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漫画原作の脚本の話

どうも、りんねです。今日は、13年ほど前に関わらせて頂いたアニメ脚本の話をします。
最近ホットな話題なので、この機会にと思いましてね……。
あまり生臭くない、ふわ~っとした話をしたいなと思います。

原作改変は悪なのか

私がどんな作品に関わったのか、については、この記事を読んで頂くのが良いかな、と思います。
https://ddnavi.com/interview/174392/a/

簡単に言えば、TVアニメ第1期が自由にやり過ぎて、原作者さんの考えているその後のプロットと繋がらなくなってしまったので、アニメ一期をなかったことにしよう!という話になったのです。

スタッフ総入れ替え。
そして、原作のエッセンスを何よりも大事にした脚本でOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ。直接円盤化されるなど、テレビ放映を前提としない)を作ってリセットを図ることになったのです。
過激な言い方をすれば、前の制作チームとの戦争です。

その脚本化作業を担当するのに白羽の矢が立った、業界にしがらみのないライター、それが私だったのです。
めちゃくちゃ気を遣う状況下で、原作を読み込み、アニメで見た時に違和感が生まれないように時系列と場面を整理し、カットするシーンにあるセリフを精査して、必要なら別のところに差し込み……。

ここで皆さんは、こう思うでしょう。
「原作に忠実にするなら、カットしない方がいいんじゃないの?」と。
そうなんです。カットせずに済むならしないほうがいい。一方で、アニメ化するならシーンは少ない方がいいのです。
設定は少ない方がいいですし、背景も使いまわしができる方がいい。

私が担当したのはOVAだったので、ある程度の余裕と自由がありましたが、テレビ版だったら尺もきっちり決まっています。何より、一週間の作業量には限界があります

実写化も同じです。ロケ地が増えればその分だけコストも日数も必要になっていきますから、同じくシーンは少ない方がいい。

CGを使う場合も、撮影自体はグリーンバックでできても、背景をはめ込み、不自然にならないようにライティングや色味を調整し……というポスプロと呼ばれる工程が大変になっていきます。

シーンだけではなく、セリフや人物にもカットが発生します。声優さんなら、二役をお願いして収録できますが、実写の場合は一言のセリフのためだけに役者さんを手配したり、拘束時間を発生させたりするのは、時間的にも経済的にも非効率的です。
セリフをカットすれば、コストが下がります。

他にも動きをつけるアニメーション作業も、動きを少なくすれば作業量は減ります。歩いているシーンなどは、背景だけ変えて前景は同じ動きのループにすれば尺も稼げます。

そういった、経済的制約をクリアするための改変は、どうしても出てきます。

私は、それが悪いことだとは思いません
実写化、舞台化、あるいはノベライズやコミカライズはそれぞれ専門性の高い技術です。

いかに原作の世界観を保ったまま、無理なく次元の壁を超えるか。それが腕の見せ所なのです。

ダメな実写化とは何か

このテーマを掲げた以上、『セクシー田中さん』の話を避けて通るわけにはいきません。
私は、そこまで熱心に観ていたわけではありませんが、ドラマ版を何となく観ていました。

そして、原作を知らない状態で観ていた私は、最後そんな感じに畳むんだねー、とは思ったものの、いいドラマだな、と思っていました。
でも、原作者さんにとってはそうではありませんでした。

私が関わった作品と同じです。
世界観や登場人物を借りただけの、独立した作品として楽しむだけなら物語の破綻はなかったし、原作より好きな人もいたかもしれない。
けれども、作品は作者のものであるべきです。

編集さんがついて作品を書く時、連載だと「このキャラが人気ですよ」とかのアドバイスを貰えるんですが、それがいつしか「このキャラは殺さないでください」みたいな注文に変わっていきます(個人の経験なので、担当さんによるとは思います)。
読者の声に耳を傾け過ぎると、自分の作品ではなくなっていくのです。そうなると、創作モチベーションは著しく下がります。

ですから、作者さんがパラレルワールド的な話の展開を許容して楽しめる人なのか否かを見誤った作品は、ダメな実写化だと思います。

一方で、原作ファンを満足させられない実写化は、確かにファンからは酷評を受けるでしょうが、商業的な意味では必ずしも失敗作ではないこともあります。
制作会社は事業として手掛けているので、売上さえ上がれば失敗とは言えないからです。

実写化の結果、原作に注目が集まれば、それもまた1つの成功のカタチです。

今の世の中、同好の士がSNSで繋がることは容易いので、エコーチェンバー現象が起きやすくなっています。
この現象は、似た意見ばかりを目にすることで、「みんな同じ意見なのだから、私の意見は正しいに違いない」という、確証バイアスと呼ばれる認知の歪みを生む原因となります。

だから、正常な判断をするには、「私とは違うなー」と思うような意見を持つ人を眺める必要があります。
世の中には、自分が良いと思うものをけなす人が居て、全人類好きに違いないものを見ようともしない人が居るからです。

世にある作品は、全員を満足させることを目的に作られているわけではないので、気に入る作品に出会えたらラッキーだし、そうでなければNot for me、私のための作品ではなかった、という話なのです。

だけどね

これは作り手側の事情です。
消費者は、期待したものを得られなかったら、「裏切られた!」と言いたくなるでしょう。
酷いときには、時間を返せ!お金を返せ!と言いたくもなるでしょう。

そういう時は、レビューサイトなどでちゃんとフィードバックするのがいいと思います。
アーティストは、作りたいものを作るだけなので、人が何を言おうと変わらないと思いますが、私の知る限り、商業的なクリエイターは、割と気にしていますから。

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