映画「君が君で君だ」を観たら、平成最後の夏に風穴あいてしまった。

ずっと、フェリーに乗っている時のような感覚がある。

映画「君が君で君だ」を見てからのことだ。
大好きな女の子の好きな男になりきって、自分の名前すら捨て去り、10年間彼女を見守ってきた3人の男たちの愛の結末を描いた恋愛譚。
日本の伝説のロックシンガー「尾崎豊」になりきるのは、池松壮亮さん。ハリウッドの名俳優「ブラピ」になりきるのは、満島真之介さん。日本の歴史を動かした「坂本龍馬」になりきるのは、大倉孝二さん。「姫」として見守られるヒロインにキム・コッピさん。そうそうたる顔ぶれ。

全然、フェリーに関係ない映画なんだけど、すごく体感的に似ている。小さな船ではなく、フェリーだから、そこまで揺れは大きくない。でも酔う。気づいたら。甘いファンタジーとか、ゴゴゴっと城が焼け落ちるとか、お金かかったCGとか、そんなものは一切ないのに、酔うのだ。

自分の中にもある(と認めざるを得ない)、愚かで盲目でしみったれた純粋なのか歪んでるのか分からない感情を、これでもかというほど肥大化させたようなこの作品は、「観た」というより「観てしまった」という感情に襲われる。後悔はないのだけれど、ほとんどのシーンが半径200mくらいで巻き起こっているできごとなのに、壮大。そんなところもフェリーに似ている。甲板で海を見ているときのような感覚だ。無敵になったような、とうとうひとりぼっちになったような、渾然とした感情が、海の美しさへの興奮と混ざって、夏祭りの日に口の中に入ってすぐのわたあめみたいに、波に溶けていく。残るのはカタチのない、ひそかな余韻だけ。私は映画の余韻の中で、まだ潮風でべたつく肌をもてあましている。

どうしてそんな風に思ったのか、少しずつ、自分でも整理してみたいので、ちまちま書いていきたいと思う。

まず最初から、この作品は今までわたしが観てきた映画とは違った。ある日カラオケ屋さんで出会ったキム・コッピさん演じるソンに恋する、池松さんと満島さん。
音やカメラワークにしょっぱなから、のみこまれた。人が撮っているのだと意識させるカメラの揺れやピントの合わなさ、声の湿り気や咀嚼音。そんなんだから、ソンを助けようとしてボコボコにされる2人の無様な青春のワンシーンは、そんなの体験したことがないのに冒頭からすでに気恥ずかしくって、なんだか自分がこの映画の傍観者でいられなくなる感じ。
殴られた2人にハンカチを差し出すキム・コッピさん、めちゃくちゃ清楚でくしゃっとした笑顔が可愛い。水色の服でロングスカート、王道で最高。この可憐さが、10年経つと…もうその対比というか時間の流れに今これを書いてて胸が痛い。

10年後、彼らがつくる「ソンのための国」は小さくいびつに、けれど完成されていた。池松さんがソンを偶然見かけたときに知った理想の男性像、「尾崎豊」「ブラピ」「坂本龍馬」に、それぞれがなりきる。ソンの住むマンションの向かいのぼろアパートで、ソンの部屋を覗き、盗聴し、同じ瞬間同じものを食べ、それを3人で楽しんでワイワイ暮らす。ゴミは拾ってくるし、盗撮もしまくり、ソンの写真が壁を埋め尽くす。その姿は、とても異常で、どこまでも陽気で、部活のようなノリで。もう3人が怖かった。自分の名前すらも捨てて、10年間ストーカー。見守るとか、なんかそんな綺麗な言葉じゃ表現できてないしなんか違う。
あ、これ「池松さんに見守られる映画?」って期待してくる女の子たちが危ない。新たな性癖に目覚めて映画館から帰っていくのでは…それもありだが…。そんな女の子にカフェでフラペチーノ奢ってひたすら話を聞きたいけど…。

そこにソンのクズな彼氏の借金取りがやってきて、大好きな姫を守るために3人は立ち上がるものの即座に返り討ち。物語は大きな騒動に発展していく。と言うのがこの映画。

借金取りが来て、彼らの作った国が揺らぐ。もうその時には、わたしは4人目になっていた。尾崎、ブラピ、坂本龍馬につぐ、姫を守る兵士のひとりに。彼らが国を築くまでのことを知っているから、揺れる人の視線のようなカメラワークもあって、ついつい入りこんでいた。さらに怖さが増す。愛情ってなに、なんでわたし、このポンコツ悪質ストーカー3人の側に立ってこの映画観てるの?

そんなところに、3人の愛情を肯定するかのようなセリフが入る。借金取りのボスのYOUさんと、その子分の向井理さんの会話だ。
「あんたさ、あんなに愛されたことある?」つぶやくYOUさんに、
「あんなの愛じゃないでしょ」と向井理さんが吐き捨て、
「だから半端なんだよ」とYOUさんが切り捨てる。

この映画、いたるところで言葉の強さにも驚かされたなあ。ここでますます、なりきりバカ3人が可愛く思えてきてしまう。しかし、さらにエスカレートしていく事態に、わたしの愛の基準がめちゃくちゃになっていく。3人が可愛いと思える?純粋だなあって思える?ねえ、あなたの愛はなに?と怒涛のように試され続ける。私は4人目でいられるのか?

あ、そうか。
観ているわたし自身の愛を試されて、常識を試されて。その前提を軽々と超えていく剥き出しの愛に、目が離せなかったのか。だから、怖いし、酔う。だけど、観てしまう。

これは、観る人、一人ひとりの名前やら記号やら所属やらといった飾りを、ぜんぶ剥ぎ取ったときの、はだかの「君」の愛はどこだ、と突きつけてくる映画。

ちょっとすっきり。ちゃんと吐き出せたぞ、うん。

ここからは、ひとつひとつ、気になったところを挙げていこう。

キム・コッピさん演じるソン。彼女は「誰かの夢を叶えたい」系女子だなあと思った。最初はお母さんのために日本語の先生を目指し、次に音楽で売れたい男の夢に乗っかろうとする。そのために、献身的に尽くす。そして、彼氏はその愛の重さに耐えきれず、クズへと変貌する。ソンの元彼の坂本龍馬が振られたのも、そう考えると理解できた。自分のことばっかり見ている男ではなくて、夢の方角を見ている男が、ソンは好きなのだ。いいか悪いかは別として。

ソンの色も、すごかった。最初は清楚な水色とか太陽のような黄色の服だったのが、荒んでいくにつれて、どぎつい赤へ。転がり落ちていく途中、クズのために夜のお店で働くと言い出した時も、赤いチェックのペアルックだった。しかも、赤い服を着ている時、印象的なシーンでは背景が木々の緑。私の頭の中、プレイバック Part2 状態。山口百恵さんの曲の歌詞のことだ。「緑の中を走り抜けてく真紅なポルシェ」、ここ。赤と緑は補色。お互いの色が引き立てあう。だからより一層、赤のトゲ、危険さ、衝動、ストレス、怒り…そんなものが画面に浮かび上がって、視覚からひきずり込まれていく。やばい。

あと登場人物の横顔のシーンが好きだ。とてもアップ。画面ほぼ顔くらいのこともあった。スクリーンで観たので威圧感あったな。どストレートで、カメラで言うと普通のレンズじゃなくて、めっちゃ近くのものをアップで撮るマクロレンズでのぞいた心象風景みたいな映画なので、そのアップな感じがとてもマッチしていた。
過去に思いを馳せているのか、今を眺めているのか、未来を妄想しているのか、横顔にはそれを考える隙がある。改めてそう思った。

それから、3人は王子様になることを夢見るところもあるくせに、姫に直接は手をのばさない。同化して姫になりたいから。指をくわえるクセまで、完コピしていた。究極的な愛のカタチのひとつはこれなのか? 鳥肌が立つ。「お互い恋人同士になって、笑顔が似てきたね」とかそういう話とは次元が違う。だからご飯も盗聴しながら同じタイミングで同じカップラーメンを食べる。とっても嬉しそうに。こういうカタチの愛は、多分今まで知らなかった。

とても不気味で気になったのが、誰かが常にアパートで首輪をかけていること。きっと、誰かが繋がれてなくっちゃだめだったのだ。坂本龍馬がずっとかけていた首輪は、外されると同時にソンのクズ彼氏にかけられ、そして最後は尾崎が自分で自分につける。自分たちの国を守るために、必要だったのか? この部分、考察ができていない。自分で自分を抑圧しているのか? あんなに気持ち悪いことばっかしでかしておいて?

そういえば、この映画の大事なモチーフのことも気になってる。変態ストーカー3人組は、ソンを影で女神のように崇め、その象徴にひまわりの花を使っている。
ひまわりの花言葉は後から調べたところ、ざっと以下の通りだった。
・私の目はあなただけを見つめる
・あこがれ
・崇拝
・愛慕
映画そのままやん…。素敵な花なのに、もう今年はひまわりを見ても晴れ晴れとした気持ちになれる予感が一切しない。この映画のせいだ。

それからそれから、尾崎が海の中に入ってるシーンが美しい。どうしようもないシーンなのに、美しい。ずっと心の中でスローモーションでなんども再生されている。

ということで、まだまだ気になることがいっぱいあるし、ぜひ観て驚いて欲しいから書けないこともあるし、一回観ただけじゃ分からないこともあって、また観たいけどすごく覚悟がいるし、カロリーもめっちゃ消費するからある意味カロリーゼロ…?

とにかく。この平成最後の夏にふさわしい、気持ち悪くて、切なくて、気持ちいい、最高の映画です。劇場で観た方が恐ろしいほどの生々しさと気持ち悪さを味わえるので(褒めてます!)、ぜひ今日から観に行ってください。そして感想をフラペチーノ生クリームマシマシで頼んで一緒に語り合いましょう。

ということで、なんとか思いを吐き出したことで、やっとフェリーの酔いから少し解放されそうです…。まだ余韻の中にいますが…また観に行ったらすぐに酔いそうですが…うん、これも夏。

みんな、いい夏にしましょうねー!

『君が君で君だ』
7月7日(土)新宿バルト9ほか
七夕全国公開

監督・原作・脚本:松井大吾さん
企画・プロデュース:阿部広太郎さん

音楽:半野喜弘さん
エンディングテーマ:「僕が僕であるために」
作詞・作曲:尾崎豊さん

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くりこ

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