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【小説】好き好き平面図:水曜編

 そんなわけで水曜編です。水曜ってなんだよですって? ディスコ探偵水曜日に決まってるだろうが! 読め! 全人類はディスコ探偵水曜日を買って読め! ……要は私のオールタイムベスト小説の一つですね。心の中の本棚で、魍魎の匣とかソロモンの偽証とかニンジャスレイヤーとかとんかつDJアゲ太郎とかジャズ大名(映画)とかカブトボーグとか筒井康隆の小説とかインテリぶる推理少女とハメたい先生と同じところに収められてるフィクションです。それ平面図関係なくてただお前が好きな小説の話したいだけじゃないのですって? いやちょっと待ってくださいよ……。否定しきれない部分もありますが、本作の平面図は実際とてもいいものなんですよ。

TIPS:ディスコ探偵水曜日
 私はこの小説が余りにも好きすぎて語る言葉を持てないので、以下、アマゾンの粗筋を引用します。「迷子捜し専門のアメリカ人探偵ディスコ・ウェンズデイの目の前で六歳の梢に十七歳の梢が侵入。真相の探究は全てを破滅へと誘う。謎の渦巻く円い館と名探偵の連続死。魂を奪われた少女たちと梢を苛む闇の男。真実なんて天井にぶら下がったミラーボール。眩い光にダンスを止めるな。踊り続けろ水曜日。」そう、まさにそういう話です。
 また、若島正氏による本作の評もとてもとてもすばらしいレビューで、読むたびに涙腺が緩んでしまうので是非読んで欲しい……。

 本作の平面図は上のTIPSでも引用した「謎の渦巻く円い館」……パインハウスという館のものです。その名前通りこの館はパイン状の建造物、中央の円形ホール外周を円を描く廊下が囲みさらにその外周に部屋が配置されているという極めてシンプルなものであり、それ単体ではそれほど目を見張るものではありません。大切なのは、このシンプルな図面が、作中で幾度となく、本当に幾度となく、紙面が擦り切れるほどに書き直され続けるところにあります。これほどに作中で改定を重ねられ続ける平面図は他にないのではないでしょうか。

 本作はとても「推理小説」の一言でラベリングできる代物ではないのですが、無数の名探偵が登場し、パインハウスで発生した一つの殺人事件に対して無数の解決を提示するという、いわゆる「多重解決もの」を模した展開が序盤に存在します。その中で名探偵は一人ずつ、この平面図を取り上げ、それに解釈を示し、新たに登場した手がかりによってそれを否定され、消えてゆきます。名探偵の敗北の連鎖によって、この小説の真実は捻じ曲がり、空間も歪み、ついには時間すらも揺らいでしまうのですが、それと共にこの平面図はにねじれ丸められ切りさかれ歪められ塗りつぶされ書き込まれ続けます。シンプルな円形の館であるがゆえに、無限の解釈を孕み、無限の変化を見せる。作中の台詞に「この世の出来事は全部運命と意志の相互作用で生まれるんだって、知ってる?」というものがありますが、この図面はまさに入力された運命と意志を出来事として出力するゲートであり、この小説の中心点に在り続け、物語の全てを象徴し、ゆえに解釈の対象となる「この小説を表した完璧な形」でもあるのです。