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Liberaチケット紛失事件

皆さん、知っていましたか?
お薬の処方箋は再発行できないということを!
処方箋を紛失すると当然お薬を受け取ることはできません。でもお薬は必要です。この場合どうするかというと、受診日から4日までなら10割負担でお薬は薬局で購入することができます。でも5日以上だと、自由診療の再受診が必要となり、再受診とお薬代は10割負担となります。(怖)

ではチケットを紛失した場合はどうでしょうか?

実はチケットも処方箋と同じように再発行できないのです。何故ならチケットは金券だからです。

チケットを紛失したらまず会場内に入れません。

🤷どうする?

まず、興行元に電話をします。チケット紛失の対応が決まるのは公演日の1週間前から。買い直しはできないそうです。稀に購入先のご厚意でチケット購入の証明書が出された場合はその証明書と身分証明書を提示すれば入場出来ますが、それは本当に稀みたいです。薬の処方箋よりチケットの紛失は絶望的です。

私が紛失したチケットは4年振りに来日するLIBERAの公演チケットです。公演日の6ヶ月前に購入しすぐチケットを発券しました。チケットをしまう場所は決めているので2週間前に確認しよう思って見てみたらリベラのチケットがないのです。家や車の中までくまなく探しましたがありません。
日記帳の記録によるとチケットを発券した日はショッピングモールでウォーキングしながら買い物をし、自宅に帰る途中にコンビニに寄って発券するという行動をとっていました。
紛失の原因として可能性が高いのはレジ袋です。買い物した商品を取り出し、レジ袋の中にチケットがあるのを確認しないままゴミ箱に入れてしまったのではないかと思っています。

私の場合、同時進行はダメみたいです。同僚がよく言っていました。

「一つずつ、一つずつ」

これは教訓の一つですが、もう一つあります。

「チケットは演奏会の日が迫ってきた時点で発券する」

何れにせよ。高い授業料を払う結果となってしまいました。せめてもの腹癒せにLIBERAについて少し触れさせてください。

子ども頃、私はウィーン少年合唱団に憧れていました。

LIBERAも少年合唱団ですが古典的なウィーン少年合唱団とはスタイルが全く違います。大きな違いが四つあります。

一つ目は楽曲がどれも素晴らしいということです。楽曲はこの合唱団の創設者で主宰していた作曲家のロバート・プライズマン氏の手によるもので、作曲家の松村崇継氏も「彼方の光」や「天使のくれた奇跡」のヒット曲をリベラに提供しています。楽曲が良くなければどんなに才能のあるパフォーマーでもその才能を発揮しようがありません。

二つ目は音響機器を使っての音作りです。団員は耳かけ式の小型マイクを付けていて一人一人の個性(声)に合うように調整しています。

三つ目はウィーン少年合唱団のようなピアノ伴奏ではなく小規模の室内管弦楽団が合唱に加わり音に厚みを持たせます。アイルランドの歌手で作曲家のエンヤの音作りに似ているかも知れません。

四つ目は在団期間です。リベラは18歳までで、先輩が後進の指導に当たり、リベラの伝統を継承して行きます。それに対してウィーン少年合唱団の在団期間は4年間と定められています。

もしかしたら、こうしたウィーン少年合唱団の伝統を逆手に取って生まれたのがリベラなのかも知れません。その真逆がリベラ人気を支えているように思います。

リベラ鑑賞を楽しみにしていたのでこのチケット紛失は痛恨の極みの何ものでもありません。

突然ですが、ゾロ目占いがあることをご存じですか?

例えば「444」。

「444」が示す本質的な意味は願いが叶う前兆だそうです。
チケット紛失で落ち込んでいた私が見たのがこの「444」でした。「まさかね?あるわけないよね」と思っていたら何と何と興行元のキョードー東京様から入場を許可する旨の連絡が10/24にありました。但し、四つの条件を全てクリアしなければなりません。

①購入先の「チケットぴあ」からチケット発券証明書を入手すること(クリア)

②開演5分前に予約した席が空席であること(従って私が入場出来るのは開演5分前いうことになります。この公演はソールドアウトで追加席まで販売されています)

③500円支払うこと(チケット料金の16000円じゃなくて500円?     手間賃?ありがたい!クリア)

④発券証明書と身分証明書を提示すること(クリア)

予約した席に座っている人がいてその席のチケットを持っているとその人が優先となります。どうやってそのチケットを入手したかは問われません。その時は私がアウトです。

入場が確約されたわけではありませんが、入場出来る可能性が出てきたことは本当にありがたいことです。キョードー東京様とチケットぴあ様のご厚意に感謝するばかりです。何故かと言うとチケット紛失に関する注意事項がしっかり明記されているからです。「チケットぴあ」のその部分は以下の通りです。                      

チケットぴあ

これだけ大々的に宣言しているのですからこれに反することは会社としても出来ないのです。もし出来るとしたらそれは社長だけ。回答に時間がかかったのは社長決裁が必要だったからだと思います。

何故、私は許されたのか?

①「チケットぴあ」の利用率が高いこと
②チケット紛失者が2名と少なかったこと
③高齢者であること?

今回のチケット紛失事件を通して公演を支える裏方の仕事の存在とその大切さを知りました。

普段は4000歩しか歩かない私がこの日歩いた歩数は1万歩!
この日とは「LIBERA」公演日の27日の金曜日のことです。

当初泊まるはずだった東武ホテルをキャンセルしなければ1万歩も歩く必要はなかったでしょう。何故ならLIBERA公演会場の「LINE CUBE SHIBUYA」のほぼお隣にあったホテルだったからです。このホテルを予約した時点の宿泊料金は1万7千円でした。金曜日の宿泊料金はいつもお高いんです。チケットを紛失して興行元のキョードー東京のチケットセンターに電話したのが20日で、その対応については決まり次第連絡しますとのことでしたが、入場出来る可能性は低いというニュアンスでした。もうすでにホテルのキャンセル料(20%)が発生している状態だったので25日までに連絡がなければキャンセルしようと思っていたのですが、なかなか連絡来ないので23日にキャンセルの連絡をホテルにしました。そしたらホテル側から「インターネットでの予約なのでヤフートラベルさんのサイトでキャンセルしてください」と言われトライしたのですがキャンセルの画面が出てきません。その旨をホテルに伝えたらホテル側がヤフートラベルにアクセスしてくれてキャンセルができました。キャンセル料の払い込み方法について訊ねたらキャンセル料は必要ありませんとのことでした。なんて優しいんだろうと思いましたがそれには裏がありました。キョードー東京さんから入場可能との連絡を受けたのは24日だったのでキャンセルした東武ホテルをインターネットで調べたら1泊2万7千円になっていました。ホテル側としてはキャンセルしてもらってありがたかったのです。当初の予定通りにキャンセルを25日にしておけば1万7千円で東武ホテルに宿泊できて1万歩も歩く必要はなかったのですが、私には1万歩歩く必要がありました。その労苦の先に素敵な物語が用意されていたからです。

ホテル探しで渋谷区内のホテルを片っ端から当たってみましたが満杯で空きがあるホテルは軒並み高額でした。
そこで目を付けたのが帰り道の道中にある「池袋」でした。
宿泊料金1万8千円のホテルを見つけたので予約しました。
でも、池袋駅から400m先にあるホテルが見つからないのです。渋谷もそうですが、入り組んでいる場所にある目的地にたどり着くのは至難の業です。スマホのナビ機能を使っているのですが😵‍💫の状態で兎に角、歩かされました。徒歩9分で着くはずが20分以上歩いて偶然見つけました。フー😔16:30にチェックイン。

渋谷に向かうのは18:00でいいかなと思ってホテルを出ましたが、今度は池袋駅が見つかりません。本当にスマホのナビ機能は私にとって謎だらけです。このままだと18:55までに会場に着けないかもしれないと思って、信号待ちしていた男性に声をかけ、池袋駅への行き方を教えてもらいました。分かったような分からないような状態でしたが、背後から「私も池袋駅に行くので一緒に行きませんか」
と30代の女性に声をかけられました。これぞ天の助け!
一緒に歩きながら、おしゃべりしました。池袋は特に外国人が多いこと。
確かにホテルは外国人ばかりでした。外国の人ってフレンドリーで知らない人にすぐ話しかけてくるんですね。エレベーター内で見かける光景がそうでした。
彼女にどちらへ行くのですか?と訊いたら◯◯市だったので意気投合しました。私もその市に10年ほど住んでいたからです。
駅に着いたら、彼女はすぐに遅延に気付き山手線を勧めてくれました。そして、ホームまで案内してくれてそこでサヨナラしました。
嗚呼、なんて素敵な時間なんだろう🥰
東武ホテルをキャンセルしなければこの時間は得られませんでした。しかし、その余韻はすぐにかき消されました。遅延が発生したために山手線に人が集中したのです。本当に本当に満員電車に乗るのは久しぶりでした。

若い頃はコンサート帰りに満員電車に揺られて夜遅くに帰宅するのは当たり前のことでした。

20分後に渋谷駅に到着し会場に向かいました。こちらは位置関係を把握していたので迷うことはありませんでした。
18:55まで待機場所で待つこと30分。会場に入れるか池袋のホテルに戻ることになるのか!
キョードー東京さんの係の方がこちらに向かってきます・・・

「確認が取れました。チケットをお渡しします。」と言われてキョードー東京用の手書きチケットを渡され会場内に入ることができました。

開演1分前に二重扉のドアを開けて中に入ると満席で私が予約していた席だけがポツンと空いていました。ステージに向かって左側の7列目の席でピアニストの指先が見える好位置でした。

着席してすぐ11名の演奏家が舞台の奥にセットされたひな壇に着席しました。楽器の構成は以下の通りです。
①フルート
②オーボエ
③第一バイオリン
④第二バイオリン
⑤ビオラ
⑥チェロ
⑦コントラバス
⑧クラリネット
⑨ホルン
⑩パーカッション
⑪ピアノ

私の7m先にジョシュア・マディーンが今そこにいます。

2014年にリリースされた「LIBERA IN AMERICA」のDVDにはピアノを弾くジョシュアの姿が収められています。その生の姿を今私は見ているのです。なぜ私がワクワクしているかというと彼がトム・カリーと密接な関係にあるからです。

2008年12月15日にリリースされた「LIBERA Eternal The Best of LIBERA」のジャケットを飾る5人のソリスト達!一番右側にいるのがジョシュアで真ん中にいるのが歴代ソリストの中で1番と目されるトム・カリーです。このCDの中に収められている「カッチーニのアベ・マリア」は絶品でメインソリストのトム・カリーによる美声と天に届く高音域は追随を許しません。ジョシュアもトム・カリーと共にLIBERAの絶頂期を支えたソリストの一人なのです。2007年4月に行われたオーチャード・ホールでの来日公演チケットは3分で売り切れ追加公演が行われる程の人気振りでした。その立役者であるトムはLIBERAを去りましたが、ジョシュアはピアニストとしてまた作曲家としてLIBERAに残り現在に至っています。LIBERAの時代を繋ぐ生き証人として彼の姿を見られることは彼らの絶頂期を知らない私にとっては望外の喜びなのです。よくぞ日本公演に来てくれたと感謝の念でいっぱいです。

次いで30名の合唱団員が入場して来ました。LIBERAに在団する唯一の日本人が忍久保洸司(しのくぼ こうじ)さんです。

彼は今回の公演で合唱の他に通訳者としての役目も担っていて流暢な日本語で通訳してくれました。前に書いた記事の忍久保太一さんは洸司さんのお兄さんです。

一曲目はプログラムによると「祝福はすべての人に」です。2曲目は「サンクトゥス」でパッヘルベルのカノンとして知られる有名な曲です。今回はアンコール曲を含めて21の楽曲が歌われました。全て暗譜です。しかも一曲一曲、隊形移動を伴います。覚えられますか?隊形移動でまごつく場面は一つもありませんでした。お見事というほかありません。途中、余興として7部合唱をアカペラで披露してくれましたが、初めて聴くノンビブラートによる純正律のハーモニーはこの世のものとは思えないほど美しく、LIBERAの実力のレベルの高さに驚きを禁じ得ませんでした。

LIBERAはウィーン少年合唱団と違って、音響機器をフルに活用します。それはこれまでに聴いてきた聞こえ方とは丸っきり違うものでした。座席の場所によって聞こえ方が違うかもしれませんが、私の席の位置だとステージの音がひとかたまりとなって聴こえくるのです。インストゥルメンタルの音は極力抑えられていて合唱在りきの姿勢が貫かれていました。音量は大きくもなく小さくもなく心地よい音加減で淡々と大河のように流れて行きます。癒やされるあっという間の2時間。ラストはアップテンポで快活な楽しい曲でフニッシュ!スタンディングオベーションはアンコールの催促。それに応えて歌われた曲は村松崇継氏のヒット作「天使がくれた奇跡」でした。ピアノは松村崇継氏ではなくジョシュアが担当しました。それはファンの期待に応える演出だったと思います。ゲスト出演の村松崇継氏はオリジナル曲の「彼方の光」と「永遠の絆」を弾いてくださいました。ライトアップされた鍵盤の上を自由自在に踊るバレリーナのような指先の動きに魅せられました。

アンコール曲が終わった後、団員は深々と一礼して、手を振りながら左右の舞台袖に消えて行きました。最後の子の笑顔にはやり切った充実感が漂っていました。

2024年はあたふたしないように、また迷惑をかけないようにします。今回願いを叶えて下さったキョードー東京様とチケットぴあ様のご厚意に深く感謝致します。