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【小説】【漫画】最近読んだアレやコレ(20.01.12)

 あけおめことよろって、いしいひさいちの藤原先生が初出だと思ってたんですけど、別にそんなことないみたいですね。小市民シリーズの新作が発刊され、新本格魔法少女りすかの新作が発表されるという時空の歪みは2020年の開幕を平成方向へと折り曲げ、鵼の碑と龍の歯医者と館シリーズ最終巻と学生有栖シリーズ最終巻とωの悲劇と弦楽器、打楽器とチェレスタのための殺人とボリビアの猿と診療所(サナトリウム)を発売に導くことでしょう。ωの悲劇は森博嗣公式HPの年間発売予定になかったので今年は出ないという噂もありますが目をそらしてゆきましょう。ところで、診療所がわかる人間はここにいるんでしょうか。依井貴裕の幻の新刊ですね。依井貴裕がわかる人間はここにいるんでしょうか。聞こえてますか?届いてますか?

屍人荘の殺人/今村昌弘

 お前まだ読んでなかったのかよシリーズその1。国内ミステリランキング四冠をキめ、ジャンププラスで漫画化し、実写映画化した話題作。オーソドックスな舞台設定とキャッチーな条件設定、鮮烈な着想と骨太な謎解き、綿密さと大胆さの同居と、いわゆる「特殊設定ミステリ(幽霊や魔法などの現実と異なる設定を前提に推理が進行するミステリ)」の王道を胸をはって歩むが如き一冊であり、う~ん俺は今、謎解き小説を読んでいるという味が脳に心地よく染みわたる。が、個人的に謎解きよりも感動したことがありまして、それは推理小説を読みやすくするための種々の工夫です。特に印象的だったのは、作中で登場人物の名前の覚え方を解説したことですね。めちゃくちゃわかりやすい。ゆえに、謎解きの過程がよりクリアに理解できる。そして、そこには、隅々まで理解されてもこの謎解きは絶対におもしろいという自信が漲っている。職業作家としての丁寧な仕事ぶりと、推理小説マニアのギラつく欲望。本作は、その両輪を「わかりやすさ」で繋いでみせた名作です。


ジェリーフィッシュは凍らない/市川憂人

 お前まだ読んでなかったのかよシリーズその2。界隈では近年の話題作といった感じですが、推理小説マニア以外の認知度はどんなもんなんでしょうか。我々の世界は密室であり、外の広さを知らないので、平均はどうもわからない。屍人荘と同じく王道の特殊設定ミステリですが、本作は推理小説としてよりマニアックでり、(矛盾するようですが)謎解き以上に物語としてのおもしろさに傾いている印象です。試験飛行中の新型小型飛行船内で進行する殺戮劇と、殺戮劇完了後に警察が事件を後追いしてゆくパートを交互にお出しする構成がバシバシに決まっており、過去と未来/殺人と推理の両方向から全滅/真相というカタルシスに向け雪崩れこんでゆくのがチョーおもしろい。あと、ラストシーケンスが最高でした。堅実な作りであるからこそ、推理小説としての正常な流れとは全く別方向に向けて離陸してみせた幕切れのイメージは、極めつけに奇妙で不思議で、痺れるほどに焼き付くものがあります。個人的に大好きなセンスでしたので、同作者の別作品もガンガン読んでいきたいですね。


太陽の塔(3巻)/かしのこおり・森見登美彦

 同タイトルの小説原作をコミカライズした最終巻。森見登美彦の小説は、基本的に計算でガチガチに組まれた職人技だと思うのですが、デビュー作である本作だけは例外であり、超高温の粘泥の如き情動と、道行く人を殴りつけるような衝動に溢れています(巻末の原作者寄稿文でも似たようなことが書かれてます)。本作はコミカライズというフィルター、かしのこおりという漫画家さんの優れた分析能力を通したことで、その灼熱の一作を計算づくの整った画に変換することに成功しています。その分析がどれほど優れているかと言うと、「計算づくで」計算ではない衝動と情動に基づいた出力をするという矛盾を成立させているところ。そして、その矛盾の壁越しに生じた温度差は、原作にはなかった+αであり、本作を唯一無二のコミカライズとして高めていると思います。かしのこおりさんの漫画、次は原作なしの作品も是非読んでみたいです。


ハイキュー(41巻)/古舘春一

 スポ根バレー漫画最新刊。現行ジャンプの平均点はちょっと異常なんですが、それでもここ数年(少なくともワールドトリガーが移籍してからは)のジャンプの最高品質はずっとハイキュー!!であり続けていると私は考えていまして……その集大成がこの最新刊。過去40巻分の展開・キャラ・描写・試合・台詞の全てを、週刊連載とは信じがたい緻密・正確・冷淡な理で束ね上げ、それを最適・最高・最熱の表現で描き切った後半の展開はあまりにも凄すぎる。本当に人間がこれを書いたのかと、そんなことが可能なのかと、ただただ恐怖してしまう。選手たちの濃ゆ~い感情・気合い・根性を乗せたスポ根ドラマでありながら、その全ては合理の上で操作すべきステータスであり、本質は「知識・理性・そして思考」であるということ。しかし、選手が人間である以上、知識・理性・思考を磨き、練習と試合を重ねても、絶対に「最適」にはなれないということ。その理では詰め切れない最後の1ピースを埋めるものこそが、それぞれのチームの「コンセプト」であるということ。「コンセプトの戦い」と表される本作の姿勢は非常に現代的であり、「ハイキュー!!」という漫画の作り自体にも強く反映されています。

 あまりにもよい漫画なので、アレやコレ初の二段落目に突入します。本巻の対戦相手「鴎台高校」マジ最高だよねという話がしたいんですよ。「淡々と強い」「習慣は第二の天性なり」というクッソ地味な渋いコンセプトがめちゃくちゃ好み。物語的な盛り上がりや文脈によるメタい補強を無視し、どこまでも地味に、ひたすら堅実に「ただ強い」だけであることを目指すという彼ら。物語の主役・烏野高校が、主人公らしく盛り上がりと文脈を担うチームである以上、彼らは理想的な「主人公チームの前に立ちふさがる強敵」であったなと。また、そんな冷え切ったコンセプトでありながら、彼ら自身はとことんバレーというスポーツを楽しんでいるのが素晴らしい。「おもしろい」を求めない徹底した平坦さの中でバレーを遊び、その実現の中に「本当のおもしろさ」があると笑うその姿勢は、本当にかっこよく、憧れてしまう。こうありたいもんですね。