190630パラダイムシフターnote用ヘッダ第07章17節

【第7章】奈落の底、掃溜の山 (17/23)【合流】

【目次】

【逆手】

「おまえ……セフィロト社のエージェント、か?」

 アサイラは、会敵したときに口にした質問を、再度たずねる。獣耳の女性は、返事をせずに沈黙を守り続ける。

(まあ、聞くまでもない……か?)

 女の首から下には、黒光りする装甲のコンバットスーツが身をおおっている。なにより、彼女が使った各種の兵器は、セフィロト社のものと考えるのが自然だ。

(……だが)

 年の頃は二十前後の女性が、熟練の特殊部隊員のごとき戦闘行動をとっていた。それが、アサイラには信じられなかった。

「勇者サマ。こいつ、やっぱり悪魔だ。むかし、長老が話していた」

 ワッカは、震えた声で話し出す。

「黒い鎧の悪魔が、おいらたちの仲間を、あちこちの集落を……焼いて回ったって。だから、いまは、おいらたちの集落しか残っていないって……」

 防護服越しでも、ワッカが震えているのがわかった。ワッカは、ガレキの山のなかからとがった金属片を拾い上げると、獣耳の女の顔に振り下ろそうとする。

 アサイラは、ワッカの腕を止める。

「勇者サマ! なぜ邪魔をする……」

「悪いな、ワッカ。こいつには、いろいろと聞かなきゃならないことがあるんだ」

 アサイラは獣耳の女を組み伏せたまま、視線を落とす。

「ここは、どこのどういう次元世界<パラダイム>か? おまえは、どうやってここに来た? どこに、どうやって帰るつもりだった?」

 浴びせかけられる質問に、いずれも女は沈黙を守り続ける。

 上天の雲の渦から、ばらばらと廃棄物が落下してくる。汚染空気の風が吹き抜け、文字通り、アサイラと女の肌を侵す。

 刺激性のガスが染みて、アサイラは思わず目をつむる。

(クソ淫魔がいりゃ、こういうとき早いんだが。それこそ、ニワトリと卵か)

 アサイラは、頭上をあおぐ。

「勇者サマ、防護服なしで央心地ちかくに長くいるのは危険だら。悪魔を身ぐるみはいで、とっととかえろう」

「こいつはどうするんだ。置いてきぼりか?」

「悪魔になにを聞いたって、まともに答えるはずがないだら!」

 ワッカが声を荒げる。アサイラは対応に悩みつつ、目元をこする。

 そのときに、上空に電光の走るさまが見えた。雲の狭間ではじける橙色の稲光とは違う。目を凝らせば、空間にノイズのようなものが走っている。

──バチバチ、バチィ!

 激しいスパークを伴って、空中に『扉』のようなものが具現化する。獣耳の女は目を見開き、ワッカはその場で腰を抜かす。

 それは、アサイラにとっては見慣れたものだった。ノイズときしみ音を立てながら、両開きの『扉』が口を広げていく。

「うわっ、くっさ! ひどい空気だけど……アサイラ、生きてる!?」

「ああ……生きている」

 アサイラは、扉の向こう側から聞こえてくる、すっかりなじみになってしまった腐れ縁の相手の問いかけに答える。

「遅かったじゃないか、クソ淫魔。もう少しで、本当に死ぬところだった」

「もう、これ以上できない、ってくらい急いだのだわ! 文句あるのなら、このまま扉を閉めるわよ!?」

 悪態をつきつつ、『扉』の向こう側から、一人の女性がガレキの大地に降り立つ。

 その女性は、ウェーブのかかったロングヘアに、紫色のゴシックロリータドレスを身につけている。

 アサイラの協力者、『淫魔』を名乗る女だった。

「ああ、もう! 目にも、鼻にもしみてくる! およそ、レディのいるべき場所じゃない……どころか、生物が存在できる環境じゃないのだわ!!」

「ところがどっこい、そうでもない」

 アサイラは、『淫魔』に対し、ワッカのほうを指し示す。当のワッカは、呆然と『淫魔』のほうを見上げている。

「女神サマ、だら……」

 感嘆の声をこぼすワッカに対して、はじめ『淫魔』は目を丸くし、やがて、極限環境に不似合いなスマイルを浮かべて応える。

「あら、よくわかったわね。アサイラよりも、よっぽど見る目があるのだわ」

「調子に乗るな、クソ淫魔」

「クソインマ? かわった名前の女神サマだら」

「こいつの軽口は、本気にしない!」

 アサイラは、汚染空気のなかでひとしきり笑い、軽くせきこむ。そして、自分の体重で組み伏せている獣耳の女エージェントを指さした。

【離別】

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