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聖地巡りは地域にとってプラスになるか

生まれて初めて「聖地巡り」をした。
先日、高知に仕事で行ったのだが、訪問先の近くが細田守作品「竜とそばかすの姫」のモデルだったのだ(面白かったのでオススメです)。

1回見ただけの作品のロケ地巡るとか何かミーハーっぽくて毛嫌いしていたが、「わざわざ四国まで来たんだから」のパワーは中々のものがある。
気が付くと自分は車で20分ほど走っていた。

写真が舞台の一つとなった浅尾沈下橋。
限りなく澄んだ仁淀川も相まってとても美しい風景である。

ただ、風景と同じくらい印象的だったのが、地元住民からの視線であった。
原付を走らせるおじちゃん、買い物袋を提げたおばちゃん、釣りをしているじいちゃんはどこか皆、迷惑そうだった。

それもそのはず。
美しい風景であるが、これは生活道路である。
そこに屯してワラワラ写真を撮っているのだ。
あまり気持ちの良いものでもないだろう。
聖地巡りは地域の為になっているのかという問題を始めて肌で感じる結果となった。

また聖地巡りは経済面でも疑問が残るものである。
これらにかかる費用と労力は誰が負担し、回収できているのか。

浅尾沈下橋は駐車場が無いため、近くの公園から結構な頻度でシャトルバスが出ている。
アニメのラッピングがされた気合いの入ったバスだ。シャトルバス乗り場、そして「聖地」とその周辺(主に交差点)には警備員が配置されており、観光客が住民の邪魔にならないよう促している。
浅尾沈下橋には3人の警備員がいたが「聖地」はここだけではない。
「聖地」は自治体をまたいで点在しており、それらを合計すると日々相当数の人員が業務にあたっていることなるだろう。

目に見えるものだけでもかなりの労力がかかっているのがわかる。
自治体間・地域との調整など目に見えないものも含めると相当なものとなるはずだ。

ではその労力に見合ったものが地域に流れているか。
少なくとも現場ではそのようには見えなかった。

観光客は無料の駐車場に停め、これまた無料のシャトルバスに乗る。
「聖地」では無料で写真を撮り、見学し、帰る。

このように聖地巡りそのものは無料であることも多い。
だからこそ観光客にとって聖地巡りは最も手軽なものの一つだ。
ただ無料であるということは経済的に考えると、それだけではプラス転じえないということでもある。

私は体制整備してくれた自治体と迎えてくれた住民に対する感謝も込めて、昼食はその自治体内で食べ、地酒を直売所で買って帰ったが、そのように意欲的にお金を落とす観光客は見ている限り多くなかった。

近所にあった直売所もぐるっと見てトイレを使うだけ。
買っても帰りの車でつまむだろうパンかドリンクだけという方が多かったように見える。
これら経済効果がどれほどのものか検討する必要はある。ただ、果たして労力に見合った対価となっているのか、現地の様子からすると、私には良い結果になっているようには思えなかった。

何より現地住民の表情が全てを物語っていたように思える。

「何しに来たんだよ…」
「釣りの邪魔はしてくれるなよ…」
「写真撮るだけかよ…」

地域に貢献できているのなら、すれ違う人々がこのような顔をすることはないだろうな、と身をもって感じた。


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