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【小説】『フロム52! 』 - 52Hzで配信中(1章・0話/プロローグ)

「届くといいな、誰かに」

時刻は深夜0時、風呂上がりで濡れた髪をヘアゴムで雑に結んだ鯨津 瓜(ときつ・うり)は、目の前に置いたマイクに向けて呟く。

マイクが拾った声は、Instagramで作ったばかりのアカウント「フロム52! 」からライブ配信されている。ただし、フォロワーは0人、視聴者数も0人だ。

「時刻は12時をまわりました、東京・三鷹市の自宅をキーステーションに、Instagramで配信中。鯨津 瓜の『フロム52! 』、初回放送です」

深夜に響く声が心地良い。換気のために開けた窓から入る秋の夜風が少し肌寒い。

「えー、初回放送ということでね、どこにも告知していないので案の定誰も聴いていない訳ですが、これが伝説の初回放送、エピソードゼロっていうことで、宜しくお願い致します」

誰かが聴いている訳でもないのに、配信されているという状況を考えるだけで、少し緊張している自分に気付く。

「えっと、せっかくなので、『フロム52! 』という番組名の由来から説明しようかな、と思います。みなさんは、“52Hzのクジラ”をご存知でしょうか? 」

ライブ配信の視聴者数は依然として0のままで、瓜の質問は誰にも届いていない。

「ってまぁ、問いかけた所で誰にも届いていないわけですが。そもそも52Hzのクジラっていうのは、“世界一孤独なクジラ”なんて言われているクジラの話なんですけど、ちょっとその話からさせていただきますね。

クジラって、だいたい群れで行動するらしいんですけど、このクジラは、本来その種が鳴く声よりも高い周波数でしか鳴けないらしく、群れからはぐれてしまったそうなんです。そのため、一人で海を泳がなければならず、かつその鳴き声は仲間に届かない……と。

まぁ、52Hzのクジラってのはざっとそんなお話なんですが、私ね、このクジラが“世界一孤独”って、本当? と思うんです。だって、案外めちゃくちゃ楽しく生きてるかもしんないじゃないですか。なんで1頭で過ごすことが孤独だと決めつけちゃってるんですか? 

もしかしたら、仲間と離れているからエサも独り占めできるかもしれないし、好きなところに好きなタイミングで移動できるかもしれないじゃないですか。

……でも、“誰にも聞こえない声で鳴いている”のって、案外このクジラだけじゃないのかもな、って思ったんです。『フロム52! 』では、“誰にも聞こえない声で鳴いている人”の声をアーカイブして、どこかにいる、似た環境にいる人に届けたいな、って思っています。

だからさ、この声もきっと、いつか、誰かに届く。そんな想いで、私も鳴いてる。52Hzで」

興奮から、口調が少しずつ砕けていく。台本がある訳でもないので、瓜は次の言葉を選ぶ。少々の沈黙が流れる。

「でもやっぱり、孤独なのかもね。実際私今、めっちゃ寂しいし」

次の言葉を選んで黙るたびに、沈黙に気が向くようになる。

深夜の東京は、案外静かだ。時々家の近くを通り過ぎる車の走行音は聞こえるし、空調の音も聞こえる。それでも、人間の脳は不思議で、聞きなれた音に対して無意識のうちにノイズキャンセリング機能が働く。久しぶりに田舎に帰ったら、やたらめったらにカエルの泣き声がうるさく感じるように。

「まぁさ、そんな、孤独な人って多いと思うんだ。特にこんな時間はさ。別にみんながそうって決めつける訳じゃないけど、でも、みんながみんな孤独なら、それって孤独じゃないんじゃない? とも思うの。

だって、クジラがみんな、群れで行動をしないような生態なら、52Hzのクジラは“世界一孤独”なんて言われる訳じゃないでしょ? でも、単独行動のクジラと、集団行動のクジラがいるから、どっちかが孤独で、どっちかが孤独じゃないって言われるワケ。

いや別にこれは、私が『リア充爆発しろ』って思ってるって訳じゃないのよ。自分さえ楽しければ、別に1人でもいいじゃん、ってそういう話。他と比較するから、寂しいとか、辛いとかっていう感情が生まれると思うの。

でもさ、その比較対象が、“自分と同じ、1人で鳴いている人”ならさ、なんか、気が楽にならない? そうなったらもはや、その人たちは孤独じゃないと思うんだ。……ってなんか、説明難しいなぁ、なんとなくわかってもらえるかなぁ? 」

書くのは得意だが、話すのは昔から苦手だ。言葉選びに時間を書けてしまう分、少しでも次の言葉を考えると、無音の間が生まれることに気付く。ラジオって案外難しいんだな、と感じる。

「とにかく! このラジオはそんな“孤独”をなくせる場所にしたいと思ってる。みんなの声を私は聴くし、私の声をみんなにも聴いてほしい。それでさ、孤独な人どうしでつながって、集団行動しようよ」

時計の針は12時8分を指している。本当は30分くらい話す予定だったが、案外話せることが少なかったな、と反省する。次回からは台本を用意しておいた方がよさそうだ。

「うん、この番組のコンセプトはひとまず、そんな感じ! もうちょっと長く話す予定だったけど、今回はこれまで。次回は、誰かゲストでも呼ぼうかな、と思ってます。それに、ちゃんとブログでもツイッターでも告知する。ってことで、幻のエピソードゼロはここまで。

えー、東京・三鷹市の自宅をキーステーションに、Instagramで配信しました、鯨津瓜の『フロム52! 』。次回も、周波数は52Hzにチューニング、よろしくお願いします。ってことで、さよなら! 」

瓜は人差し指でInstagramの「配信終了」ボタンを押した。

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これは、真夜中の、“届かない鳴き声”の話。

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