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インド 瞑想を巡る旅 8

私と恋に落ちる

ニューデリーでの災難

 コーチンから飛行機でデリーに着いたのは夜中で、予約していたメインバザールの宿は、窓もなく、トイレシャワーも共同だった。部屋の写真が綺麗な割に、値段が安かったから予約したけど、共同シャワーだったとは確認し忘れた。仕方ない二泊だし、我慢するとしよう。
 メインバザールに滞在中、私はいつもよく眠れない。空気のせいなのか頭痛もしてくる。その日も全く同じで、疲れているのに全く眠れなかった。典型的なバックパッカー宿で、隣の部屋の声も筒抜けだ。
 9月の初め以来の2ヶ月ぶりのデリーは、随分と気温が下がっていた。朝夕はケーララできていた薄手のインド服ではすでに肌寒い。アルモラはヒマラヤ山麓だからもっと寒いだろう。翌日は靴下や上着など北へ向かうための買い物をし、荷物の一部を知人に預け、お金を両替したり忙しく動く。夜、サウスデリーに行く用事があり、うっかりオートリキシャーに乗ってしまった。途中信号で止まると、ヒジュラのお姉さんたちに囲まれた。ヒジュラとは両性具有の集団で、結婚式の門付けなどで生業を立てているが、魔術を使うともされ、ヒジュラのお姉さんに逆らうと魔法をかけられるという話はあちこちでよく聞かされる。
 私は明日の出発の前にヒジュラに逆らうことに不安を感じて、少しのお金を渡した、すると次々とヒジュラが現れて、もっとよこせという。結局100ルピー以上もせびられてしまい。「もうこれでおしまい!」と言うと彼女のうちの一人が私のおでこを触って、笑いながら立ち去っていった。
 リキシャーが再び走り出した後も、しばらくヒジュラのお姉さんたちの気配が残っていて、耳元で笑い声が聞こえた気がして、ぞっとした。

 翌早朝、6時の列車に乗るために、ニューデリー駅までサイクルリキシャーに乗って向かい、入り口でポーターを雇った。結構ふっかけられたが、荷物も多かったし、とにかくこういう場所ではなるべく楽をした方がいいのだ。あとはポーターの後について、ホームに着けばOKというところで、思わぬ出来事があった。
 ちょうどホームへ向かう階段の下でX線の荷物検査があり、そこに役人らしい男が立っていた。「パスポート見せて」というのでつい見せる。駅でパスポート見せろなんておかしいのだが、眠くてぼーっとしてたし、空港だと入り口で必ずパスポートを見せるので、無意識に見せてしまった。「チケットは?」というのでそれも手渡す。すると男は言う、
「この列車、今日はキャンセルだよ。」
この「地球の歩き方」にも載りそうな古典的な嘘に、なぜか私はすっかり騙されてしまったのだ!

「え、私今日中に絶対アルモラへ行かないといけないんです!」
「だったら払い戻しして、オールドデリー駅から出る別な列車に乗りなさい。タクシーに頼んでアレンジしてあげるから。」
「本当にキャンセルなんですか?」「疑うんなら、窓口で聞いて来たらいいだろう?」と男は自分の身分証明書を見せる。
「早くしなさい、乗客を無事に列車に乗せるのが私の務めだ。」
と彼は早口にまくし立てた。一瞬窓口で確かめようかと思ったが、時間もなく、荷物も大量に持っている私。男性の言葉を信じてタクシーに乗ってしまう。タクシーはチケットの払い戻しのオフィス経由でオールドデリー駅まで300ルピーだという。高いなと思ったがここは仕方ない。
 そして、乗った瞬間に「やっぱり変だよな。」と我に返った。しかもチケットの払い戻しオフィスに行くと言いつつ、車は街中をどんどん走っていく。これはかなりおかしい!
 車が止まった場所はどうみたって国鉄の事務所じゃないだろっていう普通の旅行会社。黒い革ジャンを着たいかにもポン引き顔の兄貴が「今日は列車が10本もキャンセルになったんだ。」と言って近づいてくる。
「やられた〜!」がっくり脱力。
「今すぐ、ニューデリー駅へ戻って!」と私はタクシーのドライバーに叫ぶ。

 でも、彼が黙って駅に戻ってくれたのは本当にラッキーだったと思う。ほどなく駅に着くが、時刻は5時半を切っている。ドライバーは往復で600ルピーだとふかっけ、ポーターは時間がないから500ルピーだとぬかしやがる。ふざけやがって!でも、ここでケチっても仕方ない。アナディが待っているのだから、今日何がなんでも会いに行くのだ。
 そしてポーターにチケットを見せて、ホームへ。さっきの荷物検査の前にはあの役人はいない。そしてプラットフォームには普通に列車を待つ人々。
 やれやれ、やっぱり騙されたんだ。
 結局、列車は三十分遅れで何事もなく出発した。私はどっと疲れてシートに沈み込む。ぱりっとアイロンのかかった制服を着て、恰幅良く上品ないかにも役人風のおじさんが、チケットのチェックにやってくる。そうだよな、国鉄の職員ってこんな感じだもんな、あのポン引き顔の兄貴たちとは全然違う。
 もし、列車に乗れなかったら?あのタクシーに変なところに連れていかれたら?私はどうなっていたんだろう?と考えるとゾッとした。
 それにしてもあんな初歩的な詐欺に騙されるなんてどうかしている。魔が差したとしか思えない。
 ふと昨夜のヒジュラのお姉さんたちを思い出した。私、彼女たちに魔法をかけられたのかも。でもこうやって無事だったのは、ちゃんとお金を渡したからかな。あの人たちにからかわれたんだろうか。やっぱりデリーは怖い所だ。
 列車は定刻を1時間遅れて終点のカタゴッダムに到着した。駅の外に出ると、すぐに一人のドライバーに声をかけられた「アルモラへいくんだろう?アナディから頼まれて迎えに来たんだ。」

アナディとのミーティング

 車に乗るとすぐに、山道を登り始める。3時間ずっと山を登ったり降りたりだ。アルモラは渓谷の斜面沿いに家々が並ぶ比較的大きな町で、アナディはここからさらに15分ほど先のパパルサリという街に住んでいるとか。アルモラに着いた時点で彼に電話をすると、近くの「ラリーズ・イン」というよろず屋で待っているからと言われた。
 車を降りると、山特有のぴりっと澄んだ空気が肌に染み込む。カダゴッダムはデリーと変わらない温度だったけど、ここまで来ると大分気温が下がる。朝晩はかなり冷えそうだ。よろず屋の前で待っていると、アナディがバイクに乗って現れた。坊主頭でジーンズにセーター、革ジャン。グルっぽさは微塵もない、本当に気さくな普通のおっさんなのだった。「よく来たね、じゃあ宿に案内するから」とメインロードから一本入った林の中の細道を歩く。小さなゲストハウスがあり、ここに部屋を予約したからと言われた。一泊500ルピー。簡素な部屋だが机と椅子、キッチンもあり、何より熱いシャワーが出た。「明日か明後日には個人セッションできると思う、時間がわかったら連絡するよ。」そう言って彼は立ち去って行った。
 さて、今日から1週間、アナディのセッションがある以外、特に予定はない。ここでじっくり「Pure Me」を定着させる練習をしろってことね。

 宿には誰も宿泊客はいなかった。宿の主人はディワンという名で、ラクシュミという奥さんと一緒に経営していた。ラクシュミは昼間はフェアトレード系の織物工房で働いており、昼間はディワンが一人で宿を管理している。あたりに食堂はなく、頼めばこの宿で作ってくれるし、「ラリーズ・イン」でも食べることができるとか。周りには数件のゲストハウスしかなく、日が暮れると、本当に静まり返ってしまう。
 翌日から私はゲストハウスの周りを散策することにした。「インド瞑想を巡る旅 1」にも書いたけれど、このあたりは昔からスピリチュアルな探求者や芸術家を引き寄せてきた土地であった。アルモラはイギリスの植民地時代に作られた町らしく、風光明媚で一年を通じて比較的温暖な気候ということで、かつては見晴らしの良い場所にイギリス人の別荘がいくつも建っていたという。
 パパルサリからさらに車で15分ほど山道を登ると、カサール・デヴィという村があり、山の尾根沿いに家々が点在している。晴れた日には遠くにヒマラヤ山脈が見渡せる。村にはドゥルガー女神を祀る有名な寺院があり、そのあたりからの夕日は観光スポットとしても有名だ。そのドゥルガー寺院は近代インドが誇る成人スワミ・ヴィヴェーカナンダが瞑想して、特別な境地を得た場所として知られており、さらに「チベット死者の書」の翻訳をしたオランダ人のスニヤータ・ババがその裏手に住んでいたという。
 そして最近になって NASAの調査によりこの寺院一帯には特別な磁場があると判明したそうだ。同じ質の磁場を持つ場所は、ペルーのマチュピチュとスコットランドのストーンヘンジだけらしい。知られざるインドのパワースポット!

 確かに今まで色々な場所を旅して来たが、ここはなんとも不思議なエナジーが感じられた。山の尾根に広がる村は、本当に静かで、視界はずっと遠くまでひらけているのに、風はなく、しんと静まり返っている。11月はまだ秋の終わりで、あちこちに鮮やかな花々が咲いている。そこに集うミツバチの羽音がいつもぶーんと聞こえていた。もしかして天国ってこんなところじゃないかしら、と歩きながら思う。空が近く、宇宙のエネルギーがいつも辺りに降り注いでいる感じ。確かに芸術家が集まるのは納得だ。直感のアンテナが活発化しそうな空気感なのだ。
 宿の近所のよろず屋には、近郊で採れたハーブで作った様々な地産品が売られている。せっけん、ハーブソルト、化粧品、ハーブティーなどなど。地元の女性たちが作るニットやショールなども有名らしい。
 調べるとかなり興味深い場所なのだが、観光客はとても少なく。どの店も閑散としている。私はアナディの他の生徒に出会えるかと思ったが、それらしき人も見当たらない。そして二日経ったがアナディはなんの連絡もしてこなかった。
 日々の話し相手は宿の主人のディワンと、「ラリーズ・イン」の店主のターラだけだ。私は彼らから情報蒐集をすることにした。
 それによるとアナディは15年ほど前からここに住んでいるらしい。彼はここからバイクで十数分離れた周囲から孤立した森の中に住んでいる。その場所は生徒には秘密で、許可なく近づくこともできないそうだ。生徒はアナディが指定した宿に泊まることになっている、なぜなら、カサール・デヴィあたりはいわゆるスモーカーズプレイスで、瞑想するにはあまり適していない。ということで、比較的周囲の喧騒から離れた孤立した宿が選ばれている。
「私はどんちゃん騒ぎが嫌いだし、宿泊者にガンジャ(大麻)を禁じているからね。だからアナディはここに生徒を泊めるんだよ。」とディワンは言った。

 ほとんどの生徒は10日間ではなく、40日の長期リトリートに参加する。11月と1月に行われる二回のリトリートに続けて参加する人も少なくない、二回のリトリートの間に生徒たちはアルモラに来て、静かに過ごす。リトリートが終わっても、また戻って来て春先までいる人もいる。「ラリーズ・イン」のターラにも「なんだ10日しか参加しないの?それじゃあっという間だね。」と言われた。
 他にも何人か近くの宿に生徒が泊まっているとのことだったが、きっと瞑想をしているのかもしれない。最後まで出会うことはなかった。先生が近くに住んでいて、生徒が集まっているのに、全くコミューン化していないのが面白かった。
 ようやくアナディから連絡が来て、今風邪で寝込んでいるという。二、三日中に時間を作るからと書かれていた。

「Me (私)」とは、わたしたちが名付けた、全ての生命に根本的に備わってる自己の感覚だ。もしもあなたが誰か無意識的な普通の人に「あなたはどうやって自分が自分だと知るのですか? あなたはどうやって自分の人生が自分のものだと知るのですか?」と尋ねたら、その人はこんな感じで答えるだろう。「ただそう分かってるだけさ。」

 でもどうやって彼は知るのだろう?彼が自分のマインドをコントロールできず、しょっちゅう自分の考えを見失うような状態だとしても、彼は自分が自分であると知っている。もしもあなたがさらに確証を得るために尋ねる。「あなたは何を持って、自分が自分であると知るのでしょうか。その「あなた」とは何なのですか?」彼はどうやって答えて良いかわからないはずだ。もしくは「ただそう感じている」と答えるかもしれない。なぜだろう? 彼は「私」でありながら、「私そのもの」ではないからだ。彼はダイレクトに「私」には触れていない。彼個人の主体は、あいまいな自分自身の感覚だけで、それ以上には彼は自分の主体性には意識的ではない。人間は機械のように生き、自分自身に気づいていない。それはとても悲劇的だ。
          アナディ著「Divine Path of Me( 私の聖なる道 )」

 私は日々、瞑想し彼の著作を読み、あたりを散歩し、最初の関門である「Pure Me」の定着化に努めたが、そう簡単にはいかない。だいたい普段からぼーっとしている私なのに、起きている間中「Pure Me」に注意を保つのは至難の技だった。どうやってったって出来そうにないのだった。
 一方でアルモラの空気に私は深く魅了された。特に、ドゥルガー女神を祀るカサール・デヴィ寺院に特別なコネクションを感じ、気が向けばそこへ出かけた。ちょうど山を登って40分ほどの距離、いい運動だ。帰りに「ラリーズ・イン」でコーヒーを飲んで、ターラと世間話をするというのが日課になった。
 5日目にしてアナディから明日ミーティングができると連絡が来る。翌朝、指定時間に宿の部屋で緊張して待っていると彼がやって来た。
「さあ、どんな感じかな?」
「あまりうまくいってません、人と話したりしているとすぐに外れてしまいます。」

「最初はあまり簡単じゃないよ。注意には三つの方向があるんだ、まず「External Attension (外部への注意)」これはあなたが普通に外界の色々なことに反応している注意、そして「Internal Attension (内部への注意)」これが「Pure Me」に向けられた注意。そして「Pure Attension(純粋な注意)」これは「Pure Me」そのものの注意だ。「Internal Attension (内部への注意)」が「Pure Me」と外の世界とのブリッジになる。あなたはこの「Internal Attension (内部への注意)」を育てなければならない。これが外れると無意識のマインドに巻き込まれてしまう。だから普段から二つの方向へ注意を保つのだ。外の世界と、「Pure Me」へ。二つのことを同時に行う、歩く、話す、食べる...そうしたことをしながら「Pure Me」を保ち続けなさい。そして最後は完全にアイデンティティを「Pure Me」にシフトさせるんだ。」
「それは、果てしなく難しいように感じます。」
「このアイデンティティのシフトができなければ、何をしたところで無意識のマインドに巻き込まれるだけだ。これが、どんなに大切なことか分かるかい?そうでなければ人間はマシンだよ。いくつもの私に分裂したまま、無意識の中で人生を送り続けることになる。
「私自身とひとつになること以上に、大切なことがあると思うかい?「Pure Me」と恋に落ちなさい。誰かに恋したら、その人のことばかり考えるだろう?それと同じだ。「Pure Me」に恋しなさい。」
「時々心配事に心が占領されると、それどころじゃなくなります。私は今とても不安定な状況にいて、そのことを考えるとすぐに、巻き込まれてしまうのです。」
「ほら、今君は「Pure Me」を失ったね。思考は悪いものじゃない。無意識的に考えることが問題だ。あなたが思考であれこれ考えたとしても、何もならない。「Pure Me」をしっかり結びつけること以上に大切なことは何もない。必要なことはあなたの魂がみんな知っている。あなたの魂に仕えるんだよ。」
「毎日自分がどのくらい保てたか、チェックしておきなさい。どのくらい進歩しているか認識しておくのは大切だ。歩くのは単純な動きだから、いい練習になるよ。」

 最後に彼は、私の額に手を当てて、後頭部へエネルギーを通すように、第三の目を指でトントン軽く叩いた。ずっしりと重たい何かが額から後頭部へ抜けていく。「10分ほどそのままでいなさい。」と言い残しアナディは立ち去った。
 私はその場に座り込みしばらく呆然としていた。部屋の中がものすごくクリアでシャープなエネルギーに包まれていた。彼が座っていた椅子には、まだその存在感がくっきり残っているようだった。彼と目を合わせていた時の、深い井戸の中に引き込まれるような透明な光が忘れられなかった。
 その眼差しの深みから彼は言った。「私自身と恋に落ちなさい、それ以上大切なことは何もない。」
 何か非常に重要なことが起こった気がした。彼の深い瞳の底に鏡があり、その瞳に引き込まれた私は、そこで自分自身に出会った。
「あなたが恋するのは、外側の誰かじゃない。あなた自身なんだよ。」と瞳は私に語りかけていた。
 しばらく動くことができず、部屋の中でぼんやりとしていた。夕方日が暮れる前に、いつものようにドゥルガー寺院まで歩いた。彼の言う通りに注意の方向を意識すると、確かに今までよりは上手く保つことができた。
 寺院に着いて、ドゥルガー女神の前で、目を閉じて座った。小高い山の上にあるドゥルガー寺院はこじんまりしていて、参拝者もそれほど多くない。大きな岩の洞窟の中に女神が祀られ、それを覆うように建物が建っている。周りは猿が多く、時々大群に囲まれると怖かったが、その日はとても静かだった。
 目を閉じて内なる自分と繋がっていると、どっしりとした静けさ、落ち着きと力強さを感じた。アナディのエネルギーの影響で、いつもよりもその感覚ははっきりしていた。私が私であるということ、それはエクスタティックな程の確かさだった。
「ああ、私は私であってよかったのだ。むしろ私がどこかへ行ってしまうことが問題だったのだ。」
 私を越えていこうとするあまりに、私の中の器はずっと空っぽだった。そのからぽの器を満たした時、忘れていた最愛の友は今までもずっと、自分のそばにいたのだと気がついた。
 それはとても静かで、透明で、国籍も、性別も、年齢もなかった。広大な気づきとともにいる私だった。それは小さい時から、今までずっとそこにあるものだった。つまり、いかなる体験の影響も受けていないのだった。こちら側が本当の私だとしたら?ずっと探していたのは私自身で、ずっと愛していたのも私自身だったとしたら?

 私の中で、強く静かな声がした。
「そう、だからあなたはもう外側の何かに自分を差し出さなくていい。あなたはずっと自分を弱く惨めな存在だと思って来た。この人生だけでなく、その前も、もっと前の人生も。
 他人に自分を差し出すことで、自分に価値を見出していた、あの儚く、芯のない、分離したあなた。それはあなたではない。自分を惨めにするゲームはもうやめなさい。」
 それはダラムサラの瞑想中に聞いた声と同じトーンだった。強くとても静かで私に力を与えてくれる声。私は目を開き、ドゥルガーを見つめた。彼女が私に何かを語りかけ、深い何かが呼び起こされていように感じた。
 
 それは私が私自身であることの強さ、私の本当の内なる強さだった。

瞑想リトリート

 ドゥルガーとは「近寄りがたい者」を意味する名で、破壊と再生を司るシヴァ神の神妃として、美しき戦いの女神として、インドでとても人気がある。10本あるいは18本の手にそれぞれ武器を持ち、トラに乗った姿で描かれる。元来はインドの先住民の土着神で酒や肉を好む血なまぐさい処女神であったと言われる。
 戦いに勝つこと、障害の克服、成功や力、勇気を持つように後押しし、守護して暮れる女神だ。

 彼女が体現するエネルギーは、まさに今自分が必要とする強さだった、声はドゥルガーを通して、私自身の深いところからやってきた。そのような強く断固とした響きを持つ声を、それまで自分の内側で聞いたことはなかった。私は臆病でいつも何かに怯えていて、自信がなかったので、誰かの外側のアドヴァイスを必要としていたのだ。だからそのような強い声が内側から突如やってきたのは、私には鮮烈な驚きであった。
 結局、アルモラでは旅人と話す機会はなく、アナディのミーティングも一度だけで、ほとんどの時間を一人で静かに過ごしていた。「Pure Me」の定着は先の長そうな道のりだったが、何より私はこのアルモラとドゥルガー寺院が大好きになった。時間があれば寺院まで出かけ、ドゥルガーの顔を眺めながら座っていた。1週間はあっという間で、もっと長くこの場所で過ごしたいと思い始めていた。「1月のリトリートにも参加しようかな。そしてもっと長くアルモラで過ごしてみたい。」

 11月10日からアルモラから車で4時間ほどのコルベット国立公園でアナディの瞑想リトリートが始まるので、私はアルモラを離れ、山を下って会場まで向かった。会場は野生公園の中にある宿泊施設で、バンガローやテントが点在している。私が通された部屋はテント部屋だった。テントといっても中は結構広く、ベッドもあるし、トイレやシャワーも付いている。周りは森に囲まれ、夜は真っ暗になる。昼間は猿の群れがあちこちで走り回るので、食べ物は要注意、夜間は動物、時にはトラやゾウが現れることもあるから、音を立てて歩くようにと注意された。第一日目に簡単なガイダンスと、カルマヨガ(私は歩行瞑想用の小道の掃除)の説明があり、夜に瞑想セッションが一回あり、翌朝からは完全なるサイレンスで過ごすことになる。話すことはもちろん、目を合わせることも禁止。何か事務的な質問などは、スタッフに手紙を書いて指定の箱に入れる。生徒同士での手紙の交換はもちろんNG。
 公園内は方向音痴の私には迷いそうな広さだが、リトリートが始まるともう誰にも何も聞けないので、必死に道を覚える。
 参加者は30人ほどで思ったより少ない、ここでもイスラエル人が多い。あとはカナダや、イギリスなど寒い国の人たちが多い。インド人は一人だけ。アナディのティーチングはどちらかといえば知性を使うので、北国の人向きなのかも。

 瞑想セッションは1日6時間。朝と夕に1時間、午前と午後は歩行瞑想を挟んで2時間づつ。合間に食事休憩が入り、その間にカルマヨガの時間がある。ヴィパッサナー暝想のスケジュールに比べればかなりゆるい。しかし生徒のほとんどは40日コースで参加するらしいから、このくらいじゃないと息切れするのだろう。
 毎日暝想の15分前になると、係の人が韓国寺で使われている木魚を鳴らしながら、公園内を歩く。暝想中は白い服の着用が勧められており、木魚がなると服を着替えてホールへ向かう。開始五分前にはちゃんと座って、瞑想状態に入っていなければならない。
 そのままアナディが来るまではサイレントで瞑想する、彼がすぐやって来ることもあれば、かなり待たされることもある。遠くから足音が聞こえて来て、ドアがガタっと開く、その間も目を開けることはできないが、だいたい足音の雰囲気でアナディが入って来たとわかる。鈴が三回鳴ってセンション開始。
 しばらくするとアナディが話し始める。講話とガイド瞑想を足しで二で割ったような感じ。内容は分かったりわからなかったりだ。正直話していることが全く理解できない日も多かった、それでも彼がいるのといないのでは、瞑想の質は全く変わって来た。多分ガイドしながら、実際にエネルギーを動かしているのだろう。日々いろんなことが起こった。
 アナディのエネルギーはティルバンナーマライで出会ったジョンのように強烈な爆風のようでもなく、ケーララの聖者アンマのように、ハートが開いてウルウルしてしまうような質でもない。彼の話し方も割合淡々としていて、ダラムサラで誘導瞑想してくれたレナート先生の方がよっぽど上手いとさえ思う。
 しかしそのエネルギーは非常にシャープで、クリスタルのように透明でシャキーンとしていた。最初は分かりにくいが、いつのまにかその硬質でクリアな何かが、じわじわと体の中に浸透していると言う感じだ。
 瞑想ホールには黄色地に毛筆で円が描かれ、真ん中にハートが描かれた絵が貼ってある。これは彼の教える全一性への三つの扉、「Consiousness (意識)」「Being (存在)」「Heart (ハート)」のシンボルだ。他には小さなシヴァ神の絵と、美しい花々がいつも生けられていた。
 ホールだけでなく、リトリート会場のあらゆる場所に花が飾ってあった。食堂のテーブルのみならず、トイレの中にまで。それはハートの感受性に開いていくための配慮であろう。リトリートの受付時に予約すると、花のデリバリーまでしてくれた。夜の瞑想タイムには香が焚かれ、音楽が流れていた。大抵はクラッシックでピアノ曲が多かった。
 全体として、特定の宗教やアナディをグルと仰ぎ見させるような装置は一切なかった。アナディ自身もグルというよりは、天才肌の瞑想家といった趣きだった。

 私は日々、彼から出された課題である「Pure Me」を保ち続けることに努めた。瞑想中はなんとか出来ても、日々の生活の間はそれは簡単に失われてしまう。アナディが進歩を記録しておくようにと言ったので、ノートに表を作り朝のセッション、朝食、着替え、歩いている間などなど、日々のスケジュールを並べ、そのくらい保てたかチェックした。どこで失われやすいかが分かれば、そこを重点的に気をつければいいからだ。食いしん坊な私にとって、食事の時間はかなりの難関だった。
 3日目の朝、セッションが終わって目を開けると小さな手紙が置いてあった。開くと午後にアナディとミーティングがあるから、所定の場所で待っているようにとのこと。瞑想ホールの脇の建物に彼は住んでおり、ミーティング用の小屋があった。そこで待っていると彼が入って来る。

「さあ、進歩の具合はどうかな?」
「相変わらず難しいです。話についていけません!」
「どこが分からないのかな?」
そこで私は彼の使う用語とその指し示すポイントを、ひとつひとつ確認していった。それでも、わかった様な分からない様な迷路に入り込んだ気分になる。
「最初から全て理解しようと思わなくていい。」
「なぜこんなに細分化されてるんですか?」
「そこに実際それがあるからさ。数学よりずっと簡単じゃないか。もしあなたが何も知らない人に「Me」や「I am」 だの、「Pure Me of Consiousness 」、「Pure Me of Being 」なんて話をしたら、頭がおかしいのかと思われるだろう。でも君は今はそれが存在することを知っている。だから焦らなくていい、そのうちわかるから。君は全くの初心者としてここに来たけど、普通はちゃんと本を読んで勉強してから来るんだよ。私の話についていけなかったら、出された課題を練習しなさい。」
 そんな話をして、最後にエナジー調整をしておしまい。時間にしたら40分くらいだったろうか。彼のミーティングは短いし、余計な話も一切ないが、なぜかとても深いところで「出会っていた」という気がした。それはアナディ自身がそのくらいの深みに存在し、話をしているからだろうと思った。

 私たちの内なるリアリティは、「Me(私)」 と「 I AM(私はある)」という二つの根本的な要素から構成されている。「私」が認識されるとき、それはあなたの個としての主体を体現している。それはあなたの魂の本性で、あなたの存在に本来備わったものである。「I AM」はユニヴァーサルな主体である。個を超えた実存としての本性だ。それはあなた自身、もしくは「私」という感覚に属する全てを超えている。この道の中で、あなたの「私」が目覚めることは、あなたの魂に生を与える。一方、あなたは「I AM」を目覚めさせるのではない、あなたはそこへサレンダーしていく。サマーディーの境地とは目覚めた「私」と「I AM」のユニティだ。

 探求に入ることは、私たちの「私」のエッセンス、「魂」と出会うことであり、道を歩くことは、その完成に向けて、磨きをかけていくことである。私たちの魂は「Consiousness (意識)」「Being (存在)」「Heart (ハート)」のレベルで出会い、活性化される。
「Consiousness (意識)」の中で、私たちは明晰さの光と、より高く輝いた存在と出会う。スピリチュアルな「Heart (ハート)」は私たちのフィーリングと愛のセンターであり、神聖さのエッセンスだ。そして「Being (存在)」は絶対へのコネクションである。それは私たちの実存の根源であり、顕現されていない創造の土台である。
        
  アナディ著「Divine Path of Me( 私の聖なる道 )」

 注意して欲しいのは、アナディの言う「私と恋に落ちなさい」という「私」とはわたしたちが通常表層的に「私」と考えているその「私」とは別物だ。いや、別物というのは正しくない。それも「私」の一部ではある。「私」とはとても多層的でミステリアスな存在なのだ。しかし普通私たちはその「私」のほんの表層部分しか認識していない。表層的な「私」は様々な感情や思考や価値観や記憶などの集合体だ。それらは常に周囲の環境や無意識に影響されて、絶えず変化し揺れ動く。普段私たちが「私」と認識しているこの表層的な私は、全く芯を欠いて実体がない。そのあまりに頼りない「私」を私たちは「私」と認識し、揺れ動く思考や感情に翻弄されながら、この人生を苦しみながら生きている。
 その表層的な「私」は本当は全く実体のないもので、そこにアイデンティファイをすることがあなたの苦しみの原因なんだよ、というのが多くの伝統的なスピリチュアルな教えの言うところで、アナディのティーチングもそこは全く変わらない。
 彼は自己愛の大切さをくり返し述べているが、それも表層的な「私」を愛するというのではなく、もっと深いレベルにある本来の私であるものへ、目覚め、触れ、開かれていきたいという私自身への深い熱望のことを言っているのだと思う。
 「私を落として、私を超える」のではなく、「私という扉をくぐり私と出会い、そこから私を超えたものとひとつになる。」乱暴に言えばそんな違いではないだろうか。けれどその違いは果てしなく重要だと思う。

存在の耐えられない重さ

 日々は淡々とすべるように進んで行く。スケジュールは毎日同じ、二、三日もすればリズムが出来上がってくる。
 食事はインド料理中心のシンプルな菜食、ほとんどが西洋人の参加者だから、味付けはさっぱり目で、茹で野菜やサラダも大量に出るし、夜はデザートも並ぶので全く不満はないどころが、いつも食べ過ぎていた。チャイとジンジャーティーは常に用意されている。部屋も近代的な設備なので、心に余裕を持って暮らせる。
 午前と午後には歩行瞑想の時間がある。座る瞑想が終わったら、リーダーがベルを鳴らし、それに合わせて前の人と一定の距離を保ちながら、公園内の小道をゆっくり歩く。白い服を着た人たちの列が、緑の中のゆっくり移動して行く。誰も話す人もなく、人々が木々の間を通り抜け、落ち葉を踏みしめる音だけがカサカサと聞こえてくる。私はその様子を見ながら歩くのが好きだった。二十分ほど歩いたら、再びホールに戻って瞑想する。時々、アナディはホールに現れず、生徒たちだけで自習する日もあった。
 瞑想が深くなると、エネルギーが内側に集まり、そのまますとーんと下に落ちていく。ただ自分がそこにあるのだ、という感覚の中に入っていける。体が地中に吸い込まれるように重く感じ、瞑想が終わってもしばしその重みに凍りついてしまう。ホールの外には、椅子が置かれていたので、私はよくそこに座って、呆けたように緑を見ていた。ただ世界が存在しているということの重さに、圧倒されていた。

ただあるということの中いると
私と世界の境界線はない
私たちはただ、みんなあるだけ
木はただあり
鳥はただあり
花はただあり
空はただあり
私はただある
そのある中にありつづければ
名前ななく、思考はおこらない
みんないっしょにあるだけ
まるいまるい世界のなかに
ただみんなあるだけ
そしてそのあるという世界の中に染み渡る
「私」とは一体誰だろう?

 夜の音楽タイムは、最初は違和感を感じて落ち着かなかったが、次第にサイレントが深まってくると、1日の最後に聞く音楽の、その旋律の美しさに、撃ち抜かれた。ピアノの一音一音がハートに染み渡り、古い記憶や感情が呼び起こされた。時々涙が止まらなくなった。泣いているのは私だけではない、その音楽タイムでは誰かしらのすすり泣く声が聞こえていた。
 肝心の「Pure Me」の定着化はなかなか進歩しなかったが、ドゥルガー寺院での出来事以来、声が私の中で聞こえてくるようになった。それは私であるが私を超えて、いつも強く静かで、智慧があった。声は望んだ時にいつも聞こえるわけではなかったが、時々会話ができた。彼女は誰なのだろう?それは上から降りてくる声というよりは、とても深い所からやってくる自分自身の声だった。これが魂からの声なんだろうか。

 リトリートの最後の日、アナディとの2回目のミーティングがあった。私は彼に内なる声のことを聞いてみた。これは一体どこから来るのですか?と
「Pure Me 」には人格はない、もっとピュアなエネルギーだ、だからそこに何か人格を感じるとしたら、それはあなたの内なる知性であり、魂からのタッチだろうと言われた。もっと色々説明してくれたが、飲み込めず... 私がよく分からない顔で聴いていると、
「もっと勉強しなさい、頭をちゃんと使うんだよ。君は英語力も悪くないし、知的な人間だからしっかりと本を読みなさい。」とのことだった。
 この手の勉強で「頭を使うな」と言われたことはたくさんあるが、「頭を使え」と言われたのは初めてな気がする。私はその言葉に好感を持った。勉強すれば理解できるということに希望が持てたのだった。
 私はこれからスリランカにビザの更新に行かなければならないが、また1月にリトリートに戻って来たいと言った。
 「じゃあデリーに着いたら連絡をくれるかい?パハールガンジに泊まるんだろう?実は買って来てもらいたいものがあるんだよ。もちろん代金は後で払うよ。バイクの部品なんだけど...」
 アナディは大のバイク好きなのだ。
「私はいつも自分の生徒に買い物を頼むんだ。」

 翌朝早朝、私は一人でリトリート会場を出た。他の人はまだまだ瞑想合宿が続くのだ、入り口にタクシードライバーが迎えに来ていて、「どこの駅に行くの?」と聞かれたので「カタゴッダムまで」とおもむろに10日ぶりに声を出し、サイレントは終わり、日常が再開する。駅は始発駅で、列車はすでにホーム入っている。何事もなく座席に落ち着き、一息つく。なんだか夢の中の出来事のようだ。全てに現実感がなく、後頭部が重くてフラフラする。
 イヤホンで音楽を聴きながら車窓を眺めていると、毎晩の音楽タイムで凍りつく様にただ音を聞いていた、静かな時間を思い出した。自然と音の中で瞑想に引き込まれ、そしてふと思った。

「私が本当の私として、人生を生きる。自分の魂に触れ、人生に調和をもたらす、私自身ともっと深く共にあること。悟りとかエンライトメントとか、ニルヴァーナでもなくて、今の私の、この人生に必要なのはシンプルにこれだけかもしれない。
 それが答えだとするなら、もうインドを旅する理由はなく、インドの聖地をあちこち巡る必要なんてないのかも?」
 
「いやいや」私は急いでそれを打ち消した、まだまだインドに居たい、やりたいことだってある。今日本に帰ってどうするの?
 
列車は喧騒のデリーへ向けて走っていく。

存在とダンスをしなさい
存在と手を離さないで
勝手にどこかに消えてしまわないで
存在し続けなさい この時間の中に
自分自身と一緒に居続けるのです
あなたがずっと遠くへ行っているときも
私はずっと存在し続けています
だから私は重いのです

あなたは この世界の中に存在していなかったんだよ
ずっとカゲロウみたいに実体がなく
影の様に揺れて怯えて 生きてきた
あなたは自分が今まで生きてきたと思っているけど
本当は幽霊と同じ

生きなさい
本当に
本物として

この世界に存在し続けなさい
この夢の世界で
本物として


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