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第8話 【1カ国目エジプト⑧】ピラミッド前の物語「アフリカンジャーニー〜世界一周備忘録(小説)〜」

「タケさん。僕ね。決断したときが"自分を一番変えたような気がする"んですよ。」

僕たち二人は物語をしながら、「トマンホテル」の屋上でギザの風に吹かれていた。

目の前にはピラミッドがゆっくりと存在している。

既に話し始めて3時間は経過していただろう。

二人の会話はこれからもどこかで生きていくようなきがしていた―

もう一度ピラミッドの前へ

ボッタクリにチップ要求、そして頼んでもいないパピルスの押し売りという三段構えにピラミッドの景色が大きく歪められたはずの僕は、なぜか再びピラミッドの前に来ていた。

とは言ってもピラミッドの敷地にもう一度お金を払って入ったわけではない。

今回はギザにあるトマンホテルの屋上から3つのピラミッドを見つめているのだ―

3日ぶりのギザの街

初めてピラミッドに行った日から3日後。

僕は再び「屋上からピラミッドが綺麗に見える」というトマンホテルにチェックインしていた。

ベニス細川家で出会った日本人のヒロさんが教えてくれたホテルである。

正直「ピラミッドはもう懲り懲り」だったが、誰にも邪魔されずに見渡せる場所があるのであれば行ってみたいという気持ちが僅かに上回り、再度苦手なギザの街へと降り立ったのである。

ヒロさんの話しを一緒に聞いていた25歳のタイシが前日にそのホテルにチェックインしていた。

タイシが送ってくれていた宿までの道順の写真をスマホで確認しながら、Googleマップには出てこないトマンホテルへと足を進める。

ラクダや馬の群れ、犬、羊、そしてアジア人を冷やかすような声と地面に落ちている夥しい糞を掻き分けてやっとホテルへ辿り着いた―

タイシとの再会

細道に入り「トマンホテルの入口らしき扉」を開けてみる。

目の前の細い廊下の先に一部屋扉が見える。そして、扉の前には逆方向に伸びていくように階段があった。

僕は「受付」を探すように階段を登っていくが、1階2階と上がっても受付は見当たらない。

更に3階4階と上がっていったところで上から外の光が差し込んできた。どうやらこれ以上先は屋上になっているらしい。

仕方がないので屋上まで上がってみると、その途中で僕を呼び止める声が聞こえた。

「タケさん!」

タイシである。

「無事ついたんですね!なかなか来ないから心配してましたよー」

タイシが丁度屋上にいて、SIMカードを契約していない僕が無事ネット環境がない状態で辿り着くか心配してくれていたらしい。

全く優しい好青年だ。

タイシが事前に送ってくれていたホテル周りの写真がなければ辿りつけなかったことの礼を言う。

ここまでの道のりが過酷だったからか、タイシとの再会に心なしか安心感が溢れ出してたかもしれない。

振り返ってみると、ゆっくりと流れる雲の影を映しながら巨大なピラミッドが3つこちらを見ていた―

受付けがないトマンホテル

タイシ曰く「トマンホテルには受付がない」らしい。

正確には僕達がいるこの屋上でチェックインをすることになっているという。

外出中なのか、オーナーである「トマンさん」の姿が見当たらないため一度タイシの部屋に荷物を置いてお互いの用事を済ませるため街へ繰り出していく。

再び「トマンホテル」に帰ってきたときには既に日が暮れていた。

屋上で待っていると、とても気のよさそうなエジプト人が目の前に姿を現した。

トマンホテルのオーナー"トマンさん"である。

「この屋上は最高だろ。ピラミッドが一望できる」そう言いながら、僕の
チェックインを済ましていくオーナー。

「なるほど、この屋上からのピラミッドの眺めを見せたくて受付を屋上にしているのか―」

屋上から大きな3つのピラミッドを眺めながら、そんなことが僕の頭に浮かぶ。

もしかしたら、ただ受付とするスペースがこの建物にないだけかも知れないが、そう思ってしまうほど"屋上から見渡せる3つのピラミッドの眺め"は特別なものがあった。

特に、ピラミッドの入口周りの騒々しさを経験した僕にとっては「客引きも動物もいない静かな場所でピラミッドを見続けられる状態」は特別なものを感じさせた。

3日前に歪んでしまったピラミッドが、僕の想像を遥かに超える景色で再び僕の前に現れたのであった―

3つのピラミッドと3時間の物語

翌日、トマンホテルで提供されている朝食を持って屋上に上がると、そこには既にタイシの姿があった。

タイシは屋上に干していた服が乾き次第、夜行バスで次の街「ルクソール」へ南下するらしい。

再会したのも束の間、彼は先にこの街を旅立っていくという。

お互い自由な旅である以上、それは仕方ない。

朝食を食べながら、タイシの服が乾くまで他愛もない会話が二人の間に繰り広げられていく。

ベニス細川家で出会ってから、少しずつ打ち解けていた僕らの会話はいつのまにかお互いに根ざす深い話しへと展開されていった。

目の前には3つのピラミッドが朝日に照らされている。

目の前に広がる非日常的な眺めが、僕達の話を大きな懐で包みこむ準備をしているような感じがしていた―

決断が自分を変えたのだ

「別に海外出てみたって、それが自分を変えてくれる訳じゃないですよ。」

屋上から3つの雄大なピラミッドを眺めながら25歳のタイシがこんなことを言っていた。

タイシは20歳の頃、ワーキングホリデーである国に行っていたという。

帰国後周りの人に事あるごとに聞かれたのが「外国に行って何が変わったか?」ということだったらしい。

僕自身も21歳の頃、ワーキングホリデーでカナダに行った経験があり彼の言っていることがよく分かるような気がした。

これまで体験したことのない「外国という場所」に身をおいて価値観は広がりを見せ、沢山の人に出会ったことが自分を変えたのは事実だ。

しかし、「外国に行ったことが本当に自分を変えたのか」ということに彼はずっと疑問を抱いてらしい。

同じ経験者としてその気持ちに深く同感する自分がそこにはいた。

他者からの問いかけの中で、【根本的に自分を変えたものは何か―】

タイシは本気でそのことを考えていた。自分の中に湧いた疑問から逃げずに思考と行動を巡らせ続けていたのだ。

そして、一つの答えに辿り着いたと僕に教えてくれた。

「海外に行ったことが僕を変えたんじゃない。海外に行こうと決断した瞬間に僕は変わったんだと―」

「それは、自分の力で自分を変えるということを自分に見せつける大きな決断だったんだと―」

世界一周は自分を変えてはくれない

「羨ましいな。世界一周に行けば人生が変わりそうだね」

「そんな経験普通は出来ないから、世界一周すれば君はきっとすごい人になれるよ」

「世界一周なんて馬鹿みたい。仕事辞めてまでするものじゃないでしょ」

僕が仕事を辞める理由を周りに話した時に言われた言葉"ベスト3"はこの3つだったような気がする。

ありがたいことに純粋に僕を応援してくれる人も多くいた。それはお大きな励みになった。

一方でこの3つの言葉を聞くたびに僕の頭にはあることが浮かんでいた。

それは、【世界一周は別に僕のことを変えてくれたりはしない】ということだ。

きっと自分自身を変えるのは自分しかいないはずだ。世界一周が変えてくれるわけではないのだ。

【人生で劇的なことなどそうそう起こりようはない。もし、起こるとすればそれは自分が決断し行動したことからのみ生まれるのだろう】

少し忘れかけていた「大切にしていた人生観」をタイシの言葉が思い出させてくれたような気がした。

目の前には悠々と3,000年間ただそこに存在する3つの【劇的な光景】が広がっている。

自分の決断の先に訪れた【劇的な時間】を焼き付けるように、僕らは3時間物語を紡いでいた―

◆次回
【エジプトを更に南下。待ち受けていたのはグータラとした日々…】


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