄの乾いて腐った心に潤いをもたらす栄養だった。

内灘駅から北に２０分程度歩くと、日本で３番目に広い砂丘がある。
広大な砂浜には四駆が走っていて、至る所にタイヤの跡がある。
それはさながら日本とは別の、まるで中東にいるかのような気分になれる。
鳥取砂丘に比べて全く知名度の無い砂丘だが、観光客がいないからこそ１人で塞ぎ込みたい時には良い浜だった。

ただ、それだけに北に行くほどゴミが増えるのも残念なポイントだ。
それでも誰一人海に散らばるゴミを気にする素振りもなく、黙々と趣味ﾂﾘに皆、没頭していた。
流行病ｺﾛﾅｳｲﾙｽは釣り人を増やしたというが、食べもしないのに魚を釣るなんて意味わからないし、どうせ釣るならインターネットで人を釣る方が好きだが、それはそれとして海は綺麗に使って欲しい。

尤も、この砂丘は座るところが無いし、歩き疲れていたところで、浜辺の大きなクーラーボックスに座って一休みしよう。
今はただ、のんびりと海を見て、ただただ現実から逃避したい。そんな気持ちだった。

〚登場人物〛

埼玉県草加市出身。
大阪で勤務する36歳。
周囲が既婚者ｵﾄﾅだらけになって都会に疲れた思秋期。
本名は今のところ付ける予定がない。