タイトル未定 五拾七

クラブが入る雑居ビル、有名なデパートなど様々な建物が乱立するここを、片側3車線の幹線道路が貫いている。賑わいをみせていた大通りもひっそり静まり返り、数台の車が行き交うのみとなった街の夜の顔。イツムネさんとブティックが入ったビル沿いを歩く。寒い。

「いやー。まいったね。今夜の冷え込みは厳しいね。下に1枚着てくればよかったなぁ。」

マネキンの横を2人、白い息を吐きながら通り過ぎていく。もちろん、自分なりに異常がないかどうか見ながら。イツムネさんも同様。時折街灯や車のライトに照らされながら。道順を覚えてるイツムネさんの横に並んで歩く。仕事?とはいえ異性と並んで歩くことが稀なので少し心が浮つく。

(これ。うつつを抜かしとる場合か。たわけ。)

(すいませんでしたーだ。)

「…千狐君寒くないかい?と、言っても私には何とかできないが、一応聞いておきたくてな。」

「寒い、ですけど…我慢できますね。俺の地元よりかは肌に刺さる感じが違いますね。」

「なかなか面白い比喩表現だ。風がない分、体感温度も違うのだろう。帰ったら温かいお茶でも淹れよう。」

世間話を交えながら。ゴリゴリの職場なら恐らく皆の前で大きな声で怒られてる。イツムネさんと2人きりだからこそできる話なのかもしれない。この人意外と話しやすいし。見た目じゃないよなぁやっぱり。

「いいですね。あのお茶を飲んで内から温まる感じとかとても好きですね。」

フフッと笑うと「私もだ」とイツムネさんも笑顔で返してくれる。暗いから100%は見えないけど落ちる人は落ちる笑顔だった。(俺は落ちない)

幹線道路に沿って進んでいる。やがて大きな交差点へと2人はたどり着く。車は殆ど通っておらず、規則的に色を変える信号機がやたら目立つ。電車もとうに終電は出たらしい。歩行者もまばらである。

「さて千狐君、この交差点を直進するわけだけど…脇に細い道が伸びているのが見えるかい?…さすが狐の目だ。見えれば話は早いよ。あの道の先に特A地域がある。気を引き締めてね。アソコで何人も死んでるから…。」

その細い道の入口はかろうじて見える。街灯も少しくらい灯いている。飲み屋の看板の明かりも見える。だけど明らかに毛色が違う。腹の内からドバッと黒くなる。夜の間には近寄りたくないと心から思う。

(匂うのう…。明らかに雰囲気が違うわい。臭すぎるくらいじゃのう。)

「お狐様も何かを感じている見たいです。釈迦に説法かも知れませんが、イツムネさんも気を引き締めて。」

タメ口になってマズいと思うも

「改めて忠告されたほうが気が引き締まるってものだよ。ありがとう。…信号が青になる。行こうか。」

彼女の心は広かった…!(?)

あの独特の電子音を出しながら、歩行者信号が青に変わる。渡っている間に信号機横のゲージが段々と減っていく。都会の信号機に多いアレ。

そうして横断歩道を渡り切る。左にはキリがないほどのビル群と幹線道路。右手にはあの細道。松尾芭蕉のような奥ゆかしさは微塵もない。

幹線道路を音が野太いバイクが走り抜けて行った。反響するエンジン音が消えないうちに、俺とイツムネさんは仄暗い細道に入るための1歩を踏み出した。

#小説


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