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拝啓 チバユウスケ

本来、拝啓から始まった文章には敬称をつけるべきだろうけれど、この場に関しては呼び捨てのほうが“らしさ”が出る気がしたので敬称を省略した。
どうせこの文章が直接あなたに届くことはないのだし、無礼を許してほしい。

あなたが生きていた間、とても恐れ多くてファンレターを書くことができなかった。あなたの目に私の文字が入って「はい」などといつぞやの塩化でビニールな地獄の誰かのファンレターのように雑に流されてしまうのが怖かった。
それと同時に、書こうと思えばいつでも書いて届けられるという驕りもあった。あなたの命が永遠だと錯覚していた。

私がチバユウスケを認識したのは12歳のとき、東京スカパラダイスオーケストラのゲストボーカルとして。当時のスカパラ歌モノ3部作のなかでも異質で、冷たく劇場的な歌声に惹かれた。
私には年齢の離れた姉兄がいたので、彼らからあなたの名前とバンド名を聞いた。
一生忘れないのに、こんなに好きなのに、「THEE MICHELLE GUN ELEPHANT」をソラで書けたことがない。

当時地元にあったCDショップに自転車で40分かけて行った。開店と同時に走り込んだ。
CDを買ったことがなかったから、シングルとアルバムの違いも分からず戸惑った。バンド名の横にある他の文字列が「CDのタイトル」だということも分からなかった。
昼過ぎまでたっぷり時間をかけて迷って「太陽を掴んでしまった」を買った。
当時は打ち込み音楽全盛期。アイドルと言えばモーニング娘。の時代。ピコピコキラキラ電子音が流行りだった頃に、ローテンションの極太ロックはランドセルを背負った少女にはいささか刺激的だった。

私の生きた道とか、それからどんなふうにTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTを聴いたかなんて日記、きっとあなたには興味がないだろう。
でも20年分の思いを綴ったら日記になってしまうのだ。許してほしい。いつぞやの番組のあのファンの気持ちが15年越しに分かった。

最初こそ冷たさが好きだったと思う。歌詞の鋭さや苛立ちをぶつけるような派手なガナリ声が好きだった。過去形は変なので言い直そう、今も好きだ。
アルバムを買い集めれば集めるほど、強い言葉の端々に優しさを見つけた。合言葉はI LOVE YOU、ALRIGHT。
ミッシェルが解散したあと、あなたはThe Birthdayとして活動を始めて、優しさは更に色濃くなっていった。
正直言って、最初の印象と変わってしまったと感じたこともあった。よくあるファンの戯言だけれど。
「変わらないでいるために変わる 当たり前じゃんかそんな事」とあなたは言ったけど、優しくなれない私は受け入れるまでに少し時間を要した。

結局、あなたのピックをもらうことも、ライブ以外の場所でばったり会えてしまうことも、あまつさえ言葉を交わすことも叶わなかった。兄と一緒に行ったライブで「目があった気がする!」と二人で主張し合うくらいの接点しかなかった。
尊敬して敬愛して、遠くて、音楽はいつも隣で、私にとってチバユウスケはそういう存在だった。そういう存在で永遠に在り続けると思っていた。

あなたのいない世界を、こんなにも絶望するとは想像できていなった。初恋の人がそのうち過去になっていくように、最初に好きになったバンドマンも「あの頃好きだったなー」でその存在の透明化を受け入れられるものだと思っていた。
あなたの訃報を知って以来、私はあなたの音楽を一音も聴けなくなった。
チバユウスケは私の「初めの音楽」で「一等星」だったと、いまさら気づいた。
あなたを通して知った音楽がいまの私を形作った。あなたを通して色んなものを好きになった。
Rockを聴くようになった、ドクターマーチンを買い漁った、ライダースジャケットを好んだ、あなたの声に似ているから聴き始めたバンドがいて、あなたがかぶっていたようなボルサリーノやハンチングを選んだ。
歌詞に影響されてマルボロを吸ったりもした。ビールの種類にやたら詳しくなった。ミッシェルを共通の趣味(?)として仲良くなった人もいる、あなたに似ているから付き合った男性もいる。
今の私は、あなたが居なければ存在していなかった。チバユウスケを知る前の自分が何を好んでいたのか思い出せない。
「私のすべて」だなんて大きな言葉にしたくないけれど、ごめんなさい本当に私のすべてなんです。

今日、あなたの献花式に訪れた。行きの飛行機を降りたときからポツポツとあなたのファンを見かけた。年相応のナイスミドルから大学生の男の子、黒いライダースを着込んだ金髪の女性も、原色の派手なシャツをまとった性別のわからない人も、老若男女を超えてあなたを愛していたんだと思うし、あなたの愛を受け取っていたのだと思う。

献花台に、黄色い花を手向けた。花は色とりどりあったけれど、黄色がよかったのでスタッフから手渡されたときはラッキーだと思った。
勝手なイメージで、あなたはヒマワリが好きそうだなと。ヒマワリみたいな黄色い花だった。
会場に入ってから涙はとめどなくて、まわりの人も目元を拭っていた。涙がダイヤモンドなら私達は今頃億万長者だ。
ステージの上でたくさんの星々に囲まれて輝いていたあなたはまさしく一等星だったよ。みんな手を合わせていたけれど、いったいあなたにどんな言葉を捧げていたのだろうか。
私はただ、ありがとうと大好きを叩きつけるように祈るだけだった。それ以外の言葉が出て来なかった。
Zepp DiverCityを満たしたあなたの声が、まだ頭の中で繰り返されている。このリフレインもそのうち小さくなっていくのだろうか。

もっとたくさんライブに行けば良かった。もっと早くファンレターを書けば良かった。
私が思うタラレバよりも何倍もたくさんあなたにはやりたいことがあっただろう。その気持ちは想像もできない。

あなたの強さに憧れて、あなたの繊細さに心打たれて、あなたの優しさに救われた。
かつて船乗りは一等星をもとに暗い海原を航海したという。あなたという一等星を失った私は、この先の人生をどう渡っていけばいいのか。訊いた所であなたはのらりくらりと躱しそうだ。
今日の東京は気持ちの良い晴れで、青空がどこまでも広がっていた。皮肉には感じなかった。あなたの死を受け入れる準備を、世界中が整えているように思った。

真ん丸な夕陽が沈むのを見ていた。燃え上がった空がグラデーションで澄んでいくのを見ていた。

「夢を見ようぜ」とあなたが言ったから
「きっとうまくいくさ」とあなたが言ったから
まだあなたを失った世界を受け入れられていないけれど、私はまだ生きていようと思う。
あなたのいないくそったれの世界を、いつかは愛したい。

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