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ユートピア


「お姉さんと,連絡取ったりできますか.」

真っ直ぐな目でお願いされると,人間は断れないものだなと実感する.

私に話しかける彼女は,おそらく小学校3〜4年生くらいだと思う.

私たちはまた会う約束をした.

雨じゃない日の夕方,またいつか,と.


***

介護の仕事をしている.
ときどき,“利用者”と”職員”という関係性に違和感を抱くことがある.

専門職として,その人の生活を支えるために,
病気や障害に焦点を当てることは言うまでもなく不可欠だ.

だけど,そこばかりを見つめすぎると,私たちの関係性は突如として歪なものになる.

病気や障害を通じてその人を見てしまうことが,
その人自身の人となりを,時々見えづらくさせる.


そのことに私は恐怖を覚える.


”出会い方”が関係性に名前をつけてしまう場面は,数多く存在すると思う.

そういう時,例えばスポーツとか芸術とか,言葉を超えて  “細胞に訴えかけてくるようなもの”  には,
私たちの関係性をフラットにする力があると思う.

***

【ナンパをしてみる】

ぼんやりと,望む世界を創っていくために考えてみる.

名前のない関係性ってどうやって築くんだろう?

私は公園に行きギターを抱え,一人で遊具に乗っていた人に声をかけてみる.

「わたし歌ってるんで,ちょっとそこにいてくれませんか.一人で歌うの恥ずかしくて,迷惑じゃなければ.」

承諾を得た.
私は一人の時よりのびのびと歌った.

彼は公園に新しくできた遊具が気になって,一人で乗りに来たらしい.
変だけど,そういう好奇心いいなぁ,と思う.


意味のない会話と時間を共有できて嬉しいと思った.

私のヘタな歌を,ただ聴いてくれたことに感謝をした.



【エアナンパをしてみる】

昨日はいきなり声をかけて,困らせてしまったかもしれないと一応反省した.

だから今日は,エアナンパに挑戦する.

朝の7時,昨日とは別の少年を見つけた.
ラップ調の音楽をかけ,タバコをふかし,足元にはスケボー.

そんな彼の,少し離れたところで私はギターを鳴らす.

「私はここにおります,朝目覚めて暇やけぇ,ちょっとギター弾きに来たわぁ.」
というのを,
彼に言葉ではなくストロークで語りかける感じ.


勝手にそばに行き,勝手に歌う.


1時間くらい彼はそこを動かなかったから,居心地は悪くなかったと推測する.

私は,彼がただそこにいてくれたことに感謝した.

彼ももしかしたら,ギターの音に少し心癒されたかもしれない.


こう考えると,私たちをケアしてくれるものは社会に溢れている.
私という存在自体も,その可能性を大いに秘めていることを忘れずにいたい.




【逆ナン】

次の日,また公園でギターを弾いていたら,
小学生くらいの少年少女たちが近寄ってきた.

「何してるんですか,ギター弾いてるんですか!」

「1曲よろしくお願いします!!」とキラキラした目で隣に腰を据えられる.


私ついにナンパされた,とドキリとする.

「知らない歌かもしれないけどいい?」と聴くと
「何でもいいよ!暇だから!」と返事がある.


彼らは私のギターを聴きながら,そこらへんにある木の枝とかでリズムを取ってくれた.


興味を持って近づき,ともにその場を創ってくれた彼らに感謝をした.


そんな時間を何日か繰り返し,私たちの間には名前のない関係が生まれつつある.

公園の小さなベンチは,私たちにとって自分自身の解放と好奇心のための居場所の1つとなった.


***

言語化するのが難しいけれど.
ここに私が願う優しい世界のしっぽの先があるんじゃないかと感じている.

⚫︎関係性にとらわれず,気になったら近づいてみること

⚫︎誰にでも,この場をよくするために何かしたいう気持ちがあること

⚫︎人をケアしてくれる資源は意外と社会に溢れていて,誰もが類い稀なくその可能性を孕んでいること

***

若くても歳を重ねていても,生きづらさがあっても,私たちはいつだって人間の範疇を超えることはできないことを,知っている.

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