何故クリエイターは搾取され続けるのか?

Twitterでは、こんなツィートが定期的にバズります。

「ある人or団体に『○○を××円で作ってくれない?』と依頼された。○○を作るのにどれくれいの労力やコストがかかるのか、まるで理解してない!○○を作るのはこんなに大変!もっとクリエイターの事情を知り、労力やコストに見合ったお金を出して欲しい!」

要するに「生産側の労力やコストを理解せず、安く買い叩こうとする悪い奴がいる!」というバッシングです。

この手の主張は最終的に「発注and/or消費側は、生産者側の人間に敬意を払い、労力やコスト相応の対価を払え」という風に結論されます。

しかし、これは本当に正しいのでしょうか?

そもそも発注and/or消費側の人間は、本当に作品生産に必要な労力やコストを理解してないから、作品を安く買い叩こうとするのでしょうか?

そうであれば、何故これほど「クリエイターには労力やコスト相応の対価を!」というツィートがバズり、ネット民の常識と言えるほどコノ価値観が浸透してもクリエイターは安く買い叩かれ続けるのでしょうか?

これは、自称クリエイターの方々が根本的に以下の点を勘違いしてるからに他なりません。


発注/消費側の人間は作品の労力やコストに金を払ってるわけではない!

例えば一万円札の生産にかかるコストは22円です。

ですが、一万円札は日本国により「これは一万円の価値があり、一万円相当の商品と交換出来るチケット」であることが保障されており、その価値を皆が認めることで一万円札には一万円相当の価値が生まれています。

一万円札の価値を担保するモノは紙代、インク代、印刷技術…etcといった労力やコストではありません。

極端な話、ソレが硬貨であれ貝であれ日本国が「これは一万円の価値があり、一万円相当の商品と交換出来るチケット」であることを保証すれば、それは労力やコストに関係なく一万円相当の価値を持つのです。

つまり発注and/or消費側は、そのモノがもたらす「価値」にお金を払っているのであり、そのモノの労力やコストなど知ったことではありません…特にクリエイティブが要求される市場では。


労力やコストに対する対価はあって然るべきなのか?

クリエイティブ業界では、どうしても「労力やコスト」よりモノ自体の「需要」が商品の価値を決定することになりがちです。

理由は簡単「作品には手間暇コストをかければいいってものじゃないから」です。

例えば一日で描かれた絵と、一週間で描かれた絵。

「クリエイターには労力やコスト相応の対価を払え」という主張に基づけば、前者の絵と比べ後者の絵には7倍の値段がつくはずです。

しかし実際に絵の価値を決めるのは、単純に需要…それを欲しいと思う人がどれ程いるのか?それに人は何円まで出せるのか?…です。

「この絵には一週間の労力やコストがかかってるのだから、需要に関係なく一日で描かれた絵の7倍の価値を持っている」なんて主張は通りません。

クリエイターが労力やコスト相応の対価を得られないのは、単に自らが「労力やコストの割に合わない需要の作品を生み出してるから」に過ぎないのです。

(作品によってはエンジニア的な作業が必要になり、それを工数換算などで見積もりを立てる場合もありますが…)


薄い本が薄いのに1000円で売れる理由

「単行本は200ページで400円なのに、薄い本は薄いのに値段が高過ぎる!と値切られた。お前、薄い本にどれぐらい労力やコストがかかるのか知ってるのかよw」

上記みたいな言説も定期的にバズるツィートです。

私も同人活動してるので多少は薄い本を出すための労力やコストが分かります。

少量生産故、一冊の製造コストが商業漫画より高くなってしまう事は承知しています。

しかしながら、それを踏まえても200ページ描く商業作家の労力やコストは、薄い本を20ページ前後を描く同人家の労力やコストとは比べものになりません。

薄い本…所謂個人ないし少数のメンバーで作成する同人誌は、商業漫画と比べると明らかに労力やコストのわりに値段(価値設定)が高すぎると言わざるを得ません。

それでも薄い本が売れ、1000円の価値が認められるのは消費者の「俺はこの作品が欲しい!1000円出してでも欲しい!」という需要を満たしているからなのです。

消費者は「薄い本作るのに、これだけの労力やコストがかかってるだろうから」的な観点で、購入する作品を選んでいるわけでは決してありません。

純粋に「欲しい作品が、自分の出してもいいと思える値段で売っていた」それだけの話です。

(もっとも同人市場は消費者の「欲しい!」という需要以外に「応援」「固定ファン」「リアルでの付き合い」「同じクリエイター側の人間からの祝儀」的な需要も入りますが…)

如何に労力やコストがかかっていない作品でも、そこに「欲しい!」という人が一定数いるのならば、ソレは需要に見合った価値を持つのです。


そもそもクリエイターは搾取されているのか?

確かに一部の業者や個人は、クリエイターの無知(自らの作品の需要を知らない)に付け込み、不当な値段で作品を買い叩くこともあります。

しかし労力やコストは作品の価値を担保しないので、ソレに対する「労力やコストがコレだけかかっているから相応の対価を払え!」という言説は反撃として成立しません。

上記の通り作品の市場価値は、純粋に「需要」により決定されるからです。

ですので、そのような悪質に作品を買い叩こうとする方には、労力やコスト等という概念を持ち込まず「自分の作品にはこれだけの需要と価値があるぞ!」と反撃すればいいのです。


クリエイターは「労力やコストが作品の価値を決定する」と思ってる限り、主観の上では延々と搾取され続けることになるかもしれません。