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『魔法使いたちの料理帳』とスネイプ先生の授業

セブルス・スネイプ。彼の名前を知らない日本人はどれほどいるのだろうか。知らない人などいないのではないかと思うほど、『ハリーポッター』というシリーズは名作児童小説であり、名作映画だ。

この作品の登場人物は実に多く、それぞれに違った魅力があるので、人気のあるキャラクターも数多くいるのだが、スネイプ先生はその中でも群を抜いて人気のあるキャラクターだ。下手をすると主人公の仲良し3人組をも上回る人気の程である。
原作でも「べたついた黒髪」などと形容される容姿に加え、嫌味で怖い教師の彼は、序盤から人気があったわけではない。寧ろ嫌われるキャラクターだった。
しかし、話を追うごとに明かされる、ハリーの母、リリーとの関係性(若干一方的な)や、学生時代の話、複雑な思いを抱えながらもハリーを守る姿に多くの人がファンになったのだ。

とは言え、彼は本編で亡くなっているので、ハリーポッターの続編となる『呪いの子』は勿論のこと、この先ハリーポッターの続編が出てもセルブス・スネイプの物語はこれ以上語られることは無いのだろう。
ハリーポッター本編より前の時間軸を舞台にしたスマートフォン向けゲームには主人公の教師として出てきてはいたが、更なる彼の一面が明かされるといった雰囲気では残念ながらなかった。

そんな中、ファンの心をくすぐる書籍が出ているのを御存知だろうか?その本は、タイトルにハリーポッターのHの字もない。帯にはハリーポッターと書いてはあるが、帯を外したらもうわからない。

タイトルは、『魔法使いたちの料理帳』(オーレリア・ボーポミエ著、田中裕子訳、原書房)
言ってしまえば少し変わった料理本である。

コンセプトとしては、ファンタジー作品に出てくる食べ物を作ってしまおうじゃないか、という書籍なのだが、この本の真髄はレシピではなく、その語り口と翻訳の手腕にある。完成度が非常に高い二次創作と言えるだろう。

本を開くと、料理本らしく料理の写真が載っている。背景やお皿、小物、色合いも作品世界をイメージしたものになっていて写真だけでも物語の挿絵が飛び出てきたようなリアルさだ。見開きの隣のページには材料と、料理の名前、料理の説明、レシピが載っている。

文章部分も大いに凝っていて、例えばただのパンが「かかしのパン」という名をつけられているのだ。そして説明書きには、『オズの魔法使い』のかかしが何故このパンを作ったのか、短い物語が描かれる。レシピ部分でも、「旅人から材料を分けてもらって作ろう」というレシピとしては余計な一文が加えられている。たった見開き2ページ、文章量としてはとても少ないにも関わらず、『オズ』の空気感が詰め込まれたページだ。

こうしたレシピが無数に載っているのだが、165ページ目がハリーポッターにまつわる2つの飲み物のレシピになっている。要は魔法薬の作り方、というわけだ。このページの情報量が多いのである。

1つ目は『屋敷しもべ妖精のノンアルコールワイン』。説明書きで描かれるのは、死喰い人になった頃の物語だ。闇の魔法使いになった瞬間の話がこんなところで語られている。

もう1つは『思い出のポーション』。リリー絡みの物語が語られているのだが、少し悲しくて、とてもスネイプらしいエピソードだ。スネイプ好きの方にはぜひご自分の目で確認していただきたい。

載っているエピソードもとても良いのだが、この2つの魔法薬の作り方を教えてくれるのは、他でもないセブルス・スネイプ自身である。勿論失敗したら居残りをさせられるらしい。どういう心情で本の向こう側の我々生徒たちにこの2つの薬の作り方を教えているのか、想像するだけでも楽しい。

けして公式的な文章ではなく、その上短い文章ではあるのだが、十二分にセブルス・スネイプを感じさせる仕上がりだ。これを読んでからもう一度本編を見直してみると、また違う気持ちで、違うものを見つけながら見られるだろう。

このレシピ集は他にも雪の女王やゼルダの伝説、アーサー王物語など多岐にわたるレシピを載せているので、めくって眺めるだけでも楽しいのではないか。

じきにハロウィンがくる。物語の世界に浸りながら料理をしてみる午後というのも良いかもしれない。


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