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調布飛行場連中 その8

アメージングボックスマン
 ホンダR&P(ライド&プレイの略だそうです)に乗った、T君というバイク乗りがいた。しかし仲間内でT君と言って分かるのは、たぶん僕くらいだろう。でも「ボックスマン」と言えば「あー、アイツか」と誰もが分かるはずだ。
 T君はR&Pに、当時スクーター以外では珍しいテールボックスを付けていた。それで、僕らから「ボックスマン」と呼ばれていた。僕らは「ボックスを開けると中に家があって、その中に住んでいるんだろう」とか「ボックスの中には無限の宇宙が広がっているんだろう」とか言ってからかっていた。
 実際にT君はボックスの中に色々なモノを入れていて、例えばCRC556(スプレー式潤滑剤)の320ml缶みたいな、普通は絶対に持ち歩かないだろう、というようなモノまで入れていた。
 T君はいつも必要以上に虚勢を張っていた。話を始める時には「あのよ〜、俺よ〜」とチンピラみたいな枕言葉を必ず付けて、少しつっかえながら早口で喋るのだ。チンピラチックな言葉遣いと160cmに満たない彼の風体と、さらにボックスを付けたR&Pが、全くのアンマッチだった。そしてその態度は、僕らと顔見知りになってからもずっと変わらず、突っ張っている様子がいつもミエミエで、とても微笑ましかった(それがからかわれる原因でもあったのだが)。

「ひろこの」と堀ひろ子さん
 T君は当時、杉並区浜田山にあった「ひろこの」に行った時の事を、とても嬉しそうに話していた。「ひろこの」は、堀ひろ子さんという女性レーサーの草分け的な方が経営していた、バイク用品のショップだ。
 T君の「ひろこの」訪問談だが、彼は堀ひろ子さんをまるで自分の彼女か恋人のように「ひろ子がどうした〜」「ひろ子がこうした〜」と敬称を付けず、盛んに語っていた。その時の彼のR&Pはと言えば、「ひろこの」のキスマークを模したステッカーだらけになっていた。
 「ひろこの」には僕も何度か行った事がある。堀ひろ子さんは、背が高くスタイルの良い大変キレイな、なおかつバイク界ではとても有名な方だった。鈴鹿6時間耐久レース(当時は8時間では無かった)にも「ロードボンバー」(後述します)というバイクで出場し、総合18位と云う好成績を治めた。まさに才色兼備を具現化しているあこがれの女性だった。
 一方のT君だが、背が低く原付免許(「ひろこの」訪問当時。のちに中型免許を取得しCM125に乗り換えたはず)しか持ってなくて、行動や言動を含めて僕らから見てもユニークで、堀ひろ子さんとは全く釣り合わない。当たり前の事だが、堀ひろ子さんは単にお客としてのT君に愛想良くしていただけの事だ。そのあたりのT君の認識不足というか空気の読めなさ加減も、僕らにからかわれる理由のひとつなのだが・・・。しかし堀ひろ子さんを相手にのぼせ上がる気持ちは、分からないでも無いが。
 でもT君は決して嫌なヤツではなかった。人との接し方が下手なだけで、良いヤツで愛すべきキャラだったと思う。僕らから積極的に彼に関わろうとする事は無かったけど、彼を拒否したり無視したりする事もなかった。仲間というのとはちょっと違うのかも知れないが、もちろん彼も調布飛行場連中の一員である事に変わりはない。
(つづく)

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