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【2018忍殺再読】「アイアン・アトラス・ホットショット!」

背景オブジェクトの鑑賞コーナー

 アイアン・アトラス・シリーズ第四話。このシリーズ、とことん一般市民側に寄った解像度の高さが本当によくて、ゲーム本編を進めずフィールドをひたすらぶらぶら散歩してるようなそんな楽しさがありますよね。登場するニンジャたちがイクサを本業とせず組織にも属さない、総じて「レベルの低い」ニンジャたちなのも楽しい。第一級の戦士同士の極限のイクサは、カメラもその攻防を映すことに全力を注がざるを得ませんし、ニンジャ神話規模の大決戦で画面隅に置かれているゴミバケツを描写するリソースはありません。普段、物語上取りこぼさざるを得ない、しかし描かれずとも背景に配置されているオブジェクトをじっくり眺めることができる喜びよ。

 また、鍛錬の足りぬカラテ弱者同士の戦いがどうなるのかというシミュレーションとしても美味しいですね。忍殺における「低レベルなイクサ」の最高傑作はスカラムーシュvsハオカーだと思っているのですが、タランテラvsマッドカッパ&テラートリガーもこれはなかなか……。格の違いによる一撃必殺ではない。テラートリガーさん別にそんなに強くない。単にニンジャ耐久力がヘボいニンジャが並のニンジャのパンチを受けるとこん倒するハメになるというただそれだけの……イクサとすら言いづらい、「おう、そうだな」としか言いようのない素晴らしい塩イクサ。ニンジャは力が強いから殴られれるとニンジャでも気絶しちゃうぞ!以上!解散!

親に学費返せコミタ

 俺は夜のネオサイタマを駆ける獣だ!じゃないんだよコミタ! ショーゴーがフマトニさんに「ケチなニンジャソウルひとつで世界の王になったつもりか」って叱られてたけど、お前はそれ以前の問題だよコミタ! というか大学まともに通う気がないならその300万で親に学費返せコミタ! ……いやあ、本当に生々しい愚かさでいいですよねコミタくん。将来が不安で、でもその不安は具体的なものではなく「現状が続けばまずい気がする」というただの気分で、解決手段を考える力もなければやる気もない怠惰さで、「不安な気分」という安定の中に胡坐をかいて惰眠をむさぼるその有様。300万円という降ってわいた刺激に対して、動物的な興奮のままにその機会を浪費し、ただ「今、この瞬間が楽しい」にずるずると陥る、思考力不足、想像力不足……。このエピソードは、これまでアイアンアトラスに巻き込まれ続けた彼が、本人の愚かさが原因でトラブルに巻き込まれた転機となる一話でもあります。

 が、コミタのそんな一般的には良いとは言えない振舞すらも、決して否定されない所がAOMの凄いところです。今回の事件を踏まえてある種の成長を遂げようとする彼に、「保留保留!」とチュリが笑いかけ、次の「今、この瞬間が楽しい」に飛びついてゆく幕切れは余りにも大胆不敵な度量のデカさ。それぞれに思考があり、ドラマがあり、物語があり、それらは時に衝突し合い、カラテの大小で片方が消え失せることはあっても、否定はされない。他者の内部に土足で足を踏み入れるべきではない。コミタが親に学費を返すかどうかはコミタと親の問題であり、彼と関係のない私が口をはさむべきことではない。まさに「お前がお前のクジで当てたお前のカネなんだから、好きに使えや!」なんですよ。

 無知能……想像力の不足は危険を呼びこみ未来を閉ざしうるでしょう。しかし、「今、この瞬間の楽しさ」のすばらしさは、その危険性によって否定されるものではない。己のカラテが何に影響を与え、何を変えるのか。それを考え続けたフジキドが奮うカラテは確かに情報密度に優れた豊かで魅力的なものでした。しかし、そんなことを何も考えない、ただ今、ぶん殴りたいからぶん殴るだけのアイアンアトラスが奮うカラテ……情報量の全くないスカスカな単純さもまた、フジキドにはない爽快な魅力を持ちうる。本シリーズは、ネヴァーダイズの反動で書かれたワルサイタマを源泉としているらしいですが、なるほどと言うしかないですね。

■note版で再読
■12月29日