無題

三途館の活人

 近頃は地獄もすっかり観光地になりまして、念仏町を騒がせるのも、お裁きを待つ亡者ではなく、物見遊山の西洋人ばかり。特に大きく様変わりしたのは三途の川の周辺で、かの有名なあっちの岸の茶屋も今はなく、取り潰されて三代目奪衣婆が取り仕切るHOTEL SYODUKAになりました。ただ、話に聞くところそのホテル、中村何某という曰くつきの亡者が建てたものらしく、何やら怪しげが事件がよく起こるのだとか……。

 ホテル3階、飢餓の間で、顔を突き合わせている男が二人。ひげを偉そうにたくわえた男は、医者の山井養仙と言いまして、生前、助かるはずの多くの病人を殺した大罪人、今はこれなら医療ミスもあるまいと監察医を務める男でございます。もう一方の時代錯誤な格好をした男は自称山伏の螺尾福海と言いまして、これまた生前怪しげな加持祈祷で多くの人から金品をだましとった大罪人、今はその口八丁であらゆる事件を事なきに丸め込む地獄一の名探偵と呼ばれる男でございます。

「久しぶりやな。この前会ったのは和屋竹の葬式か」

 山井がひげをなでつけながら言うと、螺尾はくしゃりと顔をゆがめます。

「あの軽業師、自分だけうまいこと転落生きしよって。ワシが捜査にからんだなら、自蘇にでっちあげて、次に死んだときに熱湯の窯を追い炊きしてやったのに」

「まあ、気持ちはわかる。ワシもお前も商売柄、生き体はよく見るからな。羨ましいわ。こいつもな」

 山井が指さしたのは胸を刺されて死んで……失礼、生きて飢餓の間の床に横たわる西洋人の男です。

「部屋の鍵は内側から閉まっとったらしいし、二度目の地獄の裁きを覚悟しての自蘇やろう。蘇りの責め苦は天国でもつらいらしいが、書き残した本でもあったんかなあ。推理小説家なんやと。ワシは知らんが、名探偵のお前なら知っとるんとちゃうんか?」

 誰や?と螺尾が尋ねます。山井はごほんと咳払い一つ、胸をそらして……。

「ヴァン・ダインやて」

【続く】