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マリッジブルーと沼の城

 生暖かい吐息が顔に吹きかかり目を覚ます。まず聞こえたのは天幕が引き破れ支柱が折れる音。続いて見えたのは産毛のはえた老木のような肌だった。

 沼すすりだ。

 手垢が擦りこまれた猟銃を掴み、轢き潰されつつあるテントから慌てて逃げ出す。温厚な生物ではあるが人を食うことに躊躇いはない。充分に離れた後、木の根に腰を下ろしてその捕食の様子を見守る。沼ごと屍肉と魂を啜るその生態は強く忌避感を呼び起こす。頭部の噴出口から木々に吹きつけられた未消化の魂が森の緑を生前の視界に変換し、その色彩をくるくる掻き混ぜている。自分の現実が揺らぐ光景に俺は吐き気を催した。だがこれは福音だ。

 魔女は沼すすりに魂だけを啜られた女だと言う。残された肉を求め城の周囲では多くの沼すすりがはい回っていると言う。城は近い。婿入りを俺は果たすことができるだろう。それがたとえ生贄だったとしても、定められた役割を全うできることは喜ぶべきに違いない。

【続く】