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【エクセプショナル・ロア】



【エクセプショナル・ロア】


 人里を遥か離れた険しい山中、森が開け、山の抉れた地にその鍛冶屋は存在した。そう広くない家屋の大半を鍛冶場が占め、それ以外には必要最低限の生活品しか存在しない。

 無骨に切られた白く短い髪、しなやかで引き締まった身体、太陽と炉に焼かれ赤銅色が染みついた肌。カナチと呼ばれる鍛冶師はただ一人金槌を振るい、赤熱する鋼を鍛え上げる。

 日も天頂へと登ろうかという頃、戸を叩く音が鍛冶場へと響き、カナチは炉に薪を焚べる手を止めた。今日完成するよう伝えた客はいない。先ほど鍛え終えた刀はあるが、基本的に余裕を持って一週間後の完成を伝えてある。

 ならば、これは新たな仕事の依頼であろう。幸い今日の鍛冶は既に一段落着いている。カナチはやおら立ち上がり、戸へと声をかけた。「お入りください、ご客人」

「……失礼する」戸を開け入ってきたのは、カブキ装束姿の男であった。端整な顔立ちには疲労……あるいは思い詰めたような影が差しており、彼が背負う何らかの深い事情を感じさせる。だが、それを詮索するのは鍛冶師の仕事ではない。

「それで、ご用件は」カナチが尋ねる。「薙刀を作って頂きたい。この鋼にて」男はそう言い、背負っていた風呂敷を降ろし、広げた。「これは……」思わず息を呑む。鋭く光る白い鋼と鈍く輝く黒い鋼が見事に調和しながら巴めいて混ざり合う塊。それは美しく、そしてどこか恐ろしき鋼であった。

 見たことも聞いたことも無い鋼。正しく言えば鋼であると断言すらもできぬ未知の物質。「……これを使って、薙刀を?」「そうだ。この鋼で刃を、そして選りすぐった木材で柄を。全て貴方にお任せする」

 カナチは俯き、沈黙した。果たして自分はこの未知の鋼から、この依頼人の期待に叶う逸品が作れるであろうか。不安が過る。……だが、それ以上に心を突き動かすものがあった。挑戦したい。この未知の鋼を知りたい。職人の好奇心に背中を押され、カナチは顔を上げた。「分かりました、3……いや4週間後に来てください。代金はその時、貴方が出来に納得したのならば頂きます」



 戸を叩く音が響き、カナチは作業の手を止めた。あれから丁度4週間後、約束の日。依頼されていた薙刀は鍛え上がっている。あとは彼の眼鏡に叶うか否か。自信はある。……だが不安もあった。「……お入りください」わずかに震えた声で戸へと声をかける。

 だが、応じたのはカブキ姿の男ではなかった。「ドーモ、カナチ=サン、元気であったか?私の刀は出来ておろうな」羽織姿の侍が戸を開け、鍛冶場へと入ってくる。武器収集を趣味としているという贔屓の客だ。「おや貴方でしたか。約束の日は一週間後のはずですが……」

「貴殿ならば既に仕上げておろう?私は知っておるぞ」「それはそうですが、約束は……いえ、わかりました」カナチは溜め息を堪え、棚から彼の為に鍛え上げた刀を取り出した。「こちらです」「おお……良い仕上がりだ」刀を鞘から抜き、侍は刃を見て感嘆した。「実に見事……私の想像を遥かに越える業物よ。うむ、金は倍弾もう」

「……ところで」不意に、侍の目がぎらりと光る。「先ほどから気になっていたのだが……あの薙刀は何かね」最終確認を兼ねた手入れのため取り出していた薙刀を、侍は目敏く見付ける。「ああ、そちらは別の方の依頼の品で」「ほう……ほう……なるほど……」侍は薙刀を見つめながら顎を撫で、何かを考えているようであった。

「気に入ったぞ。その薙刀も私が貰おう」「……え?」満面の笑みを浮かべながら言い放つ侍に、カナチは思わず聞き返した。「聞こえなかったか?その薙刀を貰うと言ったのだ」「こ、困ります……!それは依頼品で」「はっ、案ずるな案ずるな。金は……そうだな、その依頼人の10倍出そう」

 カナチは困惑する。「いえ、代金の問題ではありません……!」「ふぅむ……ならばなんだ?契約を破り依頼主を怒らせるのが怖いのか?それならば私がそ奴を殺してやる」侍の目が残忍に光る。

「ち……違います!」侍の殺気に怯えながらもカナチが叫ぶ。「私は鍛冶師として依頼を反故にするわけにはいかないのです!誇りにかけて!」「どうしてもか?」「どうしてもです!」「……そうか、ならば仕方ない」侍の言葉にカナチは胸を撫で下ろす。どうにか諦めてくれた、そう思った。

「私は貴殿の事を気に入っていた。本当に気に入っていたよカナチ=サン」侍が刀の柄に手を掛ける。「サヨナラ」「え……?」カナチは己の胸元を見下ろした。瞬き程度の僅か一瞬の内、刀がカナチの胸を貫いていた。「アバッ……」血が口から溢れ出る。「うむ、良い切れ味だ。良い鍛冶師であったよ。本当に残念だ。おお……!見惚れるほどに美しい鋭さ……恐ろしいほどの黒き輝き……」



「……どういう事だこれは」カブキ装束の男は鍛冶屋の惨状を目の当たりにし、驚愕した。カナチの周りに広がる鮮やかな血が、この惨劇が僅か前に産み出されたばかりであることを告げる。「ゴボ……」かすかな呻き。それはカナチの口から発せられていた。「息があったか。何が……いや、それよりも手当を」「大丈夫……です」「大丈夫なはずが……」

「此度の依頼品……生涯最高の逸品となりました……未練はただ一つ……奪われ……貴方に渡せぬこと……」「……」カナチの口惜しげな表情に、男は止める言葉を見失う。「奥の棚を……白き薙刀が……そこに……二本で一対……なのです……」

「黒き鋼に……黒檀の硬き柄……白き鋼は……白樫の……柔軟な……」カナチの声が弱くなる。男は黙って彼の言葉を聞く。「どうか……取り戻し……貴方の手で銘を……」それが最後の言葉だった。「……承った。必ずや」

 部屋の奥の棚、桐の箱を開くと中には白く輝く気高い薙刀が収められていた。男は薙刀を手に取り、誰もいなくなった鍛冶屋に背を向けて歩きだした。



 深夜、月は雲に隠れ、灯りもほとんど消えた暗い町。提灯を携えた一人の侍が路を歩いてゆく。注意深く周囲を確認しながら。彼は町を警備する侍であり、治安を維持するためにこうして夜回りをしている。……半分は事実だ。

「うむ……誰か手ごろな者はおらぬものか」舌舐りしながら侍は辺りを見渡す。……残り半分の真実。彼は辻斬りでもあるのだ。公に属し、正義の名の元に悪人を斬る。……あるいは人知れず人を斬り、悪人として届け出る。余計な悪目立ちと面倒を嫌う彼には適職であった。

「……おや」その時、侍の目が動く者を捉えた。裏道から大通りへと現れた一つの影。……丁度いい。「ああちょっとそこの君、こんな夜分に何の用で出歩いているのかね?」「……」返事はない。侍はニヤリと笑う。あまりにも都合がいい。密かに刀を構えながら、影に近寄る。

「なんだ、後ろ暗いことでもあるのか?いかんよそれは」刀を握る手に力を入れる。「後ろ暗いということは悪人よ。悪人ならば……治安維持のため……斬り捨て御免よなア!」瞬間、鞘から刀を振り抜く。「イヤーッ!」そして哀れな者の頸が跳ぶ……普段であればそれで終わっていた。だが、この夜は普通ではなかった。

「イヨーッ!」闇夜にシャウトが響き、刀が止められる。侍は困惑した。(私の、ニンジャ・・・・の斬撃を止めるだと?)「……何者だ」侍は……ニンジャは五感を研ぎ澄ます。

 不意に雲の切れ間から月光が差し、影を照らした。「ドーモ、アーマリー=サン」凛とした、そして憎悪を噛み潰したような低い声が響く。それは深夜の町に似つかわしくない、カブキ装束の男。「私はマツモト・コウシロです」その顔には、血の如き赤色で隈取りが引かれていた。

「……ドーモ、アーマリーです。どこで私の名を……」「ここで死ぬ者が知る必要は無い」コウシロは鋭い眼光を向けた。「ここで死ぬだと?」侍は、アーマリーは肩を竦める。「誰がだね?……貴殿がか?」不意にアーマリーが腕を振ると、凄まじき速度のスリケンが雷めいてコウシロへと飛来した。

 常人であれば反応することもできぬ高速の飛び道具。だが、「イヨーッ!」コウシロの白き薙刀がスリケンを両断し、2片の残骸が後方の地面を転がる。アーマリーは憎々しげにコウシロを睨み、羽織を棚引かせた。「貴様、何故……いや待て、その薙刀……もしや」「……やはりお主で合っていたようだな」

「ははは!まさか私が1本見逃していたとはな!配達ご苦労であった!」笑いながらアーマリーは提灯を投げ捨て、携えた刀に右手をかける。その瞬間、彼の手元が霞んだ。「……!」提灯が空中で真っ二つになり、コウシロの肩が裂けて血が舞った。それは稲妻の如き恐るべき速度のイアイであった。

 アーマリーがニヤリと笑う。再びアーマリーの手元が霞み、コウシロの装束が横一文字に切れた。傷口から血が流れる。三度、手元が霞みコウシロの袖が裂け血が滲む。四度、髪が切れ風に舞う。五度、「……見切った!」「ヌウッ!?」白き薙刀がイアイを受け止め、その刃を斬り落とした。好機。コウシロは首を刈るべく、横薙ぎの斬撃を繰り出す。だが、阻まれた。アーマリーの左手に別の刀。

「……」コウシロは新たに現れた刀を睨み、アーマリーの全身を見渡し、彼の周囲を見た。何処にも武器を隠す場所は無し。……いかなるジツか。「……ああ、気に入った刀であったのに」アーマリーはさも悲し気に振る舞いながら、破損した刀を無造作に投げ捨てた。

「安心せよ、次はお主がそうなるのだ」

「ほざけ」「イヨーッ!」コウシロは薙刀を真っ直ぐに突き出し、鋭い刺突撃を繰り出した。アーマリーは刀で受け止めるも、その刃は再び折れる。そして意にも介さず破損刀を投げ捨て、いつの間にか両腕に装備していた鋭い爪を持つ手甲、手甲鉤で薙刀を弾き一気に踏み込んだ。

「イヤーッ!」「グワーッ……!」

 アーマリーの手甲鉤を受け、コウシロの胸元に袈裟状の傷が4本走った。コウシロは血を滴らせながら飛び退く。それと同時に手甲鉤の鋭い爪が8本全て切り落とされ地面に落ちた。「……フン」アーマリーは気にも留めず、手甲鉤を外し地面に落とす。そして……羽織へと手を入れ、メイスを取り出した。(((……見えた!)))

 畳三枚ほどの距離を取り、コウシロは薙刀を構える。「その羽織がお主の武器庫か」「……だとしたら?」アーマリーはメイスを構える。鋭い刃を備えた槌。槌矛と呼ばれ、鈍器と鋭器を併せ持つ異国の武器。「既に種の知れた手品だということだ」

「イヤーッ!」「イヨーッ!」メイスと薙刀が打ち合い、互いに弾かれる。コウシロは瞬間的に薙刀を長く持ち直す。アーマリーはメイスから手を離し跳躍回避、寸前まで彼がいた空間を薙刀が切り裂いた。

「イヤーッ!」空中のアーマリーはクナイ・ダートを投擲し追撃を妨害しながら着地、瞬時に駆けた。懐へと迫るその手には巨大な鎌。コウシロの首を刈ろうとする。「イヨーッ!」クナイを弾いたコウシロは即座に回転跳躍し、アーマリーの頭上を跳び越す。鎌は空を切る。「イヤーッ!」その勢いを殺さず、アーマリーは半回転しながら遠心力を乗せ、空中のコウシロへ大鎌を投げた。

「イヨーッ!」薙刀が閃き大鎌が切断されて後方へと散る。反動で浮かび上がったコウシロへとアーマリーは手斧を投擲。「イヨーッ!」手斧が両断されて後方へと散り、コウシロの身体は再び反動で浮かび上がる。アーマリーは手を止めずブーメランを投擲。両断。コウシロの身体が反動で浮く。湾曲した手斧。両断。身体が浮く。銛。小刀。スリケン。ボーラ。クナイ・ダート。コウシロは未だ着地できず。無数の投擲武器が、それを破壊する反動が彼を回避のできぬ空中へ縛り付ける。このままではあまりに不利。コウシロは次なる武器を睨む。アーマリーは不可思議な円環状の刃を手遊びめいて人差し指で高速回転させ、連続して2枚投擲した。

 瞬間、薙刀が二度残像を残して走り火花が散った。チャクラムが一つは空へと飛び去り、もう一つは投擲時よりも更に加速してアーマリーの元へと返る。そして、コウシロの体が高速で地面方向へと飛び、受け身を取りながら着地した。コウシロはあえて薙刀の刃を四十五度傾け、チャクラムを斬らずに弾いた。一枚を強く打ち上げその反動で地面へ加速、もう一枚を打ち返し追撃の妨害をしたのだ。恐るべき業前。

 だがそれは相手も同じであった。アーマリーは驚きもせずに跳んだ。そして飛来するチャクラムを踏み空中でさらに跳躍する。羽織から引き抜かれたのは異様な刃渡りの巨大刀。「イヤーッ!」アーマリーは重力加速を加え恐るべき斬撃を振り下ろす。重量級の刀による大地を割る一撃をコウシロは間一髪で避けた。「イヨーッ!」「イヤーッ!」巨大刀を捨てたアーマリーは、薙刀の一撃を右手の短剣で受け止め、瞬時に左手の短剣で斬りつける。コウシロの腕が裂け、血が滴る。

 コウシロは迫る分銅鎖を弾きながら飛び退き、体勢を整え直した。これまでの無数の斬り結びで肌に感じた事実。このリアルニンジャは恐るべき手練れである。距離があるのならば飛び道具。近ければ刀やメイスなどの近接武器。隙があれば大鎌や巨大刀による必殺の一撃。そして未だ見ぬ数多の武器。手の内が読めぬ変幻自在のカラテ。

 通常、武器を使う者はその武器自体が隙を産む元となる。間合いを完全に読まれた時、そして損壊・喪失した時、武器は致命的な隙を生む。だがアーマリーにはその隙が無い。ありとあらゆる武器を羽織から取り出し、躊躇もなく捨て石とする。

 そしてそれ以上に、その数多の武器を使いこなす手腕と瞬時に使い分け使い捨てる判断力。それが一番恐ろしい。奴はおそらく何百年と戦いに身を投じてきた猛者であろう。一方自分はどうだ?コウシロは自問自答する。渡り合っているように見えて相手は無傷、こちらは全身を傷にまみれ多くの血を流している。何より……。 
 
「そろそろ限界、であろう?」

 アーマリーが残忍にからからと笑う。勝ちを確信し、嗜虐に歪んだ瞳でコウシロを見つめる。

ニンジャならばともかく、モータルの貴殿は・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・

 そう、コウシロはニンジャではない。彼は常人、モータルである。カブキによって身体能力こそ常人を遥かに凌ぐが、ニンジャが持つ半ば不死性に近い生命力、それをコウシロは持たぬ。

「むしろよくここまで保ったものだと褒めてやろう。何やら使っているようだが、よくもまあモータルごときの身で」ニンジャならざる身。刻まれた傷も、失った血もそう簡単には戻らぬ。長く戦闘を継続する無尽蔵の体力もない。此度のイクサではどれだけ血を流し、どれだけ体力を失った?あと、どれだけ保つ?……戦況は徐々に不利。

 ならば、故にこそ。「イヨーッ!」コウシロは薙刀を短く構え、懐へと飛び込んだ。「ははは!破れかぶれか!イヤーッ!」アーマリーが新たな刀を取り出し応じる。おそらくアーマリーの最も得意な武器は刀。つまりここはアーマリーの領域、危険な間合いである。

「イヤーッ!」「イヨーッ!」至近距離で斬り結ぶ。その度にコウシロの身体に新たな裂傷が生まれ、血が流れる。斬り合いでは圧倒的にアーマリーの有利。だがコウシロは引けぬ。ここで引いても勝ち目はない。圧倒的有利であるからこそ、油断しているからこそアーマリーは全力を出さぬ。攻撃を受けてでも捨て身で殺そうとせぬ。必死にならぬ。距離を取り時間を稼がぬ。……コウシロの死を待たぬ。距離を取り時間を掛ければただ己の死が近付くのみ。

「イヨーッ!」「イヤーッ!」斬り結ぶ。

「イヤーッ!」「イヨーッ!」斬り結ぶ。

 斬り結ぶ。斬り結ぶ。斬り結ぶ。斬り結ぶ。

 斬り結ぶ。斬り結ぶ。斬り結ぶ。斬り結ぶ。斬り結ぶ。斬り結ぶ。斬り結ぶ。斬り結ぶ。斬り結ぶ。

 無限にも続くかとも思える斬り合いの中、コウシロだけが確実に消耗してゆく。人の身が限界を感じ、身体が悲鳴を上げる。骨は軋み、筋肉は裂け、傷口から血が抜ける。体温が下がってゆく。四肢が十全に動かず、わずかに反応が遅れる。

 アーマリーはその隙を見逃さぬ。

「イヤーッ!」「グワーッ……!」

 咄嗟の薙刀防御を越え、アーマリーの奇怪な刀がコウシロの肩へと刺さる。それは三日月めいて湾曲せし刀。敵の守りを越えるための刀。

「隙有りィ!」アーマリーは新たな刀を取り出し横に薙ぐ。陽炎めいて波打つ刃がコウシロの腕を深く裂き、血が吹き出す。「グワーッ!」咄嗟に飛び退いたコウシロにトドメを刺すべく、アーマリーは黒き薙刀を突き出した。「死ねい!イヤーッ!」

 黒き刃がコウシロの腹へと突き刺さる、その刹那。コウシロの眼がギラリと光った。

 腹を薙刀に貫かれながら、コウシロはアーマリーを凝視する。底の見えぬ井戸の如き漆黒の瞳にアーマリーはにわかに怖気立った。彼の瞳の中で憤怒が、憎悪が燃え盛る。この炎は彼だけのものではない。彼が今まで見、聞き、知り、伝えられ、承った全ての者達の、虐げられし者達の炎。その憤怒と憎悪の黒炎が、コウシロの中でごうごうと音を立て燃えている。

 瞬間、コウシロはアーマリーの両腕を掴んだ。死の淵とは思えぬ握力がアーマリーの手首を握り、みしりと音を立てる。逃がさぬ、確かにそう告げていた。

「イヨォーッ!」「な、何ッ!?グワーッ!?」コウシロの身体から見得が迸り、流れた血が燃料となって漆黒に燃え上がる。現世へと溢れたカブキの黒炎が、掴んだ腕を通してアーマリーに燃え移り彼の全身を包み込んだ。「グッ……グワーッ!?グワーッ!」憤怒の炎がアーマリーの肌を、目を、喉を、全身を苛むように焼く。アーマリーは必死に振り払おうとするが、いくら動こうとも炎は消えぬ。無数の憤怒が憎きニンジャを掴み、決して放そうとしない。「グワーッ!放せッ!きっ……貴様ら!放せーッ!」もがけばもがく程に炎は一層盛んに燃え上がる。

「……この薙刀は返して貰うぞ」コウシロは己の腹に突き刺さった薙刀を引き抜いた。傷口から血が溢れ、炎となる。「他の蒐集品は好きなだけ抱えて逝け」

「グワーッ!グワーッ!……モータル……風情が……!」アーマリーは火達磨になりながらも蛇腹めいた機構の刀を振ろうとした。柄を握り締めた指が崩れ、刀は機構を破損させバラバラになって地面に落ちた。羽織が灰となって散った。踏み出した脚が崩れた。地面に突いた膝が崩れ、突いた手が崩れた。

 地面に倒れこんだアーマリーの全身が崩れ去り、同時に爆発四散した。爆風が灰を巻き上げ、煙となった。

「サヨナラ!」



 月明かりの中、コウシロは見得の残火を指に燈し薙刀に銘を刻む。世をただし、ニンジャを別つ黒き薙刀、即ちベッカク。憎悪を承け、憤怒を伝うる白き薙刀、即ちデンショウ。「……確かに、これで約束は果たしたぞ」

 全身の傷は炎によって焼き塞がれ、血は既に止まっていた。それでも痛みは消えず、抜けた血は戻らない。コウシロはベッカクを杖代わりに立ち上がる。気力も尽きかけたその姿は、まるで死に際のベンケ・ニンジャのようであった。ベンケ・ニンジャは望み叶わずに死んだ。自分はどうであろうか。

 いつの間にか空には再び雲が満ち、月は隠れた。

 灯めいた残火が消え去ると、彼の姿は闇の中に溶けて消えた。



【エクセプショナル・ロア】終




カブキ名鑑

◆歌◆カブキ名鑑#36【ヒザマ・ニンジャ】◆舞◆
平安時代、東の果ての僻地を支配していたリアルニンジャ。非常に気まぐれかつ残忍であり、ネングを納められぬ村や逆らった人々をカトンで燃やし尽くしたという。【シャード・オブ・カブキエイジ(2):コウライ・カブキ】に登場。

◆歌◆カブキ名鑑#37【初代マツモト・コウシロ】◆舞◆
モータルの身でコウライ・カブキを生み出したレジェンダリー・カブキアクター。一対二本のナギナタを主に使う。ニンジャを殺し続けたその生涯は、血と憎悪に彩られたものであった。

◆歌◆カブキ名鑑#39【アーマリー】◆舞◆
平安時代の恐るべきリアルニンジャ。武具蒐集癖を持ち武器職人の拉致監禁や武器所有者からの強盗殺人を繰り返していた。羽織の内側にはジツで生み出された謎めいた空間が広がっており、蒐集した武具を内部に隠し持つ。



K-FILES

初代マツモト・コウシロを描いたシリーズ「ジ・オリジン・オブ・コウライヤ」より抜粋。コウライヤが家宝として受け継ぐ二振一対のナギナタ、ベッカクとデンショウ。その由来を紐解く。


主な登場ニンジャ

アーマリー / Armoury:平安の時代を生きる恐るべきリアルニンジャ。武具の蒐集を好み、そのためならば手段は選ばない。また、集めた武具を使うことも好む。彼の羽織内部には特殊なジツで作られた異空間が広がり、蒐集した武具を全てその中へと仕舞っている。そして無数の武具の中から探すこと無く望んだ物を瞬時に引き出す事も可能。あらゆる種の武器を使いこなす恐るべき手練れでありながら、一方で彼の所属する警備職は言うなれば下級の侍職である。これは冷遇されていたわけではなく、彼自身の趣味と性格……武具を使い人を殺す事を好みながら、余計な面倒を嫌い合法性を求める性質に寄るものである。



初代マツモト・コウシロ

コウライヤの始祖とも呼ぶべき人物。彼自身はホワイトパロットやサルファリックのようなニンジャのカブキアクターではなく、カブキを習得しただけのごく普通のモータルである。本来カブキはモータルがニンジャと戦うための力である以上、こちらが正しい姿であるとも言える。

彼が元々学んだカブキはニンジャを殺すための技術というよりも、単なる大衆娯楽・芸能文化的側面の強いものであった。彼は役者としてカブキにのめり込み、名だたるカブキアクターに師事し、数多の同輩と共にカブキを学び、演じ、そして彼自身もまた名だたるカブキアクターの一人となった。だがある年のある舞台、彼がメインカブキアクターとして演ずる最中、突如現れたニンジャの暴威により全ては消え去った。彼自身は一命を取り留めたが、多くのカブキアクターが死に、多くの観客が死んだ。その中には彼の師が、弟子が、そして妻と子がいた。

こうして彼は表舞台から姿を消し、それから数年の後、憤怒と憎悪を燃やし、ニンジャを殺す一人のカブキアクターがこの世に産まれた。



ベッカクとデンショウ

初代マツモト・コウシロがある鍛冶師に作らせ、後にコウライヤの家宝としてコウライヤ当主に受け継がれてゆくことになる一対のナギナタ。その刃はコウシロがコカジの伝説を辿る中で見つけ出した白黒入り交じる鋼、カブキメタルから作られており、黒いナギナタが『ベッカク / Exception』白いナギナタが『デンショウ / Lore』である。ニンジャのカラテやジツをベッカクは拒絶の力をもって切り裂き、デンショウは融和の力をもって飲み込み繋ぐ。両者を使いこなすことで強大なニンジャにすら致命的な一撃を与え得るアンタイ・ニンジャ武器であるが、長柄の武器二本を同時に扱うことは重量的そして取り回し的に高位カブキアクターであっても容易ではない。

ホワイトパロットのコウライヤCEO退任に伴ってベッカクとデンショウをサルファリックに譲渡させることも一度はカブキ委員会で検討されていたが、ホワイトパロットが未だ現役であり最前線でぴるすを狩る業務を引き受けたことや、サルファリック当人が「まだ自分には早く、ドク・ジツとも相性が良くない」と断ったことにより現役引退までの間は今まで通りホワイトパロットの元に預けられることとなった。


メモ

もう分かっているだろうが、このエピソードは平安から江戸にかけてのかつての主人公(というよりも現主人公が引き継いだ名の、当時の持ち主というべきか)を描いた、本家でいうところの「サムライニンジャスレイヤー」に当たる作品である。言うなればサムライカブキスレイヤーだ。コウシロはカブキアクターなのでサムライにはならないし、厳密には正しくないが。

サムライニンジャスレイヤーはサムライでありニンジャスレイヤーであり、即ちニンジャでもあったが、初代コウシロはニンジャではない。原作における「カブキはモータルがニンジャに抗うために磨いた技術」という点を重視したんだ。なので必然的にコウシロはニンジャに劣る身で無謀に挑み、己を省みず戦い、そして血みどろとなって辛くも勝利する事が多い。それを逆に利用して、彼の事は憎悪と憤怒に押し動かされたデスパレートな狂気の復讐者、そういった風に描いた。自分の血と返り血で身体を濡らし、血の轍を描いて闇を進む男、そんなダークヒーロー的な恐ろしくも悲しき英雄、それが初代マツモト・コウシロだ。

このエピソードの敵ニンジャ、アーマリーは非ぴるすのリアルニンジャであり、また、このコウライヤの成り立ちを描くシリーズにはぴるすは登場しない。第一に、ぴるす君はコウライヤがとあるニンジャのレリックを元に培養しているバイオ生命体である。だからコウライヤの無い、バイオテックの発達していないこの時代にぴるす君は出られない。また第二に、ぴるす君はインターネット文明の発達した世界における愚か者なんだ。だから文明が未だ至らない世界にはぴるす君はそぐわない。この二つの点から、原作世界の平安時代、ニンジャが支配していた時代の話である「ジ・オリジン・オブ・コウライヤ」シリーズにぴるすが出てくることはない。…けれど、これまでにシャードでも触れたように自然発生したぴるすに類する存在自体は当時から存在はしている。

初代マツモト・コウシロの身に降り掛かった災い、彼がどのようにしてコウライ・カブキを産み出したのか。そういった部分のお話は今後書くかもしれないし、書かないかもしれない。

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