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【コール・フロム・ディープウォーター】




 鬱蒼と茂る木々の下、作業服姿の男は長い間整備されていないのであろう獣道じみた道路を歩く。周囲から枝が伸び、つる植物が地面を覆い、裂けたアスファルトの隙間から生えた低木が通行を阻害する。遮る枝を押しのけ、植物に飲まれかけた道を男は進んでゆく。枝に弾かれ落ちたNSTVキャップを男は拾い深く被り直した。

  歩き続けるうちに道路の痕跡すらも消え果てて完全な獣道となり、更に進むとその獣道すらも無くなった。人の背丈ほどもある草をかき分けながら男は道標もない薄暗い森林を一人歩く。早朝の空気は肌寒く湿り、朝露が彼の作業服を濡らした。

 不意に男の足が太股まで泥に沈む。草に隠れた足元に沼が広がっていた。「ヌウーッ……」男は不愉快そうに呻く。彼の周囲で泥がモゾモゾと動き、獲物の気配を感じ取った無数のバイオヒルが生き血を求めて彼に群がり始めた。

 バイオヒルはその強靭な顎で強化ゴム長靴すらも食い破り生き血を啜る危険生物である。常人ならば泥濘に足を取られ身動きもろくに取れぬまま血を吸い尽くされ、1時間後にはミイラめいた死体へと成り果てているだろう。

 ……だが彼には関係のない話であった。「イヨーッ!」カブキシャウトとともに男は沼から跳び上がり固い地面に着地する。バイオヒルの群れは口惜しげに蠢き泥の下に潜って消えた。「……そろそろ見えてもいい頃だが」彼は一人呟き、泥汚れもそのままにまた歩き出す。

 暫く進むと地面が次第に傾斜し始める。初めはなだらかに、そして次第に急勾配へと。それでも男は意に介さず一定のペースを保ったままその険しい道なき道を歩き続ける。やがて小高い丘の頂上へと登りきるとにわかに視界が開け、男はサングラスを上げて辺りを見渡した。

 遠くには大きな山、霊峰フジサンがそびえる。ここはフジサンの麓に広がる大樹海、その南西部の一角である。ネオサイタマから遠く離れ、わずかな集落が疎らに点在するのみの文明から隔絶された場所。

 木々に埋没する大地には1ヵ所大きな穴が空いており、深い青色が朝日を反射して輝いている。巨大な湖。その畔には小さな村がひっそりと佇んでいた。ここが男の目指していた目的地、モタス・レイク、そしてフアダ村。


 ……恐るべき怪物が目撃された地である。



【コール・フロム・ディープウォーター】



 坂を進み丘を下り木々に分け入り、男はようやくフアダ村へと至る。村の周囲は丸太で作られた杭の塀に囲まれ、恐ろしげなドラゴン像が来訪者を睨み付ける。男が門につけられた呼び出し用らしき鐘を鳴らすと、髭を生やした壮年の男が門を開けた。

「ドーモ、ドーモ。私はNSTV報道特派員の者でして……クダイ・キンショウと申します」クダイはNSTV報道特派員名刺を差し出す。「……ドーモ、私はここの村長をやっているサトバです。記者さんが何の用で」クダイを見るサトバの目には明らかな不信感が浮かんでいた。

「ええ、実はある噂を聞きまして……その調査に来た訳なんです。ここの湖に巨大生物が棲むという噂を」サトバの顔が強張る。「……何か心当たりでも?」「 いえ、別に。巨大化した野生のバイオピラルクとかじゃないですかね。なにせここは自然豊かでエサも豊富ですので」

「噂ではその生物は40フィートは軽く越えるという話です。……エサが豊富だとしてもバイオピラルクがそこまで巨大化しますか?」「さあ……そういうこともあるんじゃないですか?それか遠近法とかでしょう」「村の皆さんにもぜひインタビューを……」

「申し訳ないですが、うちの村はナチュラリストがインキョする村です。よその方は入れない決まりなんです」「待ってください!まだ聞きたいことが……」サトバは応じず門を閉めた。

 ……何かを隠していることは態度からして確実。だが無理矢理に村へと乗り込んでもおそらくサトバも村人も口を割るまい。それならば彼らは何も知らないのと同じだ。ならば自ら湖へと出向き自分で一から情報を集めるしかあるまい。

 クダイ・キンショウは村に背を向け、湖の外周を歩き出した。……その背中を、村の中から無数の目が見つめていた。



「エー……湖の外周はこの通り切り立った場所も多く、下手に落ちれば上がるのも一苦労でしょう。幸い浜になっている場所もあるので……」クダイはカメラを回しながらマイクへと状況説明をする。

「周囲の密林も安易に踏み込めば迷い戻ってくることは困難でしょう。消えたハイカーたちはあるいはこの森の中でさ迷い、バイオ生物の餌食になってしまったのやも……」

 そう、この地に向かった複数人がそのまま行方不明となっている。最後に向かった場所がこの整備もされぬ樹海である故、彼らは単なる自業自得の遭難や事故に遭ったものとして捜索もほとんど行われていない。

 だがクダイが遡って調査を進めてみたところ、奇妙なことに数十年の昔からこの地で定期的に行方不明者が発生していることが判明した。この謎を知ったクダイは真相を突き止めるべく一人調査へと乗り出したのだ。

「しかし、まことしやかに囁かれる噂があります。それは湖に住む巨大UMAの伝説。首長竜、あるいはドラゴンがこの湖に生息しているというのです。この地には古くから水神信仰があり、噂を聞いたUMAハンターたちがこの地を訪れやはり行方不明に……」

 不意にクダイは解説を止めてカメラを湖に向けた。遠くでバシャンと大きな音が立ち、湖面に波紋が広がる。「……バイオピラルクのジャンプか」

 クダイはカメラを止めた。「うむ……まあひとまずはこんなところか」注意深い眼差しで湖の周辺を睨み、ゆっくりと歩き始める。


 ……そして、湖の調査を開始して十数時間。湖を一周しクダイは再び村のそばにまでたどり着いていた。「収穫は無し、か」ため息を吐く。怪しげな痕跡も疑わしき物体も湖畔にはない。鬱蒼とした森と広大な湖があるばかり。湖の巨大さがただただ無駄に時間を浪費させる。

 朝から調査を始めたが、今や空には髑髏めいた月が浮かび始めている。木々に囲まれた樹海は暗くなるのも早く、今日の調査はここが限界だ。湖畔を調べるだけで1日を費やした。

 今後はさらに捜索範囲を広め、この広大な湖中すらも視野に入れて調査せねばならぬ。「これは……長丁場になりそうだ」明日に出直すべくクダイが野営地点へと戻ろうとした、その時。


「アアアアァァァ……」


 謎めいた音……あるいは声であろうか。それがどこかから樹海の闇へと響いた。単なる環境音ならば良いが、危険なバイオパンダ等の唸り声ならば注意せねばなるまい。あるいはこれが助けを求める人の呻き声だとしたら。クダイは耳を澄ます。

 樹海は静寂に包まれていた。至って普通……「いや……待て……こんなに静かだったか?」鳥や獣の鳴き声や虫の音色すらも一切が途絶え、奇妙な静寂が樹海を包み込んでいる。……おかしい。クダイは注意深く辺りを観察した。

 水鳥の群れが水面から飛び立つ音が聞こえる。巣に帰るのか……あるいは何らかのアトモスフィアを感じ取り逃げ出したのか。「エェェェェ……オオオオ……」奇怪な音が再び響く。その音はクダイの右側から響いてきた。己の右には何がある?クダイは思索した。「……湖だ。湖の中から……?」

 ボコボコボコ……。クダイの聴力は湖に何らかの泡が湧き出す音を捕らえた。カメラをそっと起動し、暗視モードに切り替える。気付けば湖面は月光の下でもはっきり分かるほどに波立ち始め、そして不意に黒い影が水面下に見えた。

 その0コンマ2秒後。SPLAAAAAAASH!水飛沫が飛び、クダイを濡らす!巨大な何者かが水中から飛び出した!「ゲーッ!ゲーッ!」水鳥が悲鳴を上げる!「ヌウッ!これは……!」夜闇の中、月の逆光が未確認生物の影を作り出す!

 それはヘビ、あるいはドラゴンめいた細長い影!比較対象無き空中においてもはっきりと分かるほどの巨体!バイオピラルクなどでは決してない!クダイはカメラを向け、影を睨む!「やはり実在したというのか……UMAよ!」

 未確認生物に飛行能力は無く、飛び上がった空中から自由落下し再び地上に迫る!「来るか……!」クダイは腕に力を込めカブキを構えた!……しかし、その影はクダイを気にも留めず2度目の飛沫を撒き散らして湖へと戻った。

 クダイは崖めいて切り立った縁から湖の中を睨む。この暗闇で水中を調べるのは非常に危険。そもそも痕跡を見つけることすら困難である。だが……このチャンスを逃して次にいつあやつと遭遇できるとも分からぬ。クダイは悩み、そして意を決して湖へと飛び込もうとした。

 だが、その寸前!「グワーッ!?」突如クダイは悶絶し、そのままバランスを崩して縁から転落した!そして闇の中で茂みが揺れ……何者かが走り去った。クダイの体が湖へと落ち、水しぶきを上げた。

 クダイは水中で目を見開く。体に痺れが残っている。未確認生物に集中していた彼を何者かが吹き矢でアンブッシュし、麻痺毒を打ち込んだのだ!己の手足を動かし動作確認する。四肢に痺れは残るが運動に問題はなし。水面へ浮上しようとし、そして目を見開いた。

 彼の眼前に巨大未確認生物がいた。「HISS……」ヘビの唸りに似た超常的な声が水中に響く。未確認生物は今度は無関心ではなく……その巨大な漆黒の瞳でクダイをじっと見つめている。テリトリーに踏み入った余所者として。……獲物として。

「HIIIIIIIIIISS!」瞬間、40フィートを越す巨体が凄まじき速度で泳ぎ出しクダイへと迫る!(ヌウーッ!)水中では自由に身動きが取れぬ!クダイは躱しきれず正面からぶつかる!「HIIIIIISS!」未確認生物はクダイを口元に付けたまま高速で泳ぐ!水圧で逃れられぬ!

 未確認生物はクダイを丸飲みにしようと、泳ぎながらその巨大な口を開いた!(イヨーッ!)クダイは取り出していたナギナタを縦に構えてつっかえ棒とし、口内に吸い込まれるのを防ぐ!

 致死攻撃を間一髪で免れたクダイであったが、第二の危機が迫っていた!崖めいて切り立った湖外周部が背後に迫る!(……マズイ!)未確認生物はクダイを圧殺しようというのだ!この質量、速度で潰されれば一巻の終わりだ!

(ヌウッ……!ヌウーッ……!)必死でもがくが、水中のフーリンカザンアドバンテージは圧倒的であった。抵抗も虚しく未確認生物は彼を乗せたまま壁へと激突し、岩石と水しぶきを撒き散らした。




「ウム……」クダイは呻き、立ち上がった。「ここは……?」彼は謎めいた大型水槽の中に浮かんでいた。辺りを見渡すと、そこはやや前時代的な機械類が並ぶ、樹海には似つかわしくない空間であった。

 未確認生物によって壁に激突し潰されたはずのクダイがなぜこのような場所に?彼はいかにして助かったというのか。……あの時、彼はカブキによって未確認生物に僅かながら衝撃を与えその進行方向を微修正させていた。

 未確認生物を向かわせた先には……深く続く横穴が開いていた。横穴の存在に気付いたクダイは潰されぬために未確認生物の衝突地点を横穴部分へと誘導したのだ。「……そこまでは良かったのだが」

「まさか謎の強力な水流があろうとは」そう、その横穴は奇怪なことに湖水を吸い込んでいたのだ。水流に飲まれた彼は細く長い横穴の中を壁面への致命的激突をどうにか避けながら流され続け、やがて周囲は人工パイプへと変わり……そうしてこの場、水槽へと至ったのだ。

 そこは謎めいた研究施設。……いや、謎ではない。彼はこの場所を知っている。「思わぬルートであったが、ようやく辿り着いたか……」ここは廃棄されたぴるす研究施設だ。そしてクダイが真に目指していたのは湖でも村でもなく、この研究施設であった。

「地中に設計されていたとは……それはすぐに見つからぬわけだ」今でもどこからか──恐らくは水力発電機かなにかから──電力が供給されており、電子機器は現在でも稼働していた。ポンプが水槽へ水を吸い上げ、施設内はエアコンにより最適温度が保たれている。もっとも、水槽内には置き去りにされた実験体ぴるすであろう白骨が残るのみだが。

「これならば施設管理複合UNIXも……やはり生きているか」クダイは巨大なUNIXの前に立ち、操作を始める。有益な情報が残されていないかデータバンクを探す。

 未確認生物……今ならば断言できる、改造ぴるすについてのデータを求めて情報ファイルを片っ端から開き、眺め、次へ移る。杜撰な施設廃棄のお陰……と言っていいのだろうか、資料はほとんど処分されずに残っていた。

「……なるほどな」そしてあるデータを開いた時、クダイのニューロンが結論をはじき出した。此度の噂、未確認生物と多発する失踪UMAハンターの真実を。そのデータの見出しには太字で『水神伝説とその再現』と書かれていた。



 翌日早朝、クダイはフアダ村の門前に立っていた。サトバは彼を見、驚愕した。「どうして……あんた確かに昨日……」「昨日?私に昨日何か?」クダイは敢えておどけて見せた。「い……いやなんでもありません」「そう、昨日と言えば。実は昨日、私はついに未確認生物を見つけまして」サトバの顔が固まった。

「カメラにもしっかりと捉えられたんです。なのでこれからネオサイタマに戻り、提出しようと思いまして……」「……」サトバがどろりと濁った目でクダイを見つめる。「一応は調査協力していただきましたし、最後にそのお礼をと思いまして……」

「……なるほど、あんたあれを見付けたんですか」サトバは顔を伏せた。「やはり何か知っていたんですね?」「ええ……これにはおいそれと口外できぬ深い事情がありましてね……悲しき事情が」サトバは目元を拭う所作をした。

「ですが貴方にはもう隠しても無駄でしょう。……分かりました、全てをお話します」サトバは門を開け、クダイを手招いた。「私の家で話しましょう。部外者に聞かれても困りますので……」

「……ヌウッ!?」サトバに従い門を越えたクダイを迎え入れたのは吹き矢のアンブッシュであった。


  ……「おい、ちゃんと昨日捧げたんじゃなかったのか?」「確かに湖に落ちたはずなんですが……」「フン……運良く生き残ったってことか」「まあいいじゃないですか。こうやって結局戻ってきたんですからそういう運命なんですよ」「そうだな……ちょうど今日は……」「ええ、水神様の……」「水神様が……」「水神様……」「水神様」「水神様」「水神様」「水神様」……



 クダイを抱えた村人たちはサトバに続いて村の中央に空いた大穴から洞窟へと入ってゆく。「アイエエエエ!助けてェ!」クダイとはまた別に一人、恐らくは好奇心でこの地を訪れたUMAハンターであろう男が簀巻きにされて運ばれている。

 その洞窟は暗く湿り、波の音が聞こえてきた。洞窟は下へ下へと長く続いている。村人たちは松明を手に歩き続ける。大人数。恐らく村のほぼ全員がこの一行に参加しているのだろう。「アイエエエエ!アイエエエエエエエ!」UMAハンターの悲鳴がむなしく洞窟に響いた。

 やがて洞窟の幅が広がり、広い空間と繋がった。村人たちは手にした松明の火を篝火に移し空間を照らす。四角い空間の地面は1部が欠けて水場となっていた。恐らく湖と水中洞窟で繋がっているのだろう。そして、水場の周囲には怪しげな粘液が付着し篝火を反射してぬるりと光っていた。

 村人たちは男も女も一糸纏わぬ姿でその顔と体には奇妙な青い模様が描かれている。彼らは狂気に満ちた目で水場を見つめ、ドゲザした。「水神様、水神様。生贄を持って参りました」サトバがドゲザしながら水場へと呼びかける。

 すると、おお!水飛沫を上げ水中から巨大な生物が顔を出したではないか!「アイエエエエエエエエエエ!?」UMAハンターは悲鳴を上げ失禁!意識を失った!これはクダイが見、そして襲われたあの未確認生物だ!

「HIIIISS……」未確認生物は超常的な声を以てサトバへと生贄を催促する。この生物には邪悪な知性が確かに備わっている……!「ハイ、ただ今そちらへ……」サトバは地面に寝かされたクダイを村人とともに持ち上げようとした。


「……なるほど、やはり繋がりがあったか。道案内ご苦労」


 言葉と共にクダイが起き上がる!「バカナ!強力な麻酔薬を打ったんだぞ!」「あの程度の毒、0.546秒で解毒した。寝たふりをしていたのだよ!」クダイはあえて吹き矢を受け、昏倒したように見せかけ生贄としてこの祭壇まで案内させたのだ!だがこの耐毒性はいったい?クダイは何者なのか!?

「クソッ!ヤッチマエー!」「「「「ウォーッ!」」」」村人達が松明を手にクダイへと襲い掛かる!「グワーッ!?」村人に投げ捨てられたUMAハンターが壁際で悶絶!「イヨーッ!」「グワーッ!」「イヨーッ!」「ンアーッ!」クダイは圧倒的なカブキで反撃し、襲い来る村人達を一撃で気絶させる!「死にたいのかね!諦めたまえ!」

「み……水神様!オネガイシマス!」サトバが叫ぶ!「HIIIIISS……」願いに答えるかのように未確認生物は水場から地上へと飛び出し、「エッ……」近くに居た村人達とサトバをついでに飲み込んだ。「アバッ」短い哀れな悲鳴が未確認生物の口内から響いた。

「アイエエエ!?水神様!水神様!ナンデ!?信仰してるのに!」サトバ達の死に恐慌を起こした村人達はある者は失禁し気絶、ある者は洞窟から必死に逃げ出し、そしてある者は狂ったように未確認生物へと駆け寄り巨体の移動に巻き込まれて無慈悲に潰された。

「愚かな……ニンジャぴるすなどを崇めるからだ」そう、この未確認生物は単なる改造ぴるすなどではない。ニンジャソウルを宿したぴるす、ニンジャぴるすなのだ……!

「HIIISS……ドーモ、プーカッカ・ペーシです」ウナギめいた体と馬の頭を持つ巨大なニンジャぴるすが超自然的な声をもってアイサツした。クダイは作業服を脱ぎ捨て、キャップとサングラスを投げ捨てる。その姿はいつの間にかカブキ装束へと変わっていた。そしてクダイは手を合わせてオジギした。

「ドーモ、プーカッカ・ペーシ=サン。カブキニストです」

 おお、クダイがカブキニスト!?……つまり彼はマツモト・コウシロだというのか!?そう、彼……マツモト・コウシロはコウライヤがかつて残した負の遺産を処理するためにこの地を訪れ、そしてクダイ・キンショウの偽名を名乗りNSTV報道特派員を装って調査をしていたのだ!

 カブキ装束の男と巨大なUMA、奇妙な二人のニンジャが洞窟内で睨み合う。「アイエェェェェ……」目を覚ましたUMAハンターが張り詰めたアトモスフィアに悲鳴を上げ、再び失禁して気絶した。

 「HIIIIIISS!」唸り声を上げプーカッカ・ペーシがヘビめいた蛇行運動で地上を滑るように移動!その巨体に似合わぬ速度でカブキニストに迫る!「イヨーッ!」カブキニストは正面からプーカッカ・ペーシの馬めいた頭部を押し留めようとする!

 巨大装甲トレーラーをも軽く上回る恐るべき質量と速度を正面から受け、カブキニストの全身に縄めいた筋肉が浮かぶ!足元で火花が散り、洞窟の床を削りながらカブキニストは押される!

「HISS!HISS!」プーカッカ・ペーシは蛇行運動を続けながらカブキニストに噛みつこうとする!「イヨッ!イヨーッ!」その口を押さえ防ぐ!しかしこれでは湖で遭遇した時と同じ展開だ!このままでは壁に衝突し押し潰される!回避する横穴も無し!

 だが!「イヨーッ!」カブキニストが瞬間的に限界以上のカブキを発揮し、彼の足が地面を砕きめり込んだ!そしてプーカッカ・ペーシの巨大が……おお!ついに停止した!「HISS……!」「イヨーッ!」カブキックがプーカッカ・ペーシの顎を下から痛烈に打ち上げ、その上半身が浮く!「HIIIISS!?」

 浮かび上がったプーカッカ・ペーシの上半身は途中で重力に引き戻され地面へと戻る!「イヨーッ!」「HIIIISS!?」カブキパンチが再びその上半身を浮かび上がらせた!そして再び降りてきた上半身を!「イヨーッ!」カブキパンチがまた打ち上げる!「HIIIISS!?」

 おお、コウライヤ!見よ!「イヨーッ!」「HIIIIIIISS!?」プーカッカ・ペーシの上半身がパンチトレーニングバルーンめいて打ち上げられては戻り、「イヨーッ!」「HIIIIIIISS!?」そして再びカブキパンチで打ち上げられる!「イヨーッ!」「HIIIIIIISS!?」プーカッカ・ペーシが超自然的悲鳴を上げる!

「イヨーッ!」カブキニストが右腕を弓めいて引き絞りポン・パンチを構える!だが、ポン・パンチがプーカッカ・ペーシを捉える寸前!「HIIIIIIISS!」ウナギめいた尾による反撃がカブキニストを打った!「ヌウーッ!」カブキニストは洞窟地面を転がりながらウケミを取る!その間にプーカッカ・ペーシは上半身を地へと着けた。

「ボーナスタイムはもう終わりか」カブキニストがカブキを構えプーカッカ・ペーシと睨み合う。プーカッカ・ペーシは低く唸り……そしてカブキニストへと背を向け蛇行運動を開始!行き先は水場!水中へと潜りフーリンカザンを得るために!

 カブキニストもこれを易々とは見逃さぬ!巨体が水中に飛び込む寸前、黒いナギナタ、ベッカクをハーケンめいて巨体の背中へ突き刺し、粘液に覆われた体にしがみ付いた!「HIIIIIIIISS!」プーカッカ・ペーシが水へ飛び込み、そのまま抵抗を感じさせぬ凄まじい速度で水中洞窟を泳ぎ始める!

 水中洞窟は複雑に入り組み、プーカッカ・ペーシは上下左右へと縦横無尽に泳ぎその細い洞窟を壁面にぶつかることなく駆け抜ける。(ヌゥーッ!)ロデオめいた衝撃にクダイは心の中で唸り、振り落とされまいと、壁にすり潰されまいとベッカクを握る手に力を込めた。

 プーカッカ・ペーシがどうにか通れる程の広さであった水中洞窟は進むほどに次第に広くなり……そして、カブキニストを乗せたプーカッカ・ペーシの巨体はついに広大な湖中の深層へと出た。

「HIIIIIISS……!」広い水中に出たプーカッカ・ペーシが背中のナギナタを抜こうと体をくねらせ始める。(このままでは巻き込まれる……!)状況判断したカブキニストはベッカクを引き抜き、プーカッカ・ペーシから距離を取った。

 ……そうして、昨夜のように再び湖の中でプーカッカ・ペーシとカブキニストは相対した。互いを睨み合う。カブキニストの体に痺れはなく、湖中は太陽に照らされて明るく、そして想定外の遭遇でもない。あの時とは違う。

 カブキニストは水中で二本のナギナタ、ベッカクとデンショウを構えた。プーカッカ・ペーシもまたカブキニストを獲物ではなく排除すべき外敵と認識して油断なく構える。

 ニンジャ肺活量をもってしても水中でそう長く息は続かぬ。激しいカブキを繰り出せばなおさらだ。判断を誤ればプーカッカ・ペーシに殺されずとも溺死もあり得る。カブキニストは注意深く己を客観視しながら両ナギナタを構える。

「HIIIISS!」恐るべき速度でプーカッカ・ペーシが遊泳を始め、カブキニストの周囲を旋回した。体表の特殊粘液が水の抵抗を減らし巨体の高速遊泳を可能とさせている。己の周囲に渦巻く水流が発生する中、カブキニストは流れに負けることなく注意深くプーカッカ・ペーシを睨む。

「HIIIISS!」プーカッカ・ペーシが遊泳方向を変えカブキニストに突進!(イヨーッ!)カブキニストは水を蹴りどうにか回避!だが!「HIIIIISS!」通り過ぎたプーカッカ・ペーシは瞬時に向きを変え再突進した!(イヨーッ!)回避!

「HIIISS!」プーカッカ・ペーシが突進!(イヨーッ!)回避!「HIIISS!」プーカッカ・ペーシが突進!(イヨーッ!)回避!「HIIISS!」プーカッカ・ペーシが突進!(イヨーッ!)回避!「HIIISS!」プーカッカ・ペーシが突進!(イヨーッ!)回避!

 恐るべき速度で巨体が突進し、回避した瞬間には方向転換し再突進して来る!なんたる遊泳能力!なんたるフーリンカザンか!水中という身動きの取りづらい環境で回避を余儀なくされるカブキニストは距離を取ってカブキを構える隙もない!このままではやがて息が尽きて溺死するか回避し損ねプーカッカ・ペーシのエサになるかの二択である!

(ならば……!)カブキニストの目が決断的にギラリと光った。「HIIIISS!」プーカッカ・ペーシは再度突進!カブキニストは……まだ回避せぬ!直前まで引き付け、(イヨーッ!)スリッピング・アウェイの要領で全身を回転させてプーカッカ・ペーシの突進を受け流した!そして見よ!「HIIIIIIIIIISS!?」巨体の頸にベッカクが刺さっている!回転回避しながらカブキニストは手にしたベッカクを遠心力を込めて突き刺したのだ!

 プーカッカ・ペーシが水中で悶え暴れ回り、荒れ狂う水流が産み出される。カブキニストは流れに逆らわず、水流に身を任せながら静かにセイシンテキを高めた。カラテが滾る。カブキが燈る!

(……イヨォーッ!)カブキニストが水中で加速する!水棲生物のごとき加速でプーカッカ・ペーシへと迫る!彼が繰り出したのは失伝せしエンシェントカブキが一、オヨギ・ロッポー!特殊な体捌きで水を掻き分け、通常では枷となる水の質量を逆に利用し加速する水中特化のカブキ!

(イヨーッ!)「HIIIIIIISS!」鋭いカブキをベッカクの柄にぶつける!プーカッカ・ペーシの頸に刺さったベッカクがさらに押し込まれた!そのままカブキニストはベッカクの柄を掴む!プーカッカ・ペーシを穂先に付けたままオヨギ・ロッポーで加速し、その巨体を湖底へと激突させた!「HIIIIIIISS!」悲鳴!ベッカクが衝突の衝撃で頸を貫通、穂先が湖底へと突き刺さる!プーカッカ・ペーシは身動きを取れぬ!貫通したベッカクが巨体を湖底へと張り付けたのだ!

(イヨォーッ!)カブキニストはオヨギ・ロッポーで距離を取り、そして水中を旋回しながら加速する!白いナギナタ、デンショウを構えながら水をかき分け進む!「HIIIISS!HIIIIIIIIISS!」プーカッカ・ペーシが悶え、尾を振り回しながら暴れる!KRAAAASH!湖底が砕けた!拘束が解けるのも時間の問題だ!カブキニストは水をかき分け更に加速!

(イヨォーッ!)オヨギ・ロッポーから放たれたデンショウ斬撃がプーカッカ・ペーシの背中に突き刺さり、その巨体を頭から尻尾へと切りHIRAいた!「ケェェェェオォォォォォォォ……」地鳴りのような超自然的声が湖中に響き、「サヨナラ!」プーカッカ・ペーシは爆発四散した。

 カブキニストはその爆発四散を見届けることなく、慌てて水面へと浮上していた。顔が次第に青白くなる。……肺の酸素はもはや底をついた!水面は目前!だが酸欠に陥り失神するのもまた目前!カブキニストは必死に泳ぎ、そして!

「……ハァーッ!……ハァーッ!」湖面でカブキニストは荒く呼吸した。「危ない……ハァーッ!ところで……ハァーッ!あった……ハァーッ!」そして、彼は己の手にナギナタが握られていないことに気付く。プーカッカ・ペーシに突き刺したベッカクを回収する余裕はなく、必死に泳ぐ中でデンショウも手放してしまった。

「スゥーッ……ハァーッ……スゥーッ……ハァーッ……」息を整えながら、カブキニストはややうんざりしたような顔で湖底を見つめた。



「モタス・レイクのUMAはやはりニンジャと化したぴるすであった。周囲の地下に放棄された施設は古いぴるす実験施設であり、水棲ぴるすを産み出そうとしていたようだ。だが事業仕分けの一貫で計画は頓挫、前時代の杜撰な施設破棄によって多くのぴるすが取り残され、その内のひとつがニンジャとなった……それがUMAの真相」

 カブキニストはレコーダーに今回の業務についての報告レポートを録音する。「彼を見た人々はそれが自身達の信仰する水神であると信じこみ、生贄を捧げ始めた……それが行方不明者の真相」

 録音を停止させ、カブキニストは丘から狂気の村を眺める。村長と無数の村民を信仰対象によって殺され、そしてその信仰対象すらも失った彼らは今後どうしていくのだろうか。……あるいは、生き残った村民たちはニンジャ・リアリティ・ショックで全てを忘れ、行方不明になった村人たちに戸惑いながらも同じ生活を、生贄を続けるのか。

「……私には関係のない話だ」彼の任務は行方不明者を探すことではなく、ましてやカルト村を滅ぼすことでもない。コウライヤの汚点を探し出しそれを人知れずに滅すること、それが彼の使命だ。今後この地にてUMAが目撃されることはないだろう。失踪者も出まい……村人達が存在せぬ水神へと生贄を捧げようとしなければ。

 コウライヤ負の遺産の処分。それがコウライヤの当主として、カブキニストとして為さねばならぬ事。あと幾つ残っているであろうか。分からぬ。「……見つけ次第に片端から処分してゆけばよい話だ」

 カブキニストは懐から「壊」ボタンを取り出して押し、踵を返して丘を下り始める。秘密施設がバンテリン爆発を起こし、その音と衝撃は辺りを一瞬騒めかせたが、しばらくすると鬱蒼とした樹海は元の静けさを取り戻していた。

「アイエッ!?」離れた山中から、爆発に驚いたUMAハンターの声が響いた。


【コール・フロム・ディープウォーター】終



カブキ名鑑(旧)

◆歌◆カブキ名鑑#33【プーカッカ・ペーシ】◆舞◆
謎多きUMAニンジャ。フジサン麓の樹海にある湖に生息するとされている。目撃証言を得たカブキニストは特派員クダイ・キンショウを名乗り調査へと向かった。




K-FILES

カブキスレイヤー番外作品。フジサン麓の樹海、その中にひっそりと佇む巨大な湖。その地でUMAの目撃情報と、そして失踪事件が頻発していた。クダイ・キンショウを名乗る報道特派員の男が真実を解き明かすために調査へと向かう。その真相とは果たして一体……?




主な登場ニンジャ

プーカッカ・ペーシ / 【英語表記不明】:ウマの頭部とウナギの体を持つ巨大なニンジャぴるす。フジサン樹海、モトス・レイク地下に作られた秘密ぴるす実験施設で発生したニンジャぴるすと思われる。この実験施設では水中に適応した水棲ぴるすを産み出す研究がされていた。プーカッカ・ペーシは巨大な体を持ちながら水中に特化したニンジャぴるすだったが、これが憑依ソウルによるものなのか、あるいは実験の成果と相まったものなのかは不明である。

かつてのコウライヤでは水棲ぴるすの他にも飛行ぴるすや宇宙空間ぴるす、毒ぴるすなどぴるすの肉体や遺伝子を改変する研究がされていたが、結局大した成果は出せずに全研究が凍結され施設も破棄されている。だが当時のコウライヤが行っていた破棄は非常に杜撰なものであり様々なぴるす施設群が内部に資料やぴるすを残したまま放棄され各地に残ってしまった。放棄ぴるすのニンジャ化による被害も複数発生しており、現コウライヤはこれを重く捉え『コウライヤ負の遺産』として積極的に捜索し、見つけ次第徹底的破壊と消去を行っている。

K-FIRESを書くにあたってアイルランドのウマウナギに関する情報を捜索したものの、プーカッカ・ペーシという名前を示している資料は非常に少なく、英語記事内でも「horse eel」と書かれるばかりでプーカッカ・ペーシの名は見当たらなかったため英語表記は不明である。「プーカッカ・ペーシとは本当にアイルランドで言い伝えられている名前ではなく、どこかのオカルト記者かなにかが勝手にウマウナギに名前を付け、それがさも真実のように一部オカルト界隈で広まったのでは?」という疑惑が挙がっている。


メモ

こちらはかつて一年目の年末謝罪&まとめの際に書き下ろされたカブキニスト時代の、スレッドでの公開を前提していない作品である。そのため「前情報」「捜索」「真相究明」「解決」と複数パートを必要とし、スレッド連載の短編では済まない文章量になることが予想され回避されていた特派員エピソードがここで採用されている。

原作においてこの手の特派員エピソードはフジキド・ナンシーの組み合わせで進むが、カブキスレイヤーではカブキニスト一人なのでややセリフ回しに苦労をさせられた。会話させながらの状況説明なんかができないからね。なので必要な結論パートに関しては「レコーダーに記録している」という体を取ることにした。

元のエピソードも今読み返すと話の展開が拙く、そして恐るべきことに「スレッド連載しないから長文にした」はずなのに最近のnote版の一般文章量とさほど変わらなかった。だがこれに関しては「むしろ今の加筆しまくっているnote版と同じぐらいの文章量なんだからよく頑張った」という見方をすることにした。自分を認め褒めることも時には大切だ。

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