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【ダンジョン潜り】 (2-2) ~ズマ・レイトの槌~

~前~

 入り口を入ると、工房の中はずっと暗く、老人の振るう槌の音が一層鋭く耳を突いた。小僧はちらとこちらを見たが、すぐに顔を伏せて自分の仕事を続けた。

 カン、カン、カン、キン。

 老職人は私に気づかぬのか、目をつむったまま気持ちよさそうに歌っている。

 徐々に部屋の暗さに目が慣れてくると、槌や鉤をはじめ多種多様の道具が整列した軍隊よろしく土壁に吊りかけられているのが見えた。

 カン、カン、カン、キン。

 私が老人か小僧かどちらに話しかけようかと少しためらっていると、ふいに槌の音がやみ、つづいて老人の大音声が発せられた。
 「我が子よ!どこから来た!」
 槌を置いて私の方を振り返った老人は相変わらず目をつむったままであったが、声色は明るく嬉しそうであった。

 「我が子よ、さあ、さあ、お前の手を見せろ」
 老人はせっかちな調子で手招きした。
 何が何やら呑み込めなかったが、私は言われるままに右手を差し出した。

 老人の節だらけの両手がすっと伸び空中を探るようにさまようと、私の手はぎゅっと掴まれ、痛いほど強く握られた。彼は何かを確かめるように念入りに私の手を揉み続けたが、この時私は彼が盲目であることに気づいた。

 「ふむ…戦人の手。ヤデムの子か」
 老職人はそうつぶやいて、私の手を離した。

 武具を司るヤデムは多くの兵士が信を置く神であり、戦いの前にこの雄々しき戦神に素朴な祈りが捧げられることも多い。軍隊にいた時、私も多くの同僚がヤデムの名を叫ぶのを聞いたし、信心深いたちでないとはいえ私自身も例外ではなかった。
 老人は私の手を握り、兵士としての経歴を見抜いた格好だ。

 「親方、私は剣を研いでもらいに来たんだ」
 私が切り出すと、老人はまた快活な調子で歌うように口を開いた。
 「ホ、ホ、ホ。ヤデムの子よ!我が主はお前を歓迎した。俺はお前の燃える目を認めたし、俺が認めた者は我が主が認めた者だ! さあ、剣をよこせ」

 私は腰から短剣を抜くと、それを老職人に差し出しながら答えた。
 「燃える目とは詩的だね、親方。だがあなたは目が見えないのだろう?」
 老人はにやりと笑った。
 「ああ、見えないとも。それゆえに俺はお前たちよりも見える。"細工師の目" を授かったからだ。我が主は慈悲深い! おお、我が子よ。良い剣だ。待っておれ。我が主の槌、ズマ・レイトの槌をぞんぶんに振るおうとも!」

~つづく~

~目次~

金くれ