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人はなぜ、時代の変化に価値を感じるのか

平成から令和へ。

多くの人が「平成」という時代を振り返り、「令和」という新たな時代に向けての決意をしたのではないか。

平成から令和への時代の移り変わりは二度と来ない。だから人々はその「時」の変化に価値を感じて、必要以上にその時を大切にする。

「時」というものは常に変化している。

1秒1秒は今この瞬間にしか存在しないものなのに、なぜか人はその1秒にはあまり興味を持たない。

「日常の1秒」と「平成から令和へと移り変わる1秒」

「日常の1秒」と「平成から令和へと移り変わる1秒」では一体何が違うのか。

日常の1秒とはごくありふれた時の一瞬に過ぎないのかもしれない。しかし、平成から令和へと移るその時は2度とこない。

本当はどちらの1秒も、2度とやってくるようなものではない。

しかし、日常の1秒と時代の移り変わりの1秒では捉え方はどうしても変わってしまう。

「言語化」と「具体化」

日常の1秒というものは、長い時のほんの一部を切り取った感覚に過ぎない。非常にぼんやりとしていて、特別、重要性を感じることができない。

しかし、「平成」から「令和」への移り変わりの1秒は、その変化を言語化でき、認識することができる。テレビやSNSでも取り上げられ、その1秒がはっきりと変化することを誰もが意識することができる。

「具体」からみた人々の変化

人は、具体的なことには関して行動的になりやすく、感情も動きやすい。もし今あなたが何かをしようとしていて、でもなかなかその計画通りにいかないとしたら、その計画が具体化されていないのかもしれない。

意識の変化には「言語化」と「具体化」の力が強い。

平成から令和への時代の変化に人々が敏感になるのは、まさしくその2つが揃っているからではないだろうか。



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大畑朋子(tomoko ohata)

言葉で未来をつくる駆け出しのライター。現在カメラ修行中。日々気になったことや気がついたことを発信していきます!
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