無題

探偵葬儀

 弟から父の容体が急変したと電話を受けたのは、看鴉島を後にした船の上だった。童歌。密室。斬首。首つり。串刺し。逃走する犯人、そしてカタストロフ。なじみ深い色調でデコレーションされた悲劇の終幕にするりと入り込んできた身内の不幸は、なんとまあ華のない日常でつまらない。

「それで姉さん、島の方はどうだった」
「解決したよ。犯人は自殺した」
「美鈴さんは」
「自殺した。彼女の父親も。自分の兄が犯人だと聞いてすぐ」

 電話越しの沈黙。姉の露悪的な口ぶりに耐え兼ねたのか。いや、そんな殊勝な奴じゃない。私が解決した事件、つまりはリアルな悲劇を小説と称して売りさばき、金を得ている男なのだ。今回、父の付き添いで同行できなかったことを惜しんでいるのだろう。

「……父さんが、母さんが何故出てったか知りたいって」
「何度も言った。浮気だ」

 脈絡のない話題の転換だった。しかも全くくだらない。私たちの母が私たちを捨てて失踪したのは十二年前のこと。以降、父は酔うたびにその真相を知りたがる。否、都合のいい真相が転がり込むのを口を開けて待っている。私は何度も説明した。順序立てて、明快な論理に基づいて、事後調査を行って、明らかな証拠も示して。

「姉さんはいっつも正しいことを言う」
「探偵だからな」
「僕の小説がどうして売れるかわかる?」

 名探偵・菊水万華シリーズは明快かつフェアな論理が好事家に人気を博す。最新刊の帯裏の文言を私はそらんじた。

「まあね。でもそれは前提だ。売れるのは納得できるからだ。僕が納得できるように演出しているからだ。姉さんは正しいだけだ。知識もやる気もない人間に学術論文を読むことはできない」

「何が言いたい?」

「勝負をしないか。僕は父さんのために母さんの失踪の真相をでっちあげる。嘘と詭弁で騙しとおす。姉さんは、姉さんのいう理で、真実の正しさを証明すればいい」

 これは作者から探偵への挑戦状だ、と弟は言った。

【続く】