貧困は自助努力で解決出来るの嘘~努力では貧乏から抜け出せない理由~

貧困は遺伝します。

正確には貧困が人間にもたらすリスクには遺伝性があります。
近年では、貧困がもたらす様々なストレスが人間の身体に悪影響を及ぼすことが科学的に証明されています。

例えば2016年デューク大学クリスチャン・H・クーパーの研究によると、青年期に貧しい社会経済的状態におかれた青年は「ギリギリの生活がいつ破綻するか?」という不安に苛まされ、セロトニンという幸福感を脳に与えるホルモン感受性遺伝子がバグり、メンがヘラりやすくなるという事が判明しています。

また2014年ブリストル大学の研究では、飢餓や喫煙によるストレスは3世代に渡って影響を及ぶすことが明らかになりました。またホロコーストの影響も、現在3世代に渡ってソノ影響が確認されています。

これらの研究結果が示唆するのは、第一に「貧困がもらたすストレスは生涯続く影響を持つ」ということであり、第二に「これらの影響は遺伝する」とうことです。

これを繋げれば、「貧困がもたらすストレスの影響は生涯続き、しかもソレは先天性and/or遺伝性の面がある」と言うことが出来るでしょう。

要するに貧乏な家に生まれた方は、物質面のハンデだけでなく精神面でもハンデを抱えているのです。

肉体だけでなく知能もまた遺伝する

今日の社会において「優れたスポーツ選手は、優れた才能や肉体的資質を持っている」という遺伝論に異論をはさむ方は少ないと思われます。

しかしながら、同時に「勉強を頑張れば必ず学力は向上する」的な言説が唱えられています。

勿論、コレは環境論的に見ても間違いであり、論より証拠としてよくあげられるのが東京大学生徒の世帯年収です。(2015年(第65回)学生生活実態調査の結果報告書より)

単純に実家の太い方のほうが、いい学校塾テキスト模試等を受けやすいという話であり、恵まれた方も恵まれた方で努力するので、そりゃ同じ量の努力なら資金力の差がモノを言うという話でもあります。

このように、学力という指標一つをとっても「貧しい出自の方は物質的にスタートラインのはるか後ろ」ということになりますが、更に悪いことにどうやら学力も遺伝することが判明しています。

1963年ニューヨーク州コロンビア大学は、過去50年間のアメリカ人の学力データを調査し「精神的機能と遺伝子的ボテンシャルには著しい一貫性がある」と結論付けています。簡単に言えば、学力の良い親からは学力の良い子供が生まれる傾向にあるということです。

また2015年エジンバラ大学が天然のクローンと言える一卵性双生児の知能と環境を追跡した調査を総括したところ、環境が違っても同程度な知能及び学力を示すことが確認されました。養育者が違っても、地域や学校が違っても、大体学力は同じぐらいになるのです。

日本においても安藤寿康の研究プロジェクトによれば、学力は50~60%が遺伝で説明出来るとしました。

要するに、子供の知能は学力という1指標においても遺伝&環境という子供自身ではどうにも出来ない要因に強く左右されており、本人のやる気云々でどうにかなる範疇には無いということです。

更に言えばTwitterやはてなに跋扈する高学歴社会不適合者達が、勉強を必死でしても知能はどうにもならない面があることを証明しています。

親の愛情は奇跡を起こすか?

起こす可能性は否定出来ませんが、行動遺伝学においては個人の形質の殆どは遺伝と非共有環境(家族とは異なる人間)から影響を受けると考えられてます。

1998年Judith Rich Harrisは「子育ての大誤解」という本を刊行し、養子や双生児に関する親の影響を検証しました。

その結果、多くの養子は養父母の個性とわずかな相関関係しか示さず、一度もしつけを受けたことのない実の両親との間に顕著な相関関係を持つことが判明しました。

また双生児研究においても、一卵性双生児は共に育つか、離れて育つかに関係なく、彼らの差異は同じ程度の範囲内に収まることを述べています。

勿論、親は共有環境(家族)を作る担い手であり、親の愛情が子供の成長に重要なことは間違いありませんが、その親の振る舞いや教育は子供にあまり影響を与えません。

親の愛情によって子供の生来的な気質を変えるのは大変困難なことであり、またソレを強引に実現しようとすれば色々と問題が噴出することになることが予想されます。

金持ちは何故ずっと金持ちなのか?

2013年にトマ・ピケティが刊行した「21世紀の資本」は世界に衝撃を与えました。

それはコレまで考えられていた「経済が発展すれば、金持ちも貧乏人も豊かになれる」という説を、「長期的に見れば経済成長率(g)よりも資本から得られる富の割有…資本収益率(r)が大きく、従って経済格差はどんどん広がっていく」と論破する内容だったからです。

現にピケティの調査によれば100年の間に所得格差は下記図のように推移しています。

(この状態が例外となるのが戦争なので第一次世界大戦時と第二次正解大戦時は格差が縮小してる)

資本が資本を産む速度のほうが、経済成長速度より早いので、資本を持つものは益々資本を手に入れていく一方、資本を持たない者は無限に後方に取り残されていくことになります。

これが金持ちがより富み、また富を独占していく理由だとピケティは説きます。

このように知能や貧困によるストレスも遺伝するという事実と、社会の富は最も資本を持つものや成果をあげたものに配分されるという構造の前には、「努力すれば貧困から抜け出せる」という定説は無力です。

貧困は遺伝と環境構造の二重苦

何故、努力では貧乏から抜け出せないのか?に関して、貴方がストレスに弱く尚且つ貧困によるストレスに晒されてる状態を想像して下さい。

当然、こんな状態で勉強しよう!という気にはなりずらいでしょうし、また家には塾や予備校に通う金も、教科書やテキストもないうえに、周囲と同じだけ勉強しても成果は周囲と同様には出ません。

そうなると勉強よりも、即座に利益の出そうな分野に手を出すほうがアドに思えることでしょう。

要するに「努力出来る」というのは、それが可能なだけの環境的「余裕」と、努力が成果に結びつくという「自信」がある状態ということなのです。

2013年ロチェスター大学の「マシュマロを15分間食うのを我慢したら、もっとあげる」実験によれば、通常のケースでは65%の子供が15分間マシュマロを食うのを我慢出来た一方、大人に対して実験的に不信感を受けつけられた子供は93%が速攻でマシュマロを口にしました。

このように我慢する或いは未来を志向するといった「合理的な努力」も、実は大いに環境依存しています。信頼出来ない環境下において人は、即物的and次善的な選択を取りますが、それは「保証がない」方にとっては極めて合理的な選択なのです。

今日食べるモノが無ければ、一か月後に30万円貰える仕事より、一日後に5000円貰える仕事を選ぶかと思います。勿論、手持ちの金や食料がある程度備蓄されているなら話は別ですが、貧困のストレスを遺伝し、また貧困に晒されている方が、ソレに耐えて長期的視野に基づく決断を下すのは大変困難だと思われます。

これらを踏まえるに「貧困は自助努力で解決出来る」というのは、あまりに非現実的な理想論と言わざるを得ないでしょう。

貧乏を自己責任にして、当事者をしばきあげて努力と責任を求めても問題はナニも解決しません。

とりま貧困を何とかしたいなら、コレらの事実から「自助努力」と目を背けるのではなく活用すべきではないでしょうか?

貧困は自助努力で解決出来ないからこそ、貧困だという面があるのです。