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アニメ『ゴールデンカムイ』30話 悪兆

 画像は北海道開拓村にある、当時の鏡台。

 アシリパ一行は、樺太の国境通過へ。すると彼らをロシア兵が襲撃します。
 狙いはアレクサンドル2世暗殺犯であるキロランケの殺害。アシリパは、指名手配犯の中に、父の名と肖像画も見出します。

アイヌの血を引くタタールとして、ロシアで生きること


 ロシアは多民族国家――ということを、なまじ冷戦下のソ連は忘れさせていたのかもしれません。いや、歴史がそうしたのか。
 ロシアにとって、キロランケたちのような少数民族、アジア系は厄介なものでした。モンゴルに制圧された【タタールのくびき】という苦い歴史もある。
 
 ロシアという国家は、東西に広いだけに、アイデンティティに苦しんできた。
 ヨーロッパ人か? それともアジア人か? 西につきたい! そういう背伸びはありました。ピョートル大帝が髭に税金をかけたり、宮廷ではフランス語を話し、フランス語名を名乗ったり。歴史を見れば、その歪みも見えてきます。
 ナポレオン戦争にせよ、第二次世界大戦にせよ。ロシアはいいようにされている。
 一致団結してナポレオンなり、ヒトラーに対抗するときは、「同じヨーロッパ人として戦おう!」と言われる。それも強敵が倒れるまでのこと。
 倒れたら、
「でも、ロシアなんて、結局は野蛮なアジア人なんですよ……」
 と、多大な犠牲なり、戦功を、過小評価される。このロシアの立場を、もっと明確にやられるのがなまじ【脱亜入欧】を掲げた明治以降の日本でもあるのです。
 そういうロシアからすれば、アジア人である少数民族なんて、なかったことにしたい思いがあっても致し方ないのかもしれないけれど。
 そう言えるのは、踏まれる側じゃないからだ! でも……踏まれる彼らだけでは立ち向かえない。ゆえに、当時生まれつつあった共産主義革命にキロランケとウイルクは協力したわけです。

 北海道の歴史をみていくと、どうしたってアイヌは避けられるわけもない。北へ、樺太へ、するとロシアにまで到達する。これが本作の醍醐味であり、樺太行きは必然であったと思えるのです。

狙撃手のセオリー

 そしてここからは、尾形とヴァシリの狙撃手戦になります。
 狙撃手戦は待機が持ち味なので、フィクションではなかなか難しいかもしれない。私が好きな炎の英雄・シャープシリーズは、原作はともかくドラマ版はあまり狙撃しない。世界初の狙撃手部隊・イギリス陸軍第95ライフル連隊なのに、しょっちゅう軍刀で斬りかかって蹴り入れてる……まあ、当時のライフルはそこまで万能でもないし、フランス軍は距離詰めてきやがるし。そういうもんよ。おもしろければいいんだよ! 

世界初のスナイパー部隊・英国陸軍「グリーンジャケット」がナポレオンを撃破! https://bushoojapan.com/world/england/2020/08/29/104679 #武将ジャパン @bushoojapanより

 とはいえ、シャープとちがって尾形は接近戦がそこまで強くないし。寒冷地の対処はヴァシリが上だろうし、尾形はどうするつもりでしょう?
 ヴァシリは異変に気づく。あとずーっとモノローグ話しっぱなしだ。そりゃロシア語でずっとこれはできない。
 狙撃手は目がと観察眼がないとつとまりません。足跡や敵の痕跡を探るヴァシリ。近接戦闘でもこれができる奴もたまにいますが(『鬼滅の刃』冨岡義勇他、実は鯉登も。スタンドバトルの『ジョジョの奇妙な冒険』も顕著)、近接戦でモノローグ解禁してアニメにすると相当きついことになる。狙撃手なら安心だ!

『鬼滅の刃』冨岡義勇との付き合い方~コミュ障で片付けず本質を見てみよう https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2020/10/28/151624 #武将ジャパン @bushoojapanより

 ヴァシリが気づいたのは、棺でした。気づいた直後、頬を撃たれてしまう。どうせなら眉間がよかったんですけどね。尾形は名狙撃手ですが、実はそこまで一撃殺害率が高くない。銃の性能もあるのでしょう。一撃殺害率が高いのは鯉登です。杉元は手数が多いけれど、いきなり必殺というわけでもない。

 尾形は足止めしたあと、とどめを刺すことを覚えた方がよいかも。とはいえ、狙撃手だから、そこは厳しいか。作劇上、リーチが長い上に一撃殺害率が高いとややこしいので仕方ないところでもある。

 尾形は、雪を口にふくんで白い息を隠していたためか、風邪をひきました。こいつは茨城県民ですし、第七師団にいたとはいえ、防寒がちょっと甘いのかも。
 八甲田山死の行軍、あるじゃないですか。あれは太平洋側(岩手、宮城、福島県浜通り等)出身者と、日本海側(青森、山形、福島県内陸部等)出身者では結構な犠牲の比率にちがいがあったそうです。後者は靴下に唐辛子を入れるとか、そういう気遣いができたそうです。
「東北出身なら寒さに強いんでしょ? 鎌倉で遊んだの? スキーは得意?」
 そう言いたくなるかもしれませんが。東北は広いし、県によるわけです。茨城は東北でもないわけですし。

肋骨服を着た少尉

 そしてここから、肋骨服の幽霊が出てくる。軍服からして鯉登より若いとわかる、そんな士官です。兄様ってさわやかに喋っている。アニメになったらどういう喋り方か気になっていましたが、さわやかでした。

 それにしても、この尾形って実は鯉登と対比させるとおもしろくなるんですね。出てこないのになんであいつの話ばっかって思うでしょうけれども。薩摩閥の父を持っているわけだし、庶出と嫡出だし、士族の名前持ちだし。いろいろ比較対象としておもしろい。尾形は複雑なようで、鯉登のある意味でのたちの悪さと比べるとまっとうで、普通の奴だな……と思います。

 ここから尾形と勇作の回想シーンへ。ここで勇作を見てください。軍帽をかぶっていて、髪の毛も短いことがわかる。鯉登は軍帽を滅多に被らないうえに、七三分けで結構長い。ああいうことをあの階級、年齢でやらかす奴は、無茶苦茶舐め腐っていて軽薄な愚か者扱いをされる宿命にあります。尾形ですら、鶴見を裏切ってからウキウキと伸ばしていたし、彼なりの叛逆のニュアンスはあったわけです。けれども、鯉登はなんとなくあの髪型にしていそう。空気が絶望的なまでに読めないんだ……。
 勇作と比較すると、鯉登はいろいろと問題がある。もはや、いうまでもないけど。あいつは第七師団内でもあんまり好かれていないと思うぞ!
 そんな鯉登と共通点が複数あり、陸軍内で浮いてしまった士官がいます。バロン西こと西竹一です。確証はとれていませんが、鯉登のモチーフの一人のような気がするのです。

西竹一(バロン西)42年の生涯を解説!世界のセレブに愛された貴公子 https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2019/12/23/118217 #武将ジャパン @bushoojapanより

 尾形は勇作を誘い、遊郭に向かいます。軍隊と遊郭はワンセット扱いです。儲かるので、軍都には遊郭がありました。学校のそばに軍隊の施設があると青少年に悪影響があると問題視された、なんてことも。
 北海道の遊郭か……曽根富美子『親なるもの 断崖』は傑作ですね。森光子『吉原花魁日記』もおすすめです。
 それにしても……尾形はどんだけ悲しい男なのか? 彼の母は、推察するに水戸天狗党の乱で落魄した士族の娘です。明治維新で身を落とした、悲しい女です。そういう母から生まれておいて、異母弟を遊郭に連れ込む。

尾形百之助のルーツと因縁を考察~薩摩と水戸の関係は『ゴールデンカムイ』 https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2020/01/16/115704 #武将ジャパン @bushoojapanより

 尾形は悪い男のようで、実はそう単純なだけでもない。明治以降のジェンダー問題を直視させてくる人物です。
 そういう目線がない話ならば、尾形は庶出であることを受容してもおかしくないとは思う。勇作に取り入って、虎の威を借ることだってできなくはない。庶出子が自分の出生を受け止めている例は、当時ならたくさんある。
 それなのに、まるで母の無念を晴らすかのように殺戮に向かう。尾形の出生があればこそ、当時あった悲劇的な様相や女性の搾取がわかる。尾形は意欲的な設定です。
 ただ、そんな尾形に敵対する側は災難ではあるのですが。

嫡子と庶子

 この遊郭の場面がうまい。
 遊女の顔から肩までは白粉で真っ白なのに、手元はそうじゃない。どれだけ化粧が濃いか、ということ。美意識も当然ありますが、軽い湿疹くらいなら隠せちゃう。梅毒の隠蔽ですね。病気予防の観点からも、遊女を買うのはよろしくありません。明治以降、梅毒予防は重要な課題でした。避妊具はあるとはいえ、普及はそこまで進まない。白石が性病ネタをかましていますが、淋病、かゆくなる程度なら軽いもので、最悪死にます。

 これが既婚者の場合ですと、悲惨のひとこと。夫が遊郭で病気をもらい、妻がうつされ、離婚なり流産なり病死なり……そういう悲惨な話がいくらでも出てくる。
 アイヌの悲劇も忘れてはいけません。松浦武四郎は、アイヌに罹り死にゆくアイヌ女性の哀れな姿を書き残している。彼女らは和人から性的搾取を受け、命まで奪われていったのです。

 それにしても、『ゴールデンカムイ』どころか少年誌の『鬼滅の刃』でも、遊郭の悲惨さが描かれることに、私は希望のようなものをむしろ感じる!
 花魁をスタイリッシュな存在として描く漫画や、映画化作品があった。花魁風メイクだの、カワイイ扱いとして消費されてしまう。ごく一部のスターのような花魁だけを取り上げて、よい商売だという刷り込みすら感じる。それを言うなら、黒人奴隷の中にだって白人主人の寵愛のもと、よい暮らしを送った人もおります。けれども、だからといって制度そのものが免罪されないでしょう?
 尾形の母や、堕姫と妓夫太郎に胸を痛める人がいるのはよいことです。その痛みが、誰かを思う気持ちになるのだから。

 この明治末期の童貞問題も興味深い。日本における貞操、こと男性の貞操とは、ごく短期間のみ重宝されました。この時代は、エリート男性にとって童貞こそが愛する妻への最高の贈り物となる時代でもあったのです。
 明治以降、男女論も熱いことになる。妾はありか、貞操はどうすべきか? ますます真剣に論ぜられるようになりました。勇作の内心はよくわかりませんが、真面目なエリートです。父からの教えだけでなく、純情ゆえに童貞を守っていたことは考えられます。

日本軍と遊郭、童貞神話 ゴールデンカムイ尾形百之助と花沢勇作の悲劇を考察 https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2019/03/19/122141 #武将ジャパン @bushoojapanより

 尾形の女性経験はわからない。けれども、不倫の結果生まれた庶子だ。何が童貞だ! そう思っていてもおかしくない。
 尾形の母が浅草芸者。庶子を捨てる。そういう花沢幸次郎の女癖もどうなのか? 浅草は芸者ランクとしても落ちます。もっとランクの高い芸者と遊び、子ができたら落籍し、庶子ごと育てて妾にすることもできたとは思います。外聞があるとかなんとか言っても、当時の上流階級がどんだけ遊んでいたかってことですよ。そうしなかったのは、中途半端に純情なような気がしなくもない。どのみち尾形からすればいいから死んでろ、で終わりますけど。

 そうそう、陰毛を魔除けにすること。性的なことに神聖性をもたせる思想は、古今東西割とあるものです。春画を火事避けに置くという迷信もあったとか。谷垣がやたらと肉体美を披露しますが、マタギも信仰的な意味で全裸になるようなことがありまして。谷垣の露出は、神への捧げ物だと思いましょう。

マタギが凄ぇ! 熊も鹿も仕留める山の猟師たち~ゴールデンカムイでも大活躍 https://bushoojapan.com/jphistory/food-jp/2020/10/29/114358 #武将ジャパン @bushoojapanより

 古代ローマのティンティナブラム(男性器型のお守り、『テルマエ・ロマエ』でもおなじみ)なんてものもありましたね。ですので、白石がああいうお守りをもらっているところも、興味深いと思いました。同じ回に、性的な力への祈りが出てくるとは!

血に貴賎はないのか?

 そんな尾形は、呪術による病気治療を受けます。近代医学から遠いようで、彼らなりに役だつ知識はある。とはいえ、先住民族が病気への抵抗力が低いことは証明されています。
 アイヌの模様を使ったマスクが、コロナ禍で流行していますよね。私はあれを見ると胸が痛むのです。アイヌがどれだけ病気に苦しめられていたか。そうして倒れて死を待つアイヌに、政府はどんな態度を取ってきたか。
 そのつぐないを、謝罪というかたちでも曖昧にしているのに。彼らの病への祈りに便乗しようなんて、そんなこと……私は到底、乗れないですよ……。

コロンブス・デーから「先住民の日」へ 侵略者たちは何千万人を殺したのか? https://bushoojapan.com/world/america/2020/10/12/104986 #武将ジャパン @bushoojapanより

 勇作は遊女を抱かない。そのあと鶴見が登場することで、あいつの汚い心理操作もわかります。血が高貴だのなんだのと鶴見は言うわけです。尾形は血に高貴なんてないと言うものの、どこまで本気なのか、反発ゆえなのか、判断が難しいところです。
 尾形は内心、自分の血が高貴だと言う誇りはあると思う。彼は士族両親の生まれである可能性が高い。水戸藩の士族はプライドが高いものです。世が世なら、立派な血の持ち主だった。認められさえすれば、高貴なはずだった。
 そういうことが常に頭にある。尾形の無意識が今回明かされる。

 ナントカ制限ダイエットって、ありますよね。あれが効果的かどうか。なまじナントカを食べないように避けるということは、そのナントカのことをずっと考え続けることにもつながりかねない。食べてはいけないはずが、かえって食べてしまう。そういうことにつながりかねないのです。アレルギーのように食べたら危険であればそうではないものの、ダイエットのような意識の力で抑えるものとなると、逆効果になりかねない。
 尾形は血の呪縛に絡め取られている。だからこそ、異母弟がつきまとっている。
 周囲からボンボンと言われつつも、当の本人は無意味に寄り道をし、野生動物を追いかけている。そんな奴がいたら、そいつこそ血筋は関係ないと心底思えている奴です。誰かおわかりですね?

 白石は用を足すふりをして、アシリパと逃げ出そうと持ちかけます。するとキロランケが背後に立ち、ユルバルスというタタール人の名前を言います。樺太アイヌの血を引くとも。
 キロランケの言葉を聞いていくと、世界観がどんどん広がっていくようです。先日、日本民藝館で「アイヌの手仕事展」を見てきました。常設展も目にするわけです。
 明の花瓶。朝鮮の白磁。こういう展示品には、なじみがある。
 でも、アイヌとはちがう。
 けれども、台湾先住民のものは、アイヌに通じるものを感じる。これは中国のドラマで満州やモンゴルの衣装や風俗を見ても感じることです。アイヌを知ることは、和人を知ることでもある。キロランケを見ていると、自分のルーツも考えてしまいます。
 アシリパが青い目を通して、金塊を得る意義について考えるところも普遍的です。世界には今も、紛争の種がたくさん散らばっている。そのルーツをたどると、19世紀から20世紀、帝国主義による分断につきあたる。キロランケが語るように、樺太千島交換条約が元凶になっている。政治が流血をうみ、その過程で金も生み出す。そういう構図を漫画なりアニメで見せてくるのですから、本作は勉強になります。

血に染まる手と、染まらない手

 勇作の幻影は、尾形を日露戦争の旅順まで引き戻します。
 勇作は旗手として突撃しています。この旗手というのも死亡率が高い。目立ちますからね。フィクションで旗もって少尉が走っていたら、文字通り死ぬフラグ持ちといった感はある。
 日露戦争は辛勝、実質的には停戦交渉にギリギリまで持ち込んだようなものですが、禍根はかなり残しました。そのひとつが、下士官死亡率の高さとも指摘されます。勇作のように戦死する下士官が大勢いたということです。実戦経験のある彼らが抜けたということは、痛手になりました。
 こういうことは歴史上ままある。長篠の戦いで下士官クラスにあたる階層が崩壊した勝頼もそう。2020年代の日本そのものもそう。本来中間層になっているであろう氷河期世代を戦死させたようなものなので、社会全体が組織としてぶっ壊れています。今後、この社会の見通しは暗い……って話がそれましたね。

 尾形は、勇作相手にもうひとつ試験をしました。ロシア兵捕虜を殺させようとするのです。
 これも結構な問題提起です。というのも、捕虜の扱いが重要でして。日本の場合、捕虜の殺害や遺体損壊は当然のこととしてありました。
 一方で西洋では、捕虜は交換するものでした。騎士道といえば綺麗ですが、交換し合えば金を儲けられる強みがありました。王侯貴族を生捕りにすれば、それだけでたんまりと儲けることができたのです。
 捕虜を人道的に扱うこと。これは名声にも直結します。豪華な食事を振る舞う。スポーツやレクリエーションを楽しむ。ナポレオンの元帥であったベルナドットは、スウェーデン捕虜に対して極めて人道的なふるまいをしたことで名声を高め、ついにはスウェーデン王室に太子として迎えられました。捕虜優遇で国王の座まで得た、世界史でも類まれな例です。彼の子孫がノーベル賞プレゼンターを務めているわけです。

元彼はナポレオン♪フランス娘・デジレがスウェーデン王妃になるまでの道 https://bushoojapan.com/world/europe/2020/04/15/103040 #武将ジャパン @bushoojapanより

 そんな西洋人が幕末に来日し、戊辰戦争を見て仰天しました。
「日本人、捕虜を殺しまくってる! 野蛮すぎる……」
 そういう指摘を受けた日本は、欧米列強に認められるためにも、捕虜殺害をやめて厚遇するようになりました。セットで日本軍将兵でありながら捕虜になっても、辱めないようにつとめたのです。ある程度、これは成功しています。その最大の例が、「バルトの楽園」こと松江豊寿の美談です。
 でも、これもそうそう素直に受け止めて良いものかどうか。日本史上でも稀な例ですし、第一次世界大戦に関しては日本はそこまで積極的に関与していない。ドイツ人に恨みはないのです。それに松江は会津藩出身です。負けた側にシンパシーを抱く背景に、そういうルーツも関係しているのかもしれないわけで。
 長くなりましたが、実は、日露戦争でも捕虜の処遇には問題があったようです。良好な扱いを受けた例もある一方、虐待殺害例もないわけではない。
 「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」
 そんな『戦陣訓』以降、捕虜の人道的扱いは完全に崩壊し、第二次世界大戦時に大きな禍根を残すこととなります。近年の映画でも『不屈の男 アンブロークン』(あれは割と描写が甘いけれど)、『レイルウェイ 運命の旅路』が暑かったテーマです。

 日露戦争時の捕虜といえば、第七師団のアイヌ兵についても触れねば。捕虜になって帰還しようにも費用が出せず、借金までしてようやく帰国したという話が、北海道に残されています。勇猛果敢なアイヌ兵が金鵄勲章をもらった例はある。それでアイヌへの差別が軽減されたかというと、そんなことにはならない。
 殺人を禁忌とするアイヌを徴兵する。勇敢に振る舞わねばお前たちは劣っていると言われるから、奮闘するしかない。そうして功績をあげても、権利はついてこない。そういう戦争だけではなく、いろいろなものと戦ったアイヌの兵のことを思うと、もう、はっきりいって、私はどうしたらいいかわかりません……。

戦場に立ったアイヌたち、その知られざる活躍 日露~太平洋戦争にて https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2019/08/08/114247 #武将ジャパン @bushoojapanより
第七師団はなぜゴールデンカムイで敵役か? 屯田兵時代からの過酷な環境 https://bushoojapan.com/jphistory/kingendai/2020/07/10/123682 #武将ジャパン @bushoojapanより

 と、長くなりましたが。
 尾形が弟に捕虜殺しを唆すことは、何重の意味でも犯罪的だということです。
 そしてここで、花沢幸次郎の謎理論が登場だ。なんでも旗手は神聖で、童貞で殺人もダメだってよ。なんで謎理論かというと、彼は鯉登平ニと同郷で友人、薩摩隼人です。薩摩隼人は殺人嫌悪感を削ぎ落とすヘビーな日本式スパルタ教育【郷中教育】を受けているわけですね。それゆえ、幕末の政局でも大暴れしたわけですが。

西郷や大久保を育てた郷中教育って? 泣こかい飛ぼかい泣こよかひっ飛べ https://bushoojapan.com/jphistory/baku/2020/05/16/109284 #武将ジャパン @bushoojapanより
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 そういう薩摩隼人らしい教育をしていない? 勇作の母は、深層の華族御令嬢あたりですかね。京都のお公家あたりの姫君ならば、納得はいきます。近衛だったわけですし、ありえる縁談です。
 でも、そんなこと尾形に関係はない。
「人を殺して罪悪感を微塵も感じない人間がこの世にいて良いはずがない」
 そんな純粋理論を語られたがゆえに、尾形は弟を殺してしまいます。味方誤射は割とよくある。そこを計算していたのか。感情があふれて止められず、発作的に殺してしまったのか?
 本人すら冷酷に笑い飛ばし、計算づくだと思おうとしているだろうけれども。あふれる悲哀がちゃんと見えますよ。
 
 業が深い話ですが、この兄弟以上に業が深い奴がいます。
「人を殺して罪悪感を微塵も感じない人間がこの世にいて良いはずがない」
 とは勇作のセリフです。少尉だし、ボンボンだし、そういうものかな……と思いますが、赤ん坊の母親であるお銀を斬首をしておきながら、特にその後悩んでいなさそうな奴がいるじゃないですか。
 あの薩摩隼人め……。あいつは変。実戦経験ないのに、流血に対して迷いがない。なんかギャグっぽくされていますが、サプライズのためだけに人の皮を剥いで着ているって、絶対おかしい。
 重要人物なのに登場が遅い。そんな鯉登の謎としか言いようがない深淵へ旅も、樺太にはあるとみた。

『ゴールデンカムイ』とジェンダー

 なんでもかんでもジェンダーって、関係あるんですか?
 ええ、あります。人間が有性生殖をしているからには、当然あります。そのうえで、この作品は稀有だと言いたい。
 こんなニュースがあります。

9000年前に女性ハンター、「男は狩り、女は採集」覆す発見 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/110600646/

 アイヌの狩人も、男のすることとされている。けれどもアシリパは狩人です。そういう事例はあるのかと、本作はちゃんと調べた。その上で、アイヌの女にも狩人はいるということで、考証してああいう人物像を構築しているのです。
 アイヌの少女アシリパが、和人であり男である杉元に、狩の仕方を教える。そんな冒頭からして、本作は挑発的でした。そうして女を解き放つだけでなく、遊郭に閉じ込められた女も描く。そうやって女を踏みつけてきた力が、どうやって復讐されるかまで、本作は尾形を通して描いています。

 尾形は庶子として、媚びを売って生きることを拒んだ。暴力的で破滅的なようで、ありそうでなかった斬新な像です。彼は幕末から続く水戸藩の暗黒、身を売る女の悲哀、庶子の苦しみ。そういうものを背負っていて、苦しいのに彼自身が認められない。苦しいからこそ、罪悪感があるからこそ、弟の影に取り憑かれてしまうのに。
 尾形はとてつもなく悲しいけれど、人間です。だからこそ、普通の悲しみも涙もちゃんとある。そんな兄の心を取り戻すためなのか、勇作は彼に寄り添っている。そんな彼らに救いはあるのでしょうか?

 白石が感動的な合流を果たしたあと、骨占いが砕けます。誰かがこの先死ぬと示す形に割れるのでした。

 最後に苦言でも。
 公式パーカーの旭日旗デザインは、販売中止にしませんか。これだけ配慮されている作品であるからには、グッズにせよ、ファン活動にせよ、配慮しないと失礼ではありませんか? アイヌ文様の流用などなど、慎重にならなければいけない要素はたくさんありますから。
 もったいない話です。
 かくいう私も、アイヌ兵が軍隊内で受けた差別記事に、
「アイヌ強いじゃん! 差別されてたわけじゃないよね!」
 みたいなニュアンスのことを書かれて、猿叫しそうになるほど腹たったことがありますが……。

 アイヌのこと、歴史のこと。そこまで考えないと、本作を読んで楽しむ意義は半減すると思うのです。ゆえに、そこは慎重にならないと!


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