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踊りながら吊り橋を渡る

「石橋を叩いて渡る」という表現がある。慎重な性格の人間を表す際に使われるが、この「石橋を叩いて渡る」という基本形を変容させることにより、多くの性格のバリエーションを表現することが可能である。例えば、

「石橋を叩いてさらに人に渡らせてから自分が渡る」慎重且つ、他人を犠牲にする狡猾さを兼ね備えた人間。
「石橋を叩きまくって壊す」慎重すぎるが故に本末転倒なくらい用意周到に立ち回った結果好機を逃す人間。
「石橋を渡って壊す」後先を考えずに大胆に行動する信じられないくらいの巨漢。

といった具合である。

 私はといえば、石橋を叩いて結局渡らないタイプだ。慎重なのではなく、単にめんどくさがりなのだ。臆病でもある。リスクを冒すくらいなら現状維持が一番。そうやって楽な方に流れ続けてきた結果、どうやらそろそろ橋にヒビが入ってきている。つまり人生が行き詰まってきたのだ。社会の厳しさのなんたるかを知らないまま傲岸不遜に振る舞うことを許される(許されてはいないのかもしれないが許されていると思い込みがちな)大学生というモラトリアムが終わろうとしている。人生の選択を迫られている。
 しかし正直去年の秋頃の段階で私にはマジで何もやりたいこともないしできることもなかった。そしてやりたくないことは全然やりたくない。楽な方に逃げ続けてきた自分が100悪いけれども、美大とかいう勉強は頑張れないけど人一倍自意識はデカくて自己承認欲求もデカい人間の受け皿になり得る金のかかる場所に現実逃避で進路を決めてしまったから、その先のことがなにも決められない。
 もちろん美大で学んだことを続けるという道もある。しかしそれで人並みに生計を立てることができるのは一部の才能と運に恵まれ努力も怠らない人間のみである。勉強できないけど絵はちょっと描けて国語と英語は嫌いじゃないし綺麗なものは好きだしなにより憧れの人の出身校だし♪みたいなノリで進学先を決めたようなやつが太刀打ちできる世界とは思えなかった。
 周りの働いている大人たちはやりたいこと、できること、その辺にきちんと折り合いをつけて選択をしたらしい。それだけでなんかもうめちゃくちゃ尊敬に値しますよね。ただ怖いだけの人たちじゃなかったんですね。

 学祭で有志の生徒が占いの館を出店していたので、好奇心でタロット占いをしてもらった。にこやかに迎えてくれたチャイナドレスの占い師は、まず何について占いたいのか尋ねてきた。何も決めていなかったが、今一番大きな問題はやはり進路についてなのでそれを占ってもらうことにした。実は4年なんですけど就活なにもしてなくて…と告げると相手は、当たり前のように「え、私も4年ですけどなんもしてないすよ、なんなら私のクラスの子ほぼなにもしてないです」と返してくる。最高か。
 とまあそんな雑談も交えつつ占い師は手早くカードを繰って、3枚のカード(過去、現在、未来を表す?) を並べた。
 まず過去を表すカードは、困難を乗り越えるというような意味のカードが出たらしい。受験のことかな?ノリで決めた進路の割に人生で一番くらいつらい時期だったからね結局。そんだけつらい時期を乗り越えて勝ち取った居場所で4年間学んだ末にこの体たらくじゃ世話ないんですけども。
 次に現在を表すカード。欺く、計画するというような意味のカードが出た。最後に未来のカードは、栄光、讃えられる的なやつだった。なんかすごいあれですね、都合の良い結果だけありがたく頂戴できそうだ。
 占い師さんは言葉を選びながら、現在のカードを手に取ってこう「周りの目を気にして今の自分の気持ちを騙してませんかね?」的なことを言ってきたし、私も正直現在のカードが一番ぎくっとした。というか実際そうじゃん、私は社会に出て働きたいなんて一度も思ってないのに決断をこの時期まで先延ばしにしてる時点で答えはでている。何を気にしてんだよ、自分の人生だろが。ていうかどうせこの時期(10月)までなにもしてないんだから当然来年の4月から一般企業に就職することは絶望的で、私が目を背けてきたのは選択の結果ではなく決定をしなければいけないという事実だけだった。きっともう心はかなり前に決まっていたのだろう。あとは誰かに背中を押されて橋を渡りだすだけだった、思ったより強度のない橋だったけども。

 こうして無事年を越し、春から全力で無職を楽しむことが決まった今やとても軽やかな気持ちだ。これは開き直った末の逃避としての楽観なのだろうか。いつか安直な判断を後悔する時が来るのだろうか。今がまさに踊りながら吊り橋を渡り、足を踏み外してもがくように落下している瞬間なのかもしれない。ただまあ頑丈な石橋を前に渡らないよりはヤバい吊り橋を踊りながら駆け抜ける方が進んではいるのではないかってまた耳障りの良い言葉で自分を騙して幸せに生きていく。


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