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天人五衰編 総振り返り2023

※この記事は文豪ストレイドッグスの考察です。

2023年を振り返らずとも年は越せるが、五衰編を振り返らずして年は越せませぬ!ということで『太宰を拾った日』にフルボッコされる前にやることやっとこ~。

■五衰編(海老物語)振り返り

(注)海老物語とは福地の物語のことです。

1.福地の本当の目的

五衰事件は人類軍創設国家の消滅を目的にして起こされた事件でした。 その本当の目的は「36年後に起こる世界大戦を未然に防ぐため」というもの。

福地は五衰編のテロ事件を「超国家人類連邦の必要性を訴えるための手段」として用いていたと言えます。
それぞれの戦略には、以下のような目的がありました。

福地の計画はまだ途中段階であり、この後に予定されている戦略はふたつあります。

これらがすべて完了したときにようやく福地の目指す国境なき世界平和が実現するものと思われます。国家権力の主幹である武力をすべての国が喪失した世界では戦争が起こらず、36年後の世界大戦も未然に防がれることになります。

2.探偵社が巻き込まれた理由

福地は、国家の消滅という遠大な計画を実行に移すにあたり、その作戦立案をドストエフスキーにお願いしました。これほどの規模の戦略を描ける人はドストエフスキー以外にいないと考えたようです。
しかしドストエフスキーの戦略には探偵社の犠牲が織り込まれていたと思われます。

そこで福地は探偵社の犠牲を避けるために、最終的に自らを悪役に仕立て上げてドストエフスキーを裏切り、探偵社を守りました。

悪の仮面を被った福地は自分を斬るよう福沢に要求します。自身の死後に、残された人たちの手によって平和を実現してもらいたいと願っていたのでしょう。
その平和を支える主軸として、信頼できる福沢に英雄として立っていてほしかったようです。

福地は過去に福沢を何度も勧誘しています。
「戦地に共に仲間を救いに行ってほしい」「猟犬に来てほしい」そういった誘いを何度かしています。
これは個人的な解釈ですが、福地は福沢に日の当たる世界に来てほしいとずっと願っていたのではないでしょうか。
暗殺者となってしまった朋友に、暗殺から足を洗ってもらうため。あるいは用心棒として活動していた福沢を、孤独と罪悪感から救うため。福地は福沢に光の世界を提案し続けていたようにも見えます。

福地は素直に、福沢が探偵社を設立したことを喜んでいたのかもしれません。暗殺者という暗い過去に縛られた日陰の世界から、陽光の射す夕暮れの世界に歩みを進めた朋友を、祝賀会で心の底から祝福した。
だけど本当は、夕暮れではなくもっと昼の明るい世界に進んでほしいと思っていたのかもしれません。あるいは己の道と朋友の道を重ね合わせたかったのかもしれません。そのために福沢に人類軍の総帥というバトンを渡したとも言えます。

もう一つは、福沢と探偵社が政府の秘密会議のターゲットにされていたということです。斗南司法次官が福沢への復讐を目論んでいることを察知した福地は、福沢を猟犬に移籍させることで斗南司法次官の手から守ろうとした可能性も考えられます。
今回の事件を通して、探偵社は世界的に名の知れた英雄的な組織として、地位を固めていくことになるのではないでしょうか。

3.探偵社がこのあととるべき行動

しかし、福地が福沢に突き付けた人類軍総帥というバトンは、福沢にとっては有難迷惑だったとも言えます。計画はまだ道半ばの段階。この後に待ち受ける「超国家人類連邦の樹立」と「裏頁への記入」は福沢の手によって為されなければなりません。
福沢は現在いくつか選択を迫られています。

①本当に人類軍の総帥になるのか
福沢は英雄の器ではありません。突然人類のトップに立てと言われて、易々と立てる人がいるでしょうか。福沢の個人的な問題として、内面の葛藤は避けられないでしょう。

②国家を消滅させることが本当に正しいことなのか
福地は戦争をなくすために今回の計画を立てましたが、本当に国家の消滅が人類にとっていいことなのか?という正義の観点での迷いも生じると思われます。
裏頁を使用して「人類は統一されてしかるべきだ」と全人類に思わせることは非常に効率的ですが、ある種の洗脳であることには間違いありません。

「不幸を感じる部位」を切除されたイワンが恍惚と生きたように、「人類は皆仲間だ」という洗脳を植え付けられた人類は平和に幸福を享受できるかもしれませんが、果たしてそれは人間としてどうなのか?あるいは倫理的にどうなのか?という疑問が残ります。

③未来の2億1千万の人命をどう扱うのか
国家はなくすべきでない、という結論に至るのは簡単ですが、その場合には36年後に2億1千万の人民が世界大戦で亡くなります。
福地から託された今回の計画を最後まで実行しないということは、未来の2億1千万の人民を見殺しにすることに繋がりますので、ある種の間接的な殺人行為を背負わされることになります。
その罪悪感に耐えられるのか、というのもひとつの問題です。
例えばもし36年後に探偵社も滅び、探偵社員たちの子供がもろとも死ぬとしたら、どうでしょうか。それでも平和の実現を躊躇するでしょうか。

これらを判断した上で、裏頁への記入をどうするのかを福沢は決めなければなりません。
それ以外にも、裏頁をめぐる争奪戦や人類軍総帥の権利の争奪戦など色々なリスクに晒されています。

4.「天道は是か非か」の意味

福地の演説において最も印象深いこの台詞。文スト博覧会のキャラ紹介でもピックアップされていました。

この言葉、具体的にどういう意味なのでしょうか。
もともとは史記で使われた言葉であり、一般的なことわざとしてちゃんと意味を持っています。

福地にとって悪人とは為政者のことで、為政者は戦争を生み出しておきながらのうのうと幸福を享受していました。反対に善なる無辜の民が戦地で地獄を経験し、悲痛な境遇に晒されていました。この非合理さを表す言葉として、福地は「天道は是か非か」という言葉を使ったと思われます。

世界の非合理さを矯正するために、福地は為政者を裁き、一般市民に平和を享受させようとしたとも言えます。天道に誰も立っていないのなら、自分が立ってしまおうとした。だからこそ「神威」を名乗ったのかもしれません。

5.敦の迷いはなんだったのか

燁子から真相を聞かされた敦は「正しさがわからない」と迷います。「36年の重み」という言葉が過去に向かう36年だけでなく、未来に向かう36年の重みを表す言葉だったことが判明しました。

①過去に向かう36年の重み
福地が福沢の朋友であること、戦地で地獄を見た福地の本当の目的は世界平和であることを敦は知りました。
「天道は是か非か」という言葉の裏にあった福地の痛切な想いを感じ取り、福地の行いが正しいのか過ちなのか判断ができなかったと思われます。

世界平和の実現のためには福地か探偵社のどちらかが悪役として滅びないといけませんが、どちらを犠牲にするべきかわからなかったとも言えます。これを判断できるのは社長しかいない、そう考えて敦は社長のもとに走ったのでしょう。

②未来に向かう36年の重み
36年後の世界大戦を防ぐために国家を消滅させる計画だと知った敦は、絶対に許せないと思っていた国家の消滅が本当は正しいことなのかもしれないと迷ったはずです。計画を止めれば未来で多くの人が死んでしまう。未来へ向かう軸の敦の迷いは、上で挙げた福沢の迷いと重なる部分があります。

五十嵐監督がおっしゃるように、敦が抱えた迷いについて考えるのはおそらくひとりひとりの視聴者なのでしょう。
国家を消滅させて独裁を支持し、強制的な洗脳によって平和をもたらすのが良いと考えるのか、それとも素の人間らしさを尊重して世界大戦という厳しい未来を受け入れるのを良しとするのか。あるいは中間地点に打開策を見出していくのか。どんな打開策なら実現可能なのか。

これらの問いを見つめるのが、五衰編を見終えた視聴者のひとりひとりの役割なのかもしれません。目の前の現実と未来は、各々が自分の頭で考えて行動を起こすことでしか、変わらないものだと思います。
そして問い続けることで見えてくるのは自分自身の内面であり、自分はどういう考えを持っていて何を大切にしているのかが次第に浮き彫りになっていくのだと思います。

6.時空剣の秘められたる力

福地は二つの異能を使用していました。
一つが福地本来の「持つ武器の威力を100倍にする」異能。
もう一つは何らかのきっかけによって福地の手に渡った「雨御前」、通称「時空剣」です。
時空剣は使い手によってその効能が変化しているようにも見え、今のところ三つの変遷を経ています。

福地が命を落とした後も、時空剣には時渡りの異能が残り続けています。
そして未知の戦いが2時間後に勃発し、再び時空剣が武器として使用されました。
福地は時空剣で時を渡って情報のやりとりはしていましたが、攻撃の手法はあくまでも普通の剣と同じ「斬る・刺す」という行為によるものでした。

しかし2時間後の時空剣は、時空剣そのものから何らかのエネルギーが放出されています。
数々の時空を渡ってきたことで蓄積されたエネルギーがあるのか。剣に込められた異能そのものがなにかの特異点と化して力を持ち始めたのか。詳細はまだわかりません。
2時間後の出来事には謎が多く残されています。

■残っている謎

五衰編を通じて、謎は他にもたくさん残っています。細かい謎まで挙げたらキリがないのでここでは二つに絞ります。

1.種田長官の謎

種田長官は、頁の在り処に関する情報を抜き取られたときシグマに刺され、そのまま昏睡状態となっています。予定の刻限を過ぎましたが、まだ覚醒しません。
そこで種田長官の語った言葉を思い出してみましょう。

種田長官は「平和ボケの幸福を享受させてやることが我々の使命だ」と安吾に言いました。この使命、福地の目指しているものと同じです。裏頁による改変後の世界で人民が味わうのは「平和ボケ」そのもの
さらに安吾は種田長官のことを「百人を救う為に一人を犠牲にする人だ」と言っています。
だとしたら種田長官は最初から天人五衰の目的に賛同していたのではないか、という疑いが生まれます。

2.Vとの繋がり

乱歩が種田長官のもとを訪れた際、壁面に書かれた絵を見て乱歩は「天人五衰はVのことだ」と推理しました。しかし、福地の最終目的が判明してもなお、ふたつの組織の目的は一致しません。
福地の目的は「世界平和」ですが、Vの目的は「国内の異能者の一掃」です。天人五衰には、表にあった福地の目的とは別に、裏側にもうひとつの目的があると考えるのが妥当です。

■五衰編(鯛物語)への展望

(注)鯛物語とはVおよびドストエフスキーの物語のことです。字面がやたら正月っぽくておめでたい。

1.ドストエフスキーの目的

裏の目的はドストエフスキー絡みである可能性が高そうです。
超国家人類連邦が樹立し、国家が消滅した世界でドストエフスキーは何をしようとしていたのか。

Ⅴとドストエフスキーの目的に照らし合わせれば、世界中の異能者を一気に消すための策略が組み込まれていた可能性があります。
しかし、なぜドストエフスキーやⅤが異能者を悪と考えているのか、なぜ異能者を消す必要があるのか、そのあたりがまだ明らかになっていません。
これらの「理由」の部分こそが、シグマが掴んだ秘密だったというのも考えられます。

シグマは情報の奔流に当てられて昏倒中ですが、そう遠くないうちに目覚めるのではないでしょうか。気になるのはタイムリミット。
※それぞれの曜日はあくまでも概算です。1日程度、前後している可能性があります。時差の影響も未換算。

脱獄決闘が水曜日に起こったものとすれば、裏頁記入のタイムリミットである金曜日の夜まで残り2日です。
それまでに覚醒して、無事情報を日本まで届けることができるのか。シグマの情報は、福沢の下す判断にも影響を及ぼしていくことになるはずです。(余談ですがムルソーの第一階層は電波が通じるので世界中と通話できるらしい)
世界の平和の命運、それから異能者の未来の命運を握る鍵として、シグマの今後の活躍には期待したいところですね。

2.天人五衰とそれから世阿弥

天人五衰の元ネタと言えば、三島由紀夫『豊饒の海』の第四巻『天人五衰』。ご本人様が異能者として登場するかどうかは別として、そもそも「天人五衰」の意味とはなにかというのを探ってみたいと思います。

そのために今回は世阿弥の話をします。
急になんだね?能とか関係あるのかね?と思われるかもしれませんが、世阿弥の「羽衣」という謡曲。これがおそらく「天人五衰」の原点だと考えています。
あらすじはこんな感じ。

『羽衣』

三保の松原に白龍という名の漁師がいました。

空に月が輝くのどかな春の朝、
白龍は松に衣がかかっているのを見つけます。
色も香りも美しいその衣をすっかり気に入った白龍は、
衣を持ち帰り家宝にしようと思います。

そこに天人が現れました。
「その衣は私のものです。返してください。」と
天人は言います。
しかし白龍は自分が見つけたのだからと
返そうとしません。

天人は
「なんとしても返してほしい
そうでなければ天上に帰れない。
羽衣が無くては空を飛ぶ術がないのです。」
と懇願します。

それでも白龍が衣を返さないでいると、
天人に天人五衰の兆候が表れはじめました。
みるみる痛ましい姿になっていきます。
天には霞が立ち込め、
天へと帰る道さえも見えなくなっていました。

それを見た白龍はさすがに哀れんで、
舞いを見せてくれたら衣を返してやろうと約束します。

喜んだ天人は、美しい舞いを白龍に見せ、
やがて月の世界へと帰っていきました。

『羽衣』世阿弥 あらすじ

飛ぶための道具である羽衣を落とし、天界へ戻れなくなった天人の物語。翼を失い地上に落ちた堕天使が描かれた設立秘話の演劇と似ていると感じます。どちらも異能者を象徴しているのではないでしょうか。

飛ぶための道具を再び獲得して、天界に戻るのが異能者たちの目指す未来なのか、そもそもなぜ飛ぶ道具を失ってしまったのか。
天使と天人に象徴される物語が、鯛の目的とも密接に関わっているように思います。

総振り返りと言いながら、振り返れていないところも沢山あって若干気持ち悪いですが、文章量多すぎなのでこの辺で終わります。
2024年にも五衰編を振り返らないといけない予感がするので、また1年後に続きやりましょう…!

ではでは、メリークリスマス!そしてよいお年を〜!


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