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【ユア・ブラッディ・バレンタイン】



 重金属酸性雨の降る街中、赤い耐重金属酸性雨レインコートを着た少女がポストを前に佇む。寒さに身を震わせながら彼女はしばし悩むようにポストの周囲をうろつき……やがて、紅潮した顔を隠しながら小包をポストへと投函した。


【ユア・ブラッディ・バレンタイン】


 ネオサイタマの路地裏、入り組んだ細い道を突き進んだそのさらに奥。周囲を高層建造物に囲まれ正午の僅かな間しか光の届かぬ隔絶された土地へと荷物を抱えた一人の男が近づいていた。彼は宅配物の徒歩運搬を生業とするヒキャクであり、この地へも荷物を届けるため訪れたのだが……。

 「本当にここか……?」それなりの広さの土地には工場と思われる建物が一つ。だが荒れ果てたその工場は明らかに稼働はしておらず人の気配も無い。ヒキャク……チュウベは慌てて荷物の山に記入された住所を確認する。

 彼の務めるカメヤ・ヒキャク便は正確精密をモットーとしており遅延や配達ミスがあれば客に対し高額の違約金が支払われるサービスが人気を博しているが、この金は担当ヒキャクが損害賠償という形で支払わされることになる。かつて不慮の事故により配達が一時間遅れたヒキャクはこの損害賠償により破滅した……そのような噂話を先輩から聞かされた。誤配達などしたらその時は……。チュウベは思わず身震いする。

「……住所は合っている、よな?」小包に記入された住所を確認し、ヒキャク携帯端末に表示された現在位置座標を確認する。両者は一致していた。「……表記ミスなら向こうの落ち度だ。届けた時間が予定通りなら問題無いハズ……多分」そう呟き、チュウベは意を決し廃工場へと踏み込んだ。

「あの、お届け物ですけど……」呼び掛けた声が暗い廊下に響いて消える。返事はない。人気の無い屋内に明かりの無い通路。(やっぱり無人の廃墟か……)チュウベはこめかみを掻いた。このような事態への対処はマニュアルに書かれていない。

(配達不能ということで次へ向かえばいいのか?いっそ荷物を置いて去る……?)チュウベは頭を抱え考え、そして。「次の宅配まで余裕は十分ある……もう少し……もう少し考えてから結論を出そう……」選択の先送りを選んだ。

「もしかしたら……実は受け取り主が住んでいるのかもしれない……だから確認をしないと……結論はそれからで……」1人呟きながらチュウベは支給品のライトで周囲を照らしながら廃工場を歩く。

 建物内部は外観ほど荒れてはおらず、廊下中央はなにかで拭われたかのように埃が取り除かれていた。(これはもしかしたら本当に……!)もし本当に受け取り主が居れば余計な判断に悩む必要がなくなる。チュウベはにわかに湧いた希望に縋るように廊下突き当たりのフスマを開けた。

 ターン!フスマの先は中くらいの部屋であり、中には複数のUNIXデッキが並んでいた。企業が撤退する際に置き去った物であろうか。チュウベは一瞬そう考えたが、並んだUNIX達はカリカリと音を立てモニタが暗い室内に光を放っている。今も稼働しているのだ。

 つまり何者かがここに居た。画面の明かりが消えていないあたりそれも寸前まで。(ああ、よかった……荷物を渡してハンコを貰えば終わりだ。面倒な手続きもいらない)チュウベがそう安堵した、その時。

「ンー……」部屋の端で何者かが身じろぎをした。「アッ、ドーモ。オトドケモノ……で……」振り返ったチュウベは絶句した。部屋の隅で目覚めた者、それは巨大な芋虫めいた体をした怪物であった。その顔は枯れ葉めいたメンポで覆い隠されている。……この怪物はニンジャである。

「……アイエエエエエ!?」超自然的恐怖にチュウベは荷物を投げ捨て、座り込んで失禁した。「アー……ようやく届いたんですけお?」怪物は這うように蠢き、チュウベが投げ捨てた無数の小包を食べ始めた。「アア……アマーイ……」

 咀嚼音と恍惚とした声が部屋に響く。怪物は次々と小包を拾っては食べ続ける。「思い人と結ばれるマジナイなどとIRC中に広めればこの通り……イディオット共のおかげで入れ食いなんですけお……!」

 それはIRCリテラシーの低い少女たちの純情を利用した卑劣な陰謀!この怪物ニンジャはマジナイの方法と称してチョコレート小包をこの廃工場へと送らせ、いたいけな少女達を騙して無料で大量のチョコレートを得たのだ!

「アマーイんですけお……」怪物ニンジャは甘味に浸り、枯れ葉メンポの奥で恍惚とする。「あ……あのっ!」「……アー?」不意に掛けられた声を訝しみ、怪物ニンジャが振り返る。チュウベが受領を証明する書類を差し出していた。

「受け取りのハンコを……ここに……」おお!目の前の恐るべき半神的存在に対して逃げるでもなくチュウベは何を口走っているのか!?今、彼の混濁した不鮮明な意識はこの異常事態に際し、状況理解を諦めて業務の進行を選んだ!これは典型的ニンジャ・リアリティ・ショック症状の1つだ!

「ハンコだと……?そんなもの持ってないんですけお」「アイエッ!それは困りますよ!受け取りを証明して頂かないと業務に支障が……」「アー……サインじゃダメなんですけお?」「ダメなんですよ!ハンコお願いします!」煩わしい慣習に水を差され、恍惚としていた怪物ニンジャの顔が不愉快に歪む。

「そんなにハンコが欲しけりゃくれてやるんですけお……貴様の血で血印を!」怪物ニンジャの芋虫めいた尾がチュウベへと振り下ろされる!恐るべき質量が迫る中、チュウベはニンジャ・リアリティ・ショックで霞んだ思考でぼんやりと死を意識した。

 ……その時!

「イヨーッ!」鋭いカラテシャウトが響き、怪物ニンジャの芋虫めいた巨体が弾き飛ばされた!「ケオーッ!?」巻き上げられた埃の粉塵の中、姿を現したのは……白黒のカブキ衣装を纏ったニンジャ!「ケオッ……きっ貴様は……!」

 カブキ装束のニンジャは静かに両手を合わせ、流れるように優雅なオジギをした。「ドーモ、ホワイトパロットです」厳かなアイサツに圧倒されながら、怪物ニンジャもアイサツを返す。「……ドーモ、ホワイトパロット=サン。私はプロディアインテルプンクテラなんですけお」長虫がアイサツを返す。

「プロ……?」呟き、ホワイトパロットが眉根を寄せた。「……まあいい、ぴるすくん。君の陰謀を止めに来た。コウライヤに投降するか死ぬか選びたまえ」恐るべきキリングオーラを出しながらカブキを構える。「ケオーッ……」プロディアインテルプンクテラは呻いた。「……折角ニンジャとなったのにコウライヤに縛られるなどゴメンなんですけお……!」

「ならば仕方ない……イヨーッ!」瞬間、ホワイトパロットは稲妻めいてプロディアインテルプンクテラに駆け寄り鋭いカブキチョップを繰り出した!「ケオーッ!?」プロディアインテルプンクテラが悲鳴を上げて飛び退く!その尾が切断され宙を舞った。

「どうだね、意見は変わったか」威圧的な眼光を向けながら問う。言外にこれが最終通告であることが示されている。「……ナメやがって!」プロディアインテルプンクテラは拒絶し、そしてその全身に恐るべきカラテを込め始める!

「チョコレートによりカロリーを摂取した私の真の姿を見せてやるんですけお!」おお、見よ!プロディアインテルプンクテラの巨大な芋虫めいた体が背中から割れ始めた!そして、その中から何かが姿を現し始める!

 プロディアインテルプンクテラがチョコレートを集めていたのは全てこの時のためだったのである!高エネルギーを必要とするサナギ・ジツを発動させ肉体を完全変態し真の姿へと至るために! 背中の割れ目から光が溢れ、4枚の羽を持つ神々しさすら感じさせる人型のニンジャぴるすが姿を見せ始め……。「イヨーッ!」

「……ケオーッ?」プロディアインテルプンクテラは訝しんだ。彼の体には溶けたチョコレートが付着していた。ホワイトパロットが残っていた小包を回収して投擲したのだ。だがチョコレートをぶつけて何になるというのか。(苦し紛れの悪足掻き……)プロディアインテルプンクテラは笑った。

「イヨッイヨッイヨーッ!」ホワイトパロットは駆けながら小包を拾っては投擲し、無数の溶けたチョコレートがプロディアインテルプンクテラの体へと掛かる。プロディアインテルプンクテラは意に介さず羽化を進めようと4枚の羽を開こうとした。

「……ケオーッ?」プロディアインテルプンクテラは再び訝しんだ。うまく羽が広がらぬ。何かが引っ掛かっている。古い皮か?(ならば先に手足を出して……)そしてプロディアインテルプンクテラは気付いた。「……ケオーッ!?」……手足を広げられぬ!

 プロディアインテルプンクテラは必死に体を動かそうとするが、全身が固まったように動かぬ!……否!『ように』ではない!実際に彼の体は固まっているのだ!……チョコレートによって!

 ホワイトパロットは拾ったチョコレート投擲する瞬間にカブキを込めカブキ熱によって溶かした。溶けたチョコレートはプロディアインテルプンクテラの全身に付着しカブキを含んだまま外気温によって再び固まり……そして!鋼鉄めいたカブキ含有チョコレートが彼の体を拘束したのだ!

「バカな!?私はまだ真の姿が!」「イヨッイヨッイヨーッ!」ホワイトパロットはチョコレートの投擲を止めぬ!チョコレートの層が更に厚くさらに固くプロディアインテルプンクテラを封じ込める!指1本すらもはや動かせぬ!

「さあ、ハイクを詠めピエリスラパエ君!」「待て!まだ私の真の実力を見せられてないんですけお!それに私の名前は……」「イヨーッ!」鋭いカブキックが虫混入チョコレートを叩き砕く!

「サヨナラ!」チョコレートを周囲に撒き散らし、プロディアインテルプンクテラの芋虫めいた巨体と人型肉体の両方が爆発四散した。



「アイエ……」廃工場の外でチュウベは目を覚ました。「今までのは夢……?」覚束無い足で立ち上がり、荷物を見る。……この地へ宛てられた荷物は全て無くなっており、書類には「フジマ」の受け取り印が押されていた。

「夢では……ない?」朦朧としながらふと時計を見る。既に次の宅配地へと向かう時間。「……アイエッ!?不味い、損害賠償になってしまう!」慌てて駆けだすヒキャクを、廃工場の上でカブキ姿の男が見送った。

 バレンタインを巡るぴるすの陰謀は、彼自身の血によって雪がれた。

 夜は更けてゆく。



【ユア・ブラッディ・バレンタイン】終わり



カブキ名鑑

◆歌◆カブキ名鑑#080【プロディアインテルプンクテラ】◆舞◆
野良ニンジャぴるす。ぴるすの顔を持つ巨大なイモムシの如き姿をした恐るべき存在。チョコレートを集めエネルギーを多量に摂取し4枚の羽を持つ真の姿へと羽化しようとしてたが、ホワイトパロットはそれを待つことなく殺した。



K-FILES

カブキスレイヤーバレンタイン特別エピソード。バレンタインの近付く冬のある日、ヒキャクのチュウベは廃工場へと謎の小包を宅配することになる。だがその裏には邪悪な思惑が絡んでおり……。


主な登場ニンジャ

プロディアインテルプンクテラ / Plodia interpunctella:野良ニンジャぴるす。その姿は巨大なイモムシめいた異形だがエネルギーを大量摂取しカラテを蓄えることで一転、背中に蛾の羽を持つ2m程度の人型ニンジャへと変わる。巨体時のカラテや筋力、質量がその人間大の肉体に凝縮されており、飛行能力も合わさり非常に危険。憑依ソウルはサナギ・ニンジャクランのグレーターニンジャ。カイジュウ・ニンジャクランが凋落する中あえて巨体のまま修行を続け巨体に蓄えた力を超凝縮するサナギ・ジツを編み出したクランだが、ジツを成功させたのはサナギ・ニンジャその人のみで弟子たちは羽化中~直後の弱体化を狙われクランはそのまま滅びたという。



メモ

これは季節性を加味して作られた番外的エピソード群の中の一つ、バレンタインエピソードだ。基本的に高麗屋にまつわる時事ネタを除き季節性を踏まえてエピソードを作ることはそうそう無いんだけれど、年越しエピソードやこれはその点例外的作品と言えるかもしれない。これらのエピソードはメインストーリーを書いている時の、あるいは書き終わってからの箸休め的に作られたエピソードであり、そういった短編作品を書くときには中心となる核があると作りやすい…つまるところ舞台背景やストーリー展開を位置から考える必要がなくなるからだが…そういう言ってしまえば手抜きの一種である。

ニンジャぴるすは「パ行から始まる名前」という制約があるからネタ切れも激しく、また方向性が決まってからも名前決めで難航するパターンも多かった。それ故に編み出された知恵がこの季節性イベントエピソードということだね!

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