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“絶対的な何か”なんかなくてもいい―ハマリーマン・大貫晋一が見せてくれたこと―

 コンコンコン。失礼します、と言って部屋に入ると、机の向こうには背広を着たおじさん。見るからに締めなれたネクタイがサラリーマン生活の長さを感じさせ、思わず自分の首元を気にしたくなる。私が腰かけると、彼は落ち着いた口調で尋ねてくる。

「あなたの強みは何ですか?」

 去年、今年とゆうに100回以上はこのやり取りを繰り返しただろう。新卒就活のド定番質問、「強み」。大人はみんなに、そして今の私にそれがあって当たり前かのように問いかけてくる。

「はい、私の強さは粘り強さです!」

 多くの学生はこれまたド定番のリアクションにそれっぽい自らのエピソードを肉付けして自分を売り込む。
 心中うんざりする。うるせえ。ねえよ、強みなんか。じゃああんたはサラリーマン生活ウン十年の中でそんなに自信持って語れる強みがあんのかよ。誰もが認める強みなんかあったら、そもそも面接なんか受けていないんだよ。

 誰にも負けない、絶対的な何か。みんな、人生で何度か憧れる。が、本当にそんなものを手にできる者はごくわずかにすぎないということを私たちは知っている。殆どの人は月並みな能力しか持っていない、ごく普通の人間に過ぎない。

 大貫晋一。彼もまた、プロ野球ということ特別な舞台の中にあっては平凡な人間に見える。

 なんで、こいつ一軍で投げているんだろう。正直な第一印象はそれだった。
 社会人出身のドラフト3位。持ち球はストレート、ツーシーム、カーブ、スプリット。まっすぐは130キロ後半~140キロ前半。悪くはないかもしれないが、これくらいプロの世界にはごまんといるように思う。

 誰にも負けなさそうな決め球はない。山崎康晃のようなツーシームも、国吉のような剛速球も、今永のようなチェンジアップも。悪く言えばすべての球が何となく打ててしまいそうだ。それでも目の前で大島が、京田が、凡ゴロに倒れていく。……あ、ほらみろ、福田にツーシームを左中間まで運ばれているじゃないか。それでも彼は表情ひとつ変えず、ビシエドから見逃し三振を奪ってベンチに引きあげた。

気迫で抑えているようにも見えない。プロらしからぬ優しそうな顔。大魔神のように仁王立ちするわけでもなく、山崎康晃のようにバッターを指さして吼えるわけでもない。番長のリーゼントやベイスターズの面々によく見るヒゲ面にして見た目で威圧するわけでもない。
でも、高橋周平が、阿部が、平田が、悔しそうにマウンドを見てベンチに戻っていく。誰も、大貫を打てていない。打てないどころか、福田のホームラン以外は外野までまともな当たりが飛んでいない。

ワイシャツにネクタイ姿がやたらと似合う。会社員かよこいつ……あ、社会人出身だった、失敬。さしずめ大貫にニックネームをつけるなら「ハマのサラリーマン」で“ハマリーマン”になるのか……いや、絶対流行らなさそう。

 まっすぐも変化球もコントロールもスタミナも全てが平凡に見える大貫は、私にはどこかサラリーマンに重なって見える。
 約20年、普通に生きてきて、それなりの会社に入る。すごく頭が切れるわけでもすごいコネや金を持っているわけでもない。雨の日も風の日も仕事があれば出社し、時に理不尽に耐え、自分の持ち場を日々守っていく。
 プロ野球という世界にあっても、甲子園出場、六大学出身、首位打者、ホームラン王……周りはみんな優秀に見える。対する自分に特別な、絶対的な武器はない。それでも「投げろ」と言われたら勝利を目指して黙々と腕を振る。丹念に低めをつき続けて敵の攻撃を切り抜ける。時にランナーを背負っても、エラーが出ても、ホームランを打たれても動揺を見せずに次のバッターに対峙する。
 愚直に、これでもかというくらいに低めに投げ続ける背中からは「だって、俺にはこれしかないんだから」と聞こえてくる気がする。その愚直さがこもった球を相手の打線は面白いように捉えられない。

 己ができることの積み重ねが、スコアボードに刻まれていく。加藤も堂上も打ち取り、さっきホームランを打った福田も今度は三振に切って取る。

 2019年9月24日、ナゴヤドーム。大貫が投げたその試合で、ベイスターズは22年ぶりの2位を確定させた。
 思えば球団のルーキー初勝利も令和初勝利も、手にしたのは大貫だった。
 6勝5敗、防御率5.00。数字でも大貫は決して目立たない。だが、彼は常に己のベストを尽くした結果、いずれもたった1人しか手にできない特別な勝利を3つもものにした。

 誰しも、“絶対的な何か”を欲しがる。もしかしたら本当は大貫ももっと速いストレートやすごい変化球を欲しがっているのかもしれない。だが、天賦の才など欲しがったところでどうしようもない。ならば今できることを積み重ねるしかないのだ。
 平凡な人間の果てなき積み重ねの先にこそ、誰にも手が届かない果実があるのかもしれない。
 「“絶対的な何か”なんか、なくてもいい」―ハマリーマン・大貫晋一の背中は、そう語っている。

大貫 サイン

2020年2月、嘉手納でのキャンプにてもらったサイン。二軍からのスタートだった今年だが、今夜の巨人戦で結果を残しローテに食い込めるか

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