こどもを望むということ。

2度流産。という結果?事実?は、思う以上に重くて。この2週間、結婚して3年放置していた刀剣乱舞を4面ほど進めてしまった。ちょうど、映画公開で色々とやりやすかったとはいえ、3年前進められずにあきらめたとは思えないほど。それほど、やりこんでしまった。

現実逃避。

ゲームがそれほど好きでもないのに、とりあえず手と思考を預けてしまった。刀剣乱舞が嫌いではないけれど、それほど熱意はないのに。

逃げていても仕方がない。30代に入って数年。旦那さんの年齢を考えると、子供を望むのであれば、考えなくてはいけないことが山積み。

清掃術後、約1週間。まだ体は整っていないのか、注射を打たれたので、今後の話は医師から出ていない。また一週間後通院しなくてはいけない。

それでも時間は過ぎる。

考えをまとめなくてはいけない。

まずは、そもそも本当に子供を持ちたいのだろうかということ。

正直にいうと、子供を持つのは現状の収入などを考えるデメリットしかない。旦那さんの収入だけでは、とてもじゃないが生活ができない。そして出産と同時に現在の仕事は退職、復帰は叶わない。出産後、子供を抱えて就職活動をしなくてはいけない。小さな子供のいる女性を、今の時代田舎でどれほどの企業が、採用を考えてくれるだろうか。私には、ほとんどスキルがない。

自分にキャリアや採用を有利にする資格やスキルがないのは、自分のせいだ。だから、誰を責めるわけにもいかない。そこは理解できる。旦那さんの収入だけでは生活できないのも、それを承知で結婚をしているから、いまさらそれをとやかく言うつもりもない。

だけれど、現実問題としての収入が足らなくなるのは、子供を持つ資格が自分たちにあるのだろうかという悩みにつながっている。そこは、やはり、子供を持つということに対して、消極的に自分をさせてしまう。

そして、どれくらい旦那さんは子供をもつという現実を理解しているかわからないということ。

収入の面はとりあえず置いておいてもいい。現実に足りなくなったら、なんとかどうにかしてもがくしかない。

どうにか、なんとかもがく。そのために、パートナーの協力は必須だ。その協力がどうにも、今の段階では心もとない。

世に聞く旦那様より断然と、家事をしてくれていると思う。掃除や茶碗洗いなどは殆ど任せることが多い。料理は全くできないが、それ以外のことはやってくれることが多い。

それでも、2度の妊娠の間苦しい間の態度を見ると、どうにも苛立ちがある。妊娠中の精神不安定な状態のせいもあるが、もう少し動いてくれないだろうかとか、思ってしまう。一々声をかけるのも面倒で、自分でそれなりに重たいものも結局持ってしまっていた。一々声をかければやってくれるのもわかるが、理解してほしいと思ってしまう。

あの時、あの程度だと思った重いものを持たなければ、流産しなかったのかもしれないと心のどこかで思わずに済むのに。

いや、切迫流産も稽留流産も、胎児の染色体異常が原因のほとんどいうのはわかっているけれど、どうしても自分の行動のひとつひとつに原因があるのではないかと思ってしまう。

その2つのデメリットとか不安があるにしても、子供をどちらかといえば持ちたいと思う理由は、やはり小さなこどもを見かけるとやはり可愛いと思う。そして、なによりも自分と結婚してくれたひとが、それを望むのだからできる限りそれを実現したい。

子どもを望むという方向で考えると、第二に考えることは2度流産したという事実をもとにどう行動するかということ。

1度目は切迫流産、2度目は稽留流産。1度目の流産の前に妊娠するまでに結婚してから2年以上は経っている。そのことから、自分たちは不妊症や不育症と呼ばれる夫婦なのだということをネットで調べた。

妊娠初期の流産は、妊娠全体の15%以上という話は1度目の流産のときに聞き、そのほとんどが原因不明であり、おそらく胎児側の異常。

ただ、2回目ともなると両親側の理由もでてくる。

不妊治療を始めるかという話になってくる。

不妊治療は、多額費用がかかるらしいことはうわさに聞いている。

子どもを持とうというだけで、収支の不安があるのに、そこにたどり着くまでにさらに費用の上乗せは金銭的に苦しい。

それでも望むだろうか。望んでもいいのだろうか。

まだ不妊治療の方法などはきちんと調べてない。まずは自分の体を元に戻さなくては始まらないのだと思う。

とりあえず、ゲームをほどほどにして真剣に話し合わなくてはいけないと思うが、まだ向き合うのが怖いので、ここで頭の中をまずは整理してみた。

結論は出てない。


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