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ポーランド国立放送交響楽団来日ツアー(金沢)

2022年9月16日(金)金沢歌劇座

プログラム:バツェヴィチ/序曲
      ショパン/ピアノ協奏曲第1番
      ドヴォルザーク/交響曲第9番「新世界より」
指揮:マリン・オルソップ
ピアノ:角野隼斗
管弦楽:ポーランド国立放送交響楽団

 明日で千穐楽を迎えるポーランド国立放送交響楽団の来日ツアー。私は埼玉と東京の公演にお邪魔したが、急遽金沢公演にもお邪魔したのでその記録を。
まず一番に伝えたいのは未だ出口の見えないこのコロナ禍において音楽の生演奏を届け続けてくれている角野隼斗氏、指揮のマリン・オルソップ氏、楽団員の方々その他関係者の方々への感謝の気持ちだ。辛い時や苦しい時に心に寄り添い、そっと照らしてくれたのがいつでも私にとっては音楽だったから。
 今回のツアー日程が発表されてから足を運ぶことを最初から決めていたのが埼玉と東京の公演で、他は予定していなかったが初日の埼玉公演の演奏、次ぐ東京公演の演奏を聴き、「どうにか他の公演にも行けないものか」と東京公演の翌日からあれこれと考え始め、自身のスケジュールの空きと、チケットサイトでのチケットの空き、そして日帰りか最悪でも翌日の始発で帰れる公演を探し、それに叶うのが金沢であった。諸条件が揃ったことが確認できた後も行くべきか否かを逡巡したが、推し活仲間にも背中を押してもらい弾丸で金沢へ。
 チケットと新幹線の切符を発券し、所持品も全て慎重に何度も確認したにも関わらず地元の新幹線の乗車時、乗車券に書かれた席番号にはすでに別の乗客が。「あれ?私の席なんだけどこの方お間違えなのかな?」否。私が一所懸命確認していたのは復路の切符であった。そりゃ、空いてるわけない。「これはもしや乗る便自体を間違えたか」と一瞬ヒヤッとしたが、幸い便は間違えていなかったので、往路の正しい席番号を探して着席。スマホから音楽を流しながら寝ながら金沢駅を目指す。道すがら角野氏のインスタストーリーにて、同氏にとって初めての金沢でのコンサートだと知り、ある意味その地でのデビューに立ち会えるのだな、と少し嬉しくなる。長野、新潟、富山を経ていよいよ金沢に到着。コンサートが終わったら帰って寝るだけのホテルにチェックインを済ませ、駅からはタクシーにて会場の金沢歌劇座へ。昼公演の事情は分からないが、夜公演の場合は道路が混むので余裕を持って向かわないと焦ることになるかも。劇場からの帰りもタクシーを拾うのに少し時間がかかった。何かの時の参考までに。
 前置きが随分長くなってしまった。肝腎の本編。この楽団の生演奏を拝聴できることに感謝しながら。ホール2階最後列の一番右の席から。私の右どなりに座席はなかったのでまさしく一番後ろの一番端っこの席。ステージはもちろん、客席を含めたホール内のほぼ全てを俯瞰で眺めることができ、その景色だけで圧巻。始まる祝祭への期待も高まる。今夜の序曲もハレにふさわしい、家から持ってきたワクワクをさらに膨らませてくれる演奏だ。この序曲の終わり方が毎回カッコ良く決まっていてオケの音それ自体に惚れる。序曲の後、閉じられていたピアノの蓋が開けられ、鍵盤のAでオケが再度チューニングを済ませると角野氏の登場。「よかった、ここまで来て」と舞台へ向けて拍手しながら無言でひとりごちる。今回の演奏は同氏とマエストロ、そしてオケの三者の一体感が埼玉や東京での演奏と比較して増しており、ツアーをまわりながら構築された信頼関係のようなものがそのまま音に出ていたような印象。表情や手元等々の視覚情報がほぼ皆無な状況だったので音そのものにずっと集中して没入した。また日本の芸能においてよく聞く「序破急」のような、楽章ごとの物語、表情もより輪郭がくっきり立ち上がっていた演奏。あらゆる比喩で喩えられてきている2楽章の音もよりクリアに澄み切って、最弱音も美しく柔らかいまま、でも芯を残しながら蝶のようにホールの隅まで届いてきた。閉じ込めて持ち歩きたいほどだ。弱音の鳴らし方、残響のコントロール、間のとり方等々随所に角野色を散りばめつつも、更なるショパンらしさの追究のようなものも感じ取った。3楽章のロンドは魂踊りハジける曲なのに、演奏が進むと同時に気持ちの高揚と、終わってしまう寂しさが自分の中に同居してなんとも不思議な気持ちに。しかし全編を通してソロもオケもあたたかく、慈愛に満ちたその音たちが心のコップを満タンにしてくれた。このコンチェルトが更に好きになった。大阪公演での録音はもちろん(リリースが楽しみ)、他の演奏も愛聴を続けようと思う。(もちろん、生演奏にも足を運びたい)。元々好きで気に入っている作品への大好きを更に更新してくれたこの演奏に感謝。
 休憩を挟んでシンフォニー。今回ショパンとペアリングされているのはドヴォルザーク。ブラームスの時もそうだったが今回も譜面無しでタクトを振り始めるマエストロ。家路の呼称で親しまれている2楽章にノスタルジーと心の安寧を覚え、4楽章では自分の中のロックファンの部分が小躍りをはじめて最高に盛り上がった。2階ということもあるのか全ての音がバランスよく迫力を持って直接魂を震わせてくれた。やはり生演奏は良い。
既出の情報だがコンチェルトでは1楽章の終わりで拍手が。うん、クラシックの新しいお客さんが来ている、いい感じ。角野氏は平素からクラシックのかっこよさを伝えたい、と言っていて、そしてそれは新規ファンの開拓によってよりその魅力が広く伝わるわけで。実際に同氏は、7月末日のフジロックフェスティバルの会場(つまりクラシックにとってはアウェーな会場)に本気のクラシックを持ち込んでいる。ノーアレンジの英雄ポロネーズはずっと語り継がれてゆくだろう。時空もジャンルも、国境もこえてボーダーレスにかっこいいものは、かっこいいのだ。
金沢会場でのソリストアンコールは木枯らしのエチュード。YouTubeで初めて聴いて以来、鍵盤から繰り出されるめくるめくグルーヴに骨抜きにされ、予備予選直前の紀尾井ホールでトドメを刺された楽曲。ここで持ってきたか。反則だ、泣く。
 オーケストラアンコールはモニューシュコ:歌劇《ハルカ》第1幕マズルカ、第3幕高地の踊り
コンサートが終わってしまう寂しさを吹き飛ばすご機嫌なチューンから元気をもらう。
 余談だが本来、表現を商売とする人を応援するときに、純粋にその演奏(または作品)のみを見聞し受け取るべきなのかな、と少し考えてしまった時期があったが、角野氏からのオケへの差し入れやバックステージでのメンバーとの握手等々のコミュニケーションを見ていると、そこも含めて全て音に表出する訳で、だから今回のツアーには愛とか人の温もりを感じるのだな、と。ツアーの直前にオケの本拠地に角野氏が赴いてリハをしたのにも大きな意義があったと思う。そしてまたこのオケと、マエストロとの再共演を望まずにはいられない。
さいごに日替わりでファンとオケを楽しませているソリストアンコールのリストの振り返りと、今回のツアーにおける文化庁の取り組みを共有したい。


♪ソリストアンコール
9月7日 埼玉川口総合文化センター・リリア ノクターン/パデレフスキ
8日 サントリーホール スワニー/ガーシュウィン
10日 ザ・シンフォニーホール 子犬のワルツ/ショパン
 11日 グランシップ 英雄ポロネーズ/ショパン
 12日 愛知県芸術劇場 アイ・ガット・リズム/ガーシュウィン
 13日 福岡サンパレスホテル&ホール 大猫のワルツ/角野隼斗
 14日 岡山シンフォニーホール トッカティーナ/カプースチン
 16日 金沢歌劇座 木枯らしのエチュード/ショパン
 17日 キッセイ文化ホール ラプソディー・イン・ブルー/ガーシュウィン

本日(18日@山形テルサ)のアンコールはきらきら星だったとのこと。Cateen色はじけるアレンジで聴衆の心を明るく照らす場面が目に浮かぶようだ。

今回のツアーでは、一部の会場が中高生を招待している。こうした取り組みが今後も増えたら、との願いも込めて。

明日の千穐楽のご無事とご盛会を願って。

(了)



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