人類みなゆるく知り合い

タピオカの行列に並んでいると後ろの女子高生の会話が気になった。

AちゃんもBちゃんも優しいから会話してあげてただけなのにね、Cちゃんなんて自分が友だちになった気になって話してくるんだよまじうざいよね。

悲しいね、でもこういうことってあるよなぁ。どうやらCちゃんは嫌われているようだ。どちらの立場でも胸が痛くなる話。でもタピオカに並ぶ女子高生2人にとってちょっとした話のネタなんだろう。

そんな調子でずっと愚痴とも悪口とも取れるような世間話が続いていた、そしてうち1人がこんなことを言った。

わたし常に人に優しく居ようと生きてるんだよね。


先日ライブハウスに行った時こんなことがあった。

かなり盛り上がっているライブだったのだけど、わたしの背中を思いっきり押してよろけて空いたスペースに入り友だちに話しかけていた女性が居た。

上記とは別に、彼女を守るために近づいてきた人を男女問わず腕っ節で跳ね返している男性も居た。彼はもう片方の腕で包んだ彼女に大丈夫?としきりに声を掛けていた。

みんな自分の世界の中にいる人には優しい。
自分が【友人】【恋人】などと括った人には優しい。

そうなんだよな~きっと誰だってそうなのかもしれない。

これはわたしの知りうる世界から見た例え話、身近なものがライブやタピオカ屋に並ぶ女子高生だったというだけだ。どんな場でも同じようなことってあるのではないかと思う。ライブはバンドや土地によってノリもお客さんの人柄も大きく変わるのでこの話はあくまでも一例にすぎない。

言いたいのは、たまに自分がその人にとっての世界の外、その人にとって自分が全くの他人である場に身を置いたとき、恐怖を感じるということ。知人以外の全てがモノになるときがあるということ。モノというのか。雰囲気、空気、というのか。人以外の何か。

みんな全く悪い人ではないのに。全く愛がないわけではないのに。同じものが好きな人達が集まってもそんなことが起きてしまうなんてちょっと、やっぱり、恐怖だ。

知らない人のことは敵だと無意識に思ってしまうんだろうか。ライブ中、わかりやすく何か言われたり何かされたときは、心に余裕がある限り見やすい場所をその人に譲るようにしている。大抵相手は驚いた顔をするけど、それで敵じゃない人もいるのかと思ってもらえたらなと思う。

話は脱線するけれど、これは勿論わたしは優しい、という話をしているわけではない。
そして優しいことが良いわけでもない。優しさにも種類があって、いい優しさは湿度のないものだと日々思っているのだけど、気を抜くとすぐ湿度を伴ってしまう。

話を戻す。この人とは仲良し、というグループ分けをするから仲良しでない人というグループができてしまう。仲良しというラベルの貼られたグループの中に居ると安心感もあるし楽しいこともたくさんあるだろう。この話は頭の中でグループ分けをするのを止めよう、という短絡的な話でもない。

他人事のように話しているけど悲しい哉わたしだって愚痴も言うし好きな人達も居て、頭の中で好きな人のグループを作ってしまっている人間のひとりだ。


人類みな兄弟とまではいけなくてもさ、ゆるく全員みんな知り合いくらいの心持ちになれたらいいな、と思います。実際友人6人辿れば全世界の人と知人になれるという説もあるし。(六次の隔たりと言うらしい。)実際そんな心持ちになることは結構難しいかもしれないけど。友だちでなくてもみんな知り合い、と思えば人をむやみに傷付けずに済むかもしれないな。
と最近モヤモヤしていたこと、書いてみたらなんだか凡庸な結論に至りました。


今日のイラスト

アフガンハウンド🐶

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

嬉しい~読んでくれた上にスキまで!ありがとうございます!
1

かまだまみこ(イラストレーター)

大阪在住イラストレーター。日々のこと。damaka.mk@gmail.com
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。