瞳に太陽 胸に星(3)
「腹減ったな」
秋田君はあたしの手をぎゅっと握って歩き出した。
「ちょ、ちょっ、ちょっと!」
平日とはいえ谷宿。道行く人たちがこっちを見てるのがわかった。来る途中の裸足の恥ずかしさとは少し違う恥ずかしさがこみあげる。だけどそんなの全然お構いなしの様子で秋田君は早足のまま突き進むから、あたしは走るみたいになってやっとでついて行く。
ふと気づく。これって恋人つなぎでは?
周囲からは、カレカノに見えてるのかな。秋田君がかっこよすぎて不釣り合いとか思われてるかも。凹んでいたら秋田君の足が止まった。
「すみませーん、ツナマヨ、ツナカレー、ベーコンエッグ、ハムチーズ、てりやきハンバーグと……」
クレープ屋さんのディスプレイを睨みながらまるでメニューを片っ端から読み上げるみたいな勢いで秋田君が注文を始めた。育ち盛りの男の子って、こんなに食べるの?
「あとバンバンジーとストロベリーバナナチョコ生クリームお願いします」
「全部食べるの?」
「おう」
あたしはホイップチョコレートブラウニーを注文した。
「大変お待たせいたしましたぁ」
クレープたちはスタンドになった箱にまとめられてやってきた。圧巻。レタスフリフリのおかず系が多いせいで、大きな花束を抱えているみたい。燕尾服風の恰好だから余計そう見えるのかも。クレープなのに絵になるなぁ。
「さー食うぞ」
子供みたいに無邪気な笑顔の秋田君が、チョコレートブラウニーが乗ったクレープを花束から抜いて手渡してくれた。服だけじゃなくて、クレープまでごちそうになっちゃって、なんだか悪いな。
「いただきます」
「ウマそうだなそれ」
「あっ」
やられた。どんなにかっこよくても、クレープの花束が似合っても、中身はタダの最低男だってことを忘れてた。なんで。
ホイップチョコレートブラウニーからチョコレートブラウニーを持って行っちゃうんですか? これじゃホイップだけじゃん。
「秋田君、」
「あ、ごめんごめん、食べたかったよね」
やられた! またやられた!!
忘れてたのは最低男なだけじゃなかった。最低“キス”男だってことだ!
口の中に、甘くてほろ苦いチョコレートブラウニーの味が溶け込んでくる。ちょっと、いやかなりかっこいいからって、不覚にも二回も唇を許してしまった。
「やめてよね!」
「あれ? 照れてる?」
「そうじゃなくって! 人前でっ、じゃない、人前じゃなくても挨拶みたいにキスしないでってば」
「彼女なんだからいいだろ」
怒ってるのに、顔のはんぶんが口になったみたいな顔で笑う。そんで笑いながらクレープむしゃむしゃ食べてる。しかも涼しい顔してものすごい速さでクレープが減ってく。怒るのがバカバカしいとさえ思えてくるほどの清々しい食べっぷりに、つい見入ってしまった。だってクレープ一つが三口とか、四口くらいで消えていく。ちょっとした手品を見ているみたいな気分。ただ歩いているだけでも目立つのに、クレープの花束を抱えてそれをみるみるうちに平らげる姿は注目の的で、スマホで写真撮ってる人もいる。
学校サボって来てるのに学校にバレたらと思うと気が気じゃない。あたしは秋田君に少し近付いて小声で耳打ちした。
「ねえ、秋田君。こんなに目立って、バレたらマズいよ」
「へーきへーき。目立つことしてるほうが意外とバレねーのよ」
「そんなこと言ったって……」
「大丈夫だって。俺バレたことねーもん」
どこ吹く風、ってやつだ。柳に風? 違うか。暖簾に腕押し?
なんでこんなヤツに振り回されてるんだろ。出会い頭にキスされたり、突然彼女にされてしまったり、廊下でからかわれたり、今日だってびっくりさせられっぱなし。これがもし先輩とのデートだったら……。
「お、あれも食おうぜ」
「へっ?」
せっかく先輩とデート気分だったのに今度は何?
手に持っていたクレープを食べきったところで秋田君があたしの腕を掴んで走り出した。秋田君が走って着いたお店は、列になってお客さんが並んでいる。
「ここな、俺のダチがやってる店。和モノは観光客とか海外でもウケるから、ハワイとかNYにも店があんだぜ」
「へえ! すごいね、そんな人と友達なんて秋田君もすごいよ。さっきのキノコさんもだし、学校での秋田君と全然印象が違うよね」
「まあ、学校は無理にでも行っときたいからな、地味にしてんだよ」
「あはは、そんなこと言ってサボってるとか、変なの」
「でもサボって良かった。今日のお前、学校にいるときの百倍可愛い」
不意打ちやめてほしい。何気ない会話からの「可愛い」とか心臓に悪すぎ。クレープ落っことしちゃいそうだったし、心臓ホントに爆発するかと思った。
「……何で」
「ん?」
「何であたしなの? って訊いてるの」
「あー……、まあ、好み? あとキスすると面白いから」
「やっぱムカつく!」
好み、なんて言われるとは。でも面白いって理由でキスなんて腹立たしくって。頭の中がぐちゃぐちゃで、思わず平手が飛び出しそうになったとき。
「スミマセン、シャシン、イイデスカ」
並んでた観光客っぽい外国人がカメラを掲げた。あたしは撮ってあげようとしたんだけど。
「オーケー♪」
「えっ」
ぐい、っと秋田君があたしの肩を抱き寄せてポーズをとった。え? 撮られる側?
「トッテモカワイイデース! アリガトゴザイマス!」
「サンキューサンキュー♪ ココ、テンプラスティック、デリシャスね! メニーメニー買ってね♪」
秋田君がすっかり外国人と打ち解けてお店のメニューで盛り上がりだした。
スティック野菜の天ぷらとか、棒状にしたかき揚げとかに、好きなディップをつけて食べるんだって。素揚げもあったりして、メニューがたくさんある。順番がきて、彼らは秋田君がおすすめしたチョイスを嬉しそうに買って手を振って歩いていった。
「野菜天セットとフライドポテト、タルタルソースで。あとおにぎりカップのダブル、お願いします」
「おにぎりのお味は何になさいますか」
「塩こんぶと青菜で」
「かしこまりました」
天ぷらにタルタルソース? とは一瞬思ったけど、揚げ物だし、合わないことはないだろうなと、注文の品が来るのを待った。秋田君は最後のクレープ、ストロベリーバナナチョコ生クリームを手に、満面の笑みを浮かべている。
「美味しい?」
「おう。お前も食う?」
「えっ? ううん! いらない、いらないよ!」
「クククっ、キスじゃねーよ? ほれ」
うっかりまたキスのフラグをたててしまったかもと慌てて逃げ腰になったあたしを見て、秋田君がクレープを差し出してきた。ほっと胸をなでおろしてそのクレープを一口頬張ったところで、秋田君がニヤニヤとあたしを見ているのに気がついた。
「間接キスだね」
大きな瞳でじっと見つめられて、にっこりとそんなことを言われて、また体温が急上昇するのがわかる。熱い、耳まで熱い。今あたし、絶対に真っ赤っかだ。秋田君がくすくすと堪えきれないって感じで震えて笑ってる。
帰る! そう思って気付いた。制服もカバンも全部キノコさんのところだ。仕方ない。今日だけゲリラ雷雨にでも遭ったと諦めて、一日だけコイツに付き合おう。その後は隙を作らないようにして、二人きりにならないようにしよう。
「ホラ。食おうぜ」
「熱く、ない?」
「へーきへーき」
おにぎりカップが可愛い。パステルカラーのカップに、おにぎりがアイスクリームみたいに重なって、色とりどりのトッピングがされてる。
「これ、可愛いね」
「ツイスタ映えするって人気なんだよな、見たことねぇ?」
「ううん。疎いから、そういうの」
「それより味が俺映えなんだよ」
「あはは、何それ。俺映えって、ハエみたい」
「ブーン、パク!」
秋田君がハエの真似? をしておにぎりをひとつ口に放り込む。並木道のショーウインドウを眺めながらベンチに座ると、秋田君が隣に座った。近い。無駄に近いよ。
「なあお前、なんでいつも笑わねえの? 可愛いのに」
「ばっ、バカ! そんなの、あたしの自由でしょ」
そんな距離から覗きこまないで。また心臓が、あたしの意思と無関係に飛び跳ねた。自分でも信じられないくらい楽しかった。可愛いって言われて嬉しかった。
さっきから。あたしの心が笑ってたの気付いてる。どうかしてる。こんなヤツといて楽しいなんて。
「なあなあ、フライドポテトにタルタルソースつけるとエビフライの味すんの、知ってる?」
またおかしなこと言ってる。
「するわけないじゃんポテトだよ?」
「騙されたと思って食ってみ」
「絶対しないって」
「なに賭ける?」
「なんでそうなるの」
「よし、俺が勝ったらお前からキスな」
「はぁ?」
ポテトがエビフライの味なんか絶対にするわけないって思うけど、もし負けたらあたしが秋田君にキスすることになっちゃう。
「嫌だよ、もしエビフライの味がしたらキスしなきゃいけないんでしょ」
「お前はエビフライの味しねえと思ってんだろ? じゃあ大丈夫、自分を信じろ!」
「それなんの励まし?」
「ほら」
急かされるように口に運んでしまった。紙コップの底にたっぷり入ったタルタルソースがフライドポテトにしっかり絡んでて、口の中にふんわりじゅわーっとエビの香りが広がった。
「なんで? エビフライの味だ」
「な! ほら、キス!」
「賭けするって言ってないし! 無効!」
「無効とかねーから。しゃーねーな、ここでいいよ」
秋田君は頬を指差した。不本意だけど仕方ない。ほっぺくらいなら。
ごくりと息を呑む。肌、ツルツル。睫毛、長くて密度も濃くて、つけまみたい。唇、紅くて、ふっくらしてて、うるうるしてて、柔らかそう。あたし、この唇と……。
すー……
え?
秋田君、なんだか息が、すーって……。って、寝てるよ!! さんざん振り回しておいて、食べるだけ食べたら寝ちゃうとか、どんだけ自由なんですか。ドキドキを返して!
はあぁ、一気にカラダの力が抜けた。
ヘッダーイラスト:PixAI
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