労働裁判例を読む01

0.前提

オンライン法律事務所タマという名前で弁護士事務所をやっています、増田周治と申します。人事労務関係の法律相談を扱うことが多いので、労働経済判例速報(労経速)という判例雑誌を購読しています。
この雑誌は、会社と労働者の間での紛争に関する事例をタイムリーに紹介してくれますので、これを読みつつ、裁判例についてあれこれ考えていく連載をしていきたいと思います。

1.本日の裁判例

第1回の裁判例は、労経速2449号(2021/7/20号)に掲載された「独立行政法人 日本スポーツ振興センター事件」地裁判決(東京地裁R3.1.21)です。
主な請求の内容は、独立行政法人の契約社員(原告)が、無期労働契約を締結している職員に支給される地域手当及び住居手当を、契約社員(原告)に支給しないこと、無期労働契約において設けている昇給基準を原告に適用せず、昇給させないことを不合理な労働条件の相違であるなどとして、旧労働契約法20条に違反するとして、あるべき労働条件(賃金額)との差額について損害賠償請求を行ったものです。

2.概要

(1)当事者
原告は、被告独立行政法人の契約職員である個人で、労経速を見る限り代理人のついていない本人訴訟のようです。なお、原告は法科大学院を修了していますが法曹資格はないようです。
被告は独立行政法人であり、学校の管理下での児童生徒の災害に関する給付等を行うものです。体育の授業でけがをした際などに支払われる、いわゆる学校が入っている保険の運営をしているところというとイメージが描きやすいでしょうか。
HPをみると、国立競技場の管理なども行っているようです。それなりに大きな組織ですね。
このように、名前を聞いたことがあるけれどもよく知らない組織を調べることも裁判例を調べる際の楽しみです。
原告は、システムエンジニアの経験があり、被告には情報処理技術者として採用されたという経緯があります。

(2)請求内容
原告は、大きく4つの請求をしていますが、今回はそのうち2つ(手当関係)を取り上げます。
その内容は、①被告は、無期職員に対して、地域手当を支給しているにもかかわらず、契約職員には支給していない。この差異は不合理であるから、被告の行為は不法行為にあたり、損害である差額を支払え。②同様に、住居手当についても支給の差異が不合理であるとして損害賠償を請求しました。

3.主張の解説
(1)前提
平成30年改正前の労働契約法20条においては、有期契約の労働者と無期契約の労働者との労働条件の間に、期間の定めがあることにより労働条件の相違がある場合、この相違が労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(これら二つを「職務の内容」といいます)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない、とされていました。
そして、裁判所が有期契約の労働者と無期契約の労働者とに、期間の定めがあることにより労働条件の相違があり、それが不合理であると認定した場合、その際は不法行為による損害賠償請求の対象になると解釈されていました。
この労働契約法20条は、平成30年の法改正により削除され、いわゆるパート有期労働法(正式名称は「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」)の8条に統合されたと解されています。

(2)①の主張
原告は、地域手当に関し、無期職員には勤務地に応じて地域手当が支払われているが、契約職員には支払われていないこと、無期職員と契約職員とでは、求められるスキル、責任、作業量等が同等か、契約職員の方が多いと主張しました。また、契約職員は転勤が予定されていないが、無期職員のうち事務職員についても転勤が予定されていないにもかかわらず地域手当は支払われていると主張しました。
これに対して被告独立行政法人は、地域手当は勤務地による物価の違いを補填する性質のものであるとし、無期職員は全国の都市圏と地方拠点1か所での勤務の可能性があるが、契約職員の勤務地は東京都23区内に限定されていることから、契約職員の基準月額が東京都23区内での勤務であることを前提に作成されていると主張しました。また、無期職員は異動や昇進が予定されている一方、契約職員は研究又は専門的業務等のみに従事するものであり、両者の職務の内容は異なると主張しました。

(3)②の主張
原告は、住居手当に関し、転居を伴う転勤が予定されていない有期契約職員(事務職員)に対しても住居手当が支給されており、無期職員には転居を伴う転勤が予想されているからといって、それが、契約職員に対する住居手当の不支給の理由とはならない。同一の勤務地の有期契約労働者間(事務職員と契約職員)で住居手当について相違を設ける理由はない。
これに対して被告独立行政法人は、無期職員には転居を伴う転勤が予定されており、転勤がない場合と比べて住居費が増大する可能性がある、転勤のない事務職員に対して住居手当を支給しているのは、事務職員の平均基準月額が契約職員より少なく、生活保障の観点からのものである、無期職員は雇用が長期に及ぶことを想定しており、有用な人材を獲得し離職を防止する必要があるが、契約職員は通算雇用期間が5年と短いため、有用な人材の獲得や離職防止の必要性は低い。

4.訴訟におけるポイント・結論について
(1)パート有期法8条の解釈
訴訟においては、パート有期法8条の性質について、裁判所の判断が示されています。その内容は、旧労働契約法20条は削除され、パート有期法8条に統合されたけれども、パート有期法8条は旧労働契約法20条の内容を明確化して統合したものである、というものです。
その結果、この判決においては原告が旧労働契約法20条に違反すると主張していた部分をパート有期労働法8条に違反するという主張と整理して判断したものです。
パート有期労働法8条が旧労働契約法20条を統合したものかどうかということは、争いがあるのですが、本件では統合したものであるという前提で判断がされています。パート有期労働法8条が旧労働契約法20条を統合したものであるということは、旧労働契約法20条において示されている判例法理がパート有期労働法8条に引き継がれるということを意味します。統合したものであるかどうかという点はその点で議論の実益があります。

(2)①の主張
裁判所は、地域手当について、無期職員に対して地域手当を支給する一方で契約職員に対してこれを支給しないという待遇の相違は不合理とはいえないと結論付けています。
理由としては、地域手当の目的が、物価の安い地方で勤務する無期職員と物価の高い都市部で勤務する無期職員との生活費の差額を補填するための者だと認定したうえで、契約職員には異動が予定されておらず、東京都特別区にしか配置されておらず、勤務地の物価の高低による生活費の差額が生じないことを挙げています。
被告独立行政法人の主張を採用したことになりますが、地域手当を都市部に勤務する無期職員への物価の補填として、無期職員間の平等性を担保するためのものだと考えている点は参考になろうかと思います。
なお、被告独立行政法人は、事務職員に対しても地域手当を支給していますが、こちらについても事務職員間の生活費必要額の差額の補填であると認定されています。
契約職員が、一定の専門的業務等のみにつくことが予定されており、転勤が予定されていない本件のような場合、地域手当を支給することについて、一応の合理的理由があるのであれば、比較的容易に本件のような結論に至るのではないでしょうか。

(3)②の主張
裁判所は、住居手当についても、無期職員に対して住居手当を支給する一方で契約職員に対してこれを支給しないという労働条件の相違が不合理とは言えないと結論しています。
続いて、判決は、有期契約の事務職員に対して住居手当が支給されていることについて、事務職員の平均基準月額が契約職員より低額に設定されていること、実態としての賃金額も契約職員より低額であることから、転勤のない事務職員に対する住居手当は、住宅に要する費用を補助する趣旨であり、報酬の高い契約社員との比較において契約社員に住宅手当が支払われていないことが不合理であるとは言えないとしています。
転居を伴う転勤のある無期職員に対して、住居費用が高くなる傾向があるから住居手当を支払うという点は、妥当であろうと考えます。
本判決の事例のポイントは、転居を伴う転勤のある無期職員について住居手当を払い、かつ転勤のない事務職員にも住居手当を支払っていたというところです。
被告独立行政法人としては、同じ住宅手当という名目の支給について、二つの異なる説明をすることになりました。つまり、転勤のある無期職員については、転勤のために住居費が高くなる傾向にあることの補填という趣旨であり、転勤のない事務職員については賃金額が低いから、住宅に要する費用を補助する趣旨である、という具合です。
①の主張に対する反論は、地域間格差の補填という同じ理由で説明できたことと好対照です。
本件においては、制度上及び実態上、契約職員と比較して事務職員の賃金水準が低かったことから上記の2種類の理由付けがそれぞれ裁判所に認められる結果となりましたが、仮に事務職員の賃金水準が契約職員の賃金水準より高ければ、住宅手当の不支給は不合理とされた可能性があり、事務職員の賃金水準が契約職員より低くても、その差が相当に少いというだけであっても、不合理性が認められることがあり得たと考えます。
おそらく、契約職員が一定の期間、専門的業務を提供してもらうための人事制度として作成されたため、事務職員よりも十分に高い賃金を支払うこととし、その結果住宅手当については支払わないこととしたのだと思われます。
結果として当時の判断が現在の法制度下でも違法とは言えないという評価になったということだろうと考えます。

5.その他の原告の主張について
その他の原告の主張として、採用時に法科大学院での学歴を加味した報酬とするべきだったという点、無期職員に適用される昇給基準に合わせて原告も昇給させるべきであるという点がありますが、いずれも少し無理筋の主張という印象で、判決においても退けられています。

6.会社としてできること
同じ「住宅手当」という名目で無期職員と事務職員に趣旨の異なる支給を行うことはのちの説明に窮する事態を招きかねませんので、趣旨を整理する際に名称を分けてしまうなどの対応を行った方がよいと思います。
その前段階として、各手当の趣旨は、(従業員に説明するかは別にして)一度明文化しておくことが、いわゆる緊急度は低いけれども重要度が高い仕事としてあるのだろうと思われます。

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