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漢字は勘字?感字?

(写真はwikipediaより)

Part1: 勘字編

ある日の午後、学校から帰るとテーブルの上に何か食べ物らしきプラスチックの円い箱が…。
何だろう?
フタには「乾肉牛汁果」と書いてある。乾燥肉と牛の出汁と果物?
分かったような分からないような。う~む、変な食べ物だ。
原材料は何だろう、と箱の側面をみると、
「司公品食XX」
右から読むのでした。「果汁牛肉乾」。
ビーフジャーキーの甘いヤツ。

昔の香港では横書きにする時は右から書くものと決まっていました。これは終戦直後くらいまでの日本と同じです。
しかし香港は、80年代に至ってからも右から書くか、左から書くかが統一されておらず、横書きの文章を読むことはちょっと頭を使うことでもありました。

かつての香港ではバスの二階最前列に陣取ると、目抜き通りの看板にぶつかりそうなスリルを味わったものでしたが、その看板が一瞬ではよく読めない。最近は右から読む看板はほとんど見つかりませんが、昔は結構な割合で使われていました。店のオーナーが台湾系か香港地元民かで違うという話しを聞いたことがあるのですが、どうも怪しいです。

書く方向はどうも業種によって違いがあるように感じられました。
右から書くのは創業の古い漢方薬や化粧品、映画関係、新聞の見出しなどに多かったです。
油花白」「油金萬」くらいはすぐわかります。「脂油」は映画「グリース」、「契身賣」は映画「Mr. Boo! インベーダー作戦」。
又、トラムの行き先表示も「North point角北」「Causewaybay灣鑼銅」「Happy Valley地馬跑」といった具合。

右か左か、単語熟語だけなら比較的すぐに判断がつくのですが、ある程度の文章になると子供の頭ではお手上げになります。
見当も付かなかったのはとある建設現場の張り紙で、縦に20文字くらい、横に7-8文字くらいで句読点も何も書いていない文章を見たことがあって、これは完全に解読不能でした。右から?左から?上から?下からだけはありえないよね?もっともそんな文章は読む方向が分かっても読めやしないし、読めたところで何にもならないんですが…。あれはいったい何だったのでしょうか?

Part:2 感字編

日本人でも小さいころから長く香港に暮らしていると、学校で習っていなくても普段よく見る漢字は覚えてしまいます。

例えば、「」。今では香港も当用漢字と同じ「」を使うのが普通ですが、昔は「」が基本でした。このちょっとした違いを意識しておかないと日本人としてダメ出しを食らいます。
日本人学校の社会科か何かのテストで「工場」と書くべきところを、うっかり「工塲」と書いてしまった某友人。返ってきたテスト用紙を見て自分で間違いに気づき「あっ」と声が出ましたが後の祭り。

日本人学校小学部では、国語の教科書に当時全国シェア6割であった光村図書出版「小学新国語」を採用していました。日本人学校は世界中どの学校でも国内最高シェアを持つ出版社の教科書を採用するのです。「場」は小学二年生の比較的早い時期に習います。
しかし、日々生活していると出先で「停車塲」(駐車場)などと書いてあるのを常々見ているものですから、なんとなく「塲」を覚えてしまいます。ましてや教科書で覚える前の幼稚園や小一で毎日「塲」を見ていれば、「場」とどちらが当用漢字だったかあやふやにもなりますよね。

私が帰国してすぐの中学二年のころ、漢字のテストで「」があったんです。そこで、自信満々で「」と書いてしまいまして、当然ペケで返ってきました。
なんでこれがペケなんだよ!国語の先生のクセに漢字が読めないのかあぁ!と怒りに震えてよーく見ると、あれ、一本多かった…。
ほかにも「」を書くときに「はつがしら」の下に書く部分が何となく自信がなくて、「」なら覚えてるから絶対書けるのに、なんてこともありました。香港人は「發」の字が大好きでよく使いますよね。

Part:3 では香港人は漢字を何と捉えているか?

香港人の「繁体字愛」は日本人には計り知れないものがあります。
多くの香港人が大陸中国語で使う簡体字(正確には簡化字)を「殘體字」と呼んで忌み嫌っているのですが、ここで言う「殘」は傷物や不完全という意味で、ニュアンスとしては「不細工な字」といった感じでしょうか。
確かに「」には心があるが「」には心がない、「」は双翼だから飛べるが「」は片翼だから飛べない、などの主張を見聞すると思わずうまい!座布団一枚!って叫びたくなります。
個人的には「」と「」が同じ「」にされているのがとてもイヤです。「」を「」にされているのもまぎらわしい。
とはいえ、簡体字自体は草書から来ているものも多いですし、今ではシンガポール、マレーシアでも簡体字を採用しています。徹底的に排除する必要もないんじゃないかと思うんですが。

簡体字を嫌う香港人ではありますが、やはり画数の多い文字を書くのは面倒くさいのでしょう。簡単な字で代用することも多々見かけます。「尖沙咀」は本来は「尖沙嘴」つまり尖った沙嘴の意味ですし、「赤鱲角」を「赤立角」と書く人も多いですよね。って言うか、書ける人いますか?「赤鱲角」。
そもそも字面が似ているとか音が同じってだけで間違った字を平気で使う人もいますし、中国語を使う以上避けることの不可能な「」だって康煕字典には載っていない字で、本来繁体字は「」です。

今はPC全盛ですから、画数がいくら多くても繁体字が出力出来る便利な時代になりました。私は香港人宛にPC上でテキストを送るときには、必ず繁体字で送るようにしています。Facebookのコメント欄などにはよく「簡体字を使うな!(怒)」と突っ込みを入れる人が出没します(突っ込んだ相手がシンガポール人かマレーシア人だったらどうするんでしょうね?)。それに、主観ですが見た目も繁体字のほうが丁寧で誠実に見える気がするんです。だから私のPCは中文入力の時は繁体字モードにしてあります。逆に簡体字を入力するのはセッティングをいちいち切り変えなければならないので、えらく面倒な作業になるのです。
ただ、私は北京語を簡体字で習ったので、簡体字が嫌い!という事ではないんです。だから、なにかメモ書き程度の短文を手書きをするときは、ついついラクして簡体字で書いてしまいます。
簡体字はPCのない時代に無理やり生み出された鬼っ子なのでしょうか。なんだか最近は大陸側でも繁体字再評価の声もあるようですし。行く末は分かりませんね。

そんな訳で、簡体字と繁体字と当用漢字・常用漢字が読めるということは、もしかしたらかなりのアドバンテージなのかもしれないと、ふと思った次第なのでした。
(でも、そのアドバンテージを全然活用していない。)


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