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最後の球がパチンコ台の下の穴に吸い込まれた。
「ちっ、全部すっちまった。けったくそ悪い、帰ろ」
オレはタバコを灰皿に押し付けるとイスから立ち上がった。けたたましいアナウンスとBGMと球を弾く音が耳を覆い息苦しい。打ってるときは気にならないんだがなあ。オレは打っている人とタバコの煙をよけながら出口へと向かう。
ガラス戸に近づくと、店内の騒音で消されていた激しい雨の音が聞こえてきた。
「雨か。さっきまで晴れてたのに」
肩を落として小さくつぶやく。
濡れていくか。
足元を見ると店用の傘立てが目についた。濡れた傘が五、六本入っている。
オレはその中から黒い大きめの傘に目をつけた。
どうせパチンコ屋に来るやつなんてみんなオレの仲間だろ?一本いただくぜ。
オレはその傘を傘立てから抜きガラス戸を肘で押し開けると傘をさした。雨が傘に当たって豪快な音を立てる。骨ががっしりした上等の傘だ。
オレはその傘をさし家に向かって歩き始めた。

二分ほど歩いたところで声が聞こえた。
「お前、だれだ?」
オレは立ち止まり周りを見回した。
激しい雨の中で歩いているのはオレだけだった。気のせいだろう。オレはもう一度歩き始めた。
また声が聞こえた。
「だれだって聞いてんだろうが」
声は上から聞こえてきた。
オレはもういちど立ち止まり上を見た。
傘と目があった。さした傘の内側に、目が有ったのだ。オレは声が出た。
「え?」
傘の目の下には口も付いていた。傘の口が動く。
「間抜けな声出すんじゃないよ、お前が勝手に持っていったんだろう」
「いや、そうだけど。す、すみません」
オレはわけが分からなくなり傘を畳もうとした。傘が続けた。
「いやいやいやいや。こんなとこで畳んだら、濡れちゃうだろ?とりあえずさしとけよ」
オレは傘をもう一度さして上を見た。傘の目と目があった。傘は笑顔になった。
「持ってきちゃったもんはしかたないな。今日からよろしく頼むぜ」
オレは傘に聞き返した。
「よろしくってなにを?」
傘は口の右端を上げた。
「飯の支度から下の世話まで、よろしく頼む。おっと、さっそくもよおしてきた」
傘の中から雨が降ってきた。オレの顔に直撃する。しょっぱい。
「ぺっ!ぺっ!もしかしてしょんべん?」
オレは傘を道に捨てた。雨がオレにかかった傘のしょんべんを洗い流していく。傘がその場で立った。
「言っとくが、捨てようなんてしたらただでおかない。仲間で寄ってたかっておまえんちに邪魔するからな」
オレは絶望的な気分で傘を拾い上げ、またさした。傘は上からオレを睨みつけた。
「ふん、オレのおかげで雨はしのげる。それが嫌ならお前もどっかの店の傘立てに置いてみるんだな。うまくいけばだれかお前みたいにオレのことを持ってってくれヤツがいるかもよ」
傘が声を立てて笑った。笑うたびに、オレの顔に傘のツバキがかかった。

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