タイトル未定 五拾四

歓迎会はその後おひらきとなり、各自解散、夜まで指示待ちという形を取ることとなった。イツムネさんの他にも談笑した人はいるが、全員について語ると永くなるので割愛させて頂く事にする。

さて。

あの青年に教えて貰った部屋に向かう。同じフロアにあるらしいその部屋は1人ずつに割り当てられるものらしい。と、言うよりかは皆帰るべき家はない(かなり前のページ参照)のでそこが家となる様相だ。社員寮というか何というか。そういう経験がないだけに好奇心と不安がハーフアンドハーフというか。

(あの職員室よりかはマシだろう。)

(ここのようじゃのう。)

銀の冷たい扉にはドアノブの所にテンキーがある以外何もない。横には「A-6」とこの部屋の番号だろうか。こちらも同様、冷たいデザインで作られている。とりあえず先程教えられた4桁の番号を入力する。

ピー、ガチャ。

赤のインジケーターが緑に変わり、解錠された事を知らせてくれる。他にする事もないので入室。再びロックが掛かった扉を背に部屋の探索開始。

ふかふかのマットレスが置かれたシングルサイズのベッド、約款だらけの本棚付き机、収納が良さそうなロッカー、果てにはシャワールームまで完備されている。そこらのビジネスホテルを軽く超える豪華ルームであった。

そしてこんなものも。

「足袋…?」見たはずの机にもう一度視線をやるとノートPCの横に白い足袋が置いてあった。手に取ると底はゴムになっており、大工さんの履くまさしくそれであった。書き置きがある様子もない。とりあえず靴を脱いで足袋に履き替える。個人的なインプレッションをするとオールスターを履いた時のようなベタっと足が地面に着いている感じがする。悪くは無い。少しの感動を覚えつつベッドの端に腰掛ける。

(ふぅ…。)

(あの若人、夜の見廻りに童を連れ出すと言っておったが…。)

(行くしかないでしょう。他にやる事も、やらせてもらう事も俺にはないですし。しかし、万が一アイツが出たらどうするんでしょうか…。)

(あれだけ豪語しておったんじゃ。妾達は後ろで見ておればよかろう。歯応えのない畜生はあやつらに好き放題殺らせておけばよいのじゃ。)

そう思うというか。確かにこちらは初日、後ろで見てノウハウを得る方向でいいのかもしれないし、それしかさせてもらえないだろうという推測。

(先のような状況でないからのう。数で当たれば中の下くらいは容易に殺れるじゃろう。)

忘れてはいけないのは普通の(ここでは人間と定義)犯罪者も見つけしだい対処をしなければならないという事。アイツは例外中の例外という位置づけだ。そりゃ、こっちも毎回出られたら困るからな。

(とりあえず夜までは休むのじゃ。万全の状態でいるのにこした事はないからのう。妾も生まれ育ったこの地が夜になり、どのような顔になるか心待ちじゃからのう。)

足袋を脱ぎ揃え、御神刀もベッド脇に立て掛けておく。部屋内には暖房があり、思ったほど寒くもないので掛け布団は掛けずパサと横になる。

思いの外疲れていたのか、暫く考え事をしていたがその考え事もだんだんと輪郭を失っていき、深く暗い夢の中へと入っていった。

夜の巡回で凄惨な事が起こる事実など、この時誰も知る由はなかった。イカ墨のような黒い夜がやってこようとしていた。

#小説






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