クイズ/カセットテープとエッシャー

 正月の三日目は、日がな一日クイズをして過ごしていた。今日こそは外出し、神社にお参りをし、現実に動くことに何か飛ばしをつけようと思っていたのに、このざまである。明日は早朝のバイトがあるので流石に出かける勢い付けにできるでしょう、ということが、せめてもの救いです。スーツを取りに行く、スーツを取りに行く、スーツを取りに行く。就活のメールの通知ばかりに焦っている。

 ごろごろ遊んでしまった罪悪感で、今日は少しだけ切羽詰まった気持ちで文章を書きます。

 クイズは、高校2年と3年の時に、一時期、本気でやっていた、というか本気で大会に臨んでいた時期があって、合わせて、多分、5ヶ月か6ヶ月くらいです。もっと短かったかも。やっていた理由は、その先に何かがあると知っていたからーーこの話も、内緒ではないけど、関係する人の目に留まったらどう思われるか恐ろしいので、ここではとりあえず伏せますーーと、勝たなければならないなと思ったからと、勝てると思ったからと、間違いなく現時点で、私に与えられている、最小の努力で最大限欲しいものーー卒業旅行とか、名誉とかーーを手に入れる手段だと思ったからで、やめた理由は、クイズ自体にそういう魅力があったわけではなかったからです。あとは、あんまり言わなかったけど、クイズの世界のコミュニティにはもっと早く入りたかったなぁと思って、結構それはコンプレックスで、ーーというのは、母校のクイズ同好会のようなものはあったけど、学校の成績が良い人から招待されていて、私には声がかからなかったーーそれは今からやったのじゃ巻き返せないように思えて、要するに弊塾のクイ研はあんまりかっこよく見えなかったからです。黒板の字がものすごく汚かった。信じられないくらい。大学生になってこれはなしだなと思った。それから、たぶん、どちらかというと、得意ではあったけど、私は得意なことをするのが割と好きだったけど、このままでいいのかなと思っていて、得意なことじゃなくても、面白いと思うこと、好きなことがしてみたかったし、そのために新しい環境を切り開いたと思ってたからです。競争的な私がもたらしたものは多かったけど、嫌だったから。

 それはともかく、今日は1日早押しクイズのアプリに夢中になっていて、今日初めて、この遊び自体が好きなんだ、と思った。たぶん、それは、アプリの問題の出し方にだいぶうまいところがあって、これまで生きてきた中の少しだけ周囲に気を配るような瞬間の、知ることに余計に貪欲になろうとした時に、(それはあくまで知性に貪欲にではなく、それ自体への興味が明るかったときに)吸い上げた領域の言葉がばらばらに求められて、時間も空間も超えて、記憶を旅行しているような感覚が、かなり強く、実のところ、私はTwitterにも同じ役割を求めて使っているようなところもあるのですが、それよりももっと文脈を奪われて、あったからです。それから、自制のために、一応書いておくと、そういう感覚と共にあると、時々は、人生の充実の度合いとすら、すり替えてしまいそうになる、知識において他人に優っているという優越です。知性というのはもっと揺るぎないもので、安い優越に酔っている人間は必ずつぶれると思います。わかっているのに私はこんなにすぐ表面的にしか物事を捉えられなくなる私は本当に嫌だなぁ。

そういうところもあるけど、そういうところじゃないとこもあるので、今日、言葉を求められて、思い出したことを、少しずつ書きます。

「谷山浩子」
 6歳の時に、2回目に住んでいた宮崎の家の畳の上で、カセットテープで、聞いていた。お母さんが、それは若い頃に買ったCDを入れたものだと言った。他にもたくさん童謡のカセットテープがあったけど、そればかり、聞いた。
 ”私はアリス 弟はナルス”から始まる歌が一番好きで、ずっと聞いていたかったけど、カセットテープの戻し方がわからなかったし、”私のメアリー 血を吐いて死んだ 私のために死んだ”という歌詞があって、この曲ばかり聴いていると気づかれると怒られるような気がして、一周して、確か、裏側の曲まで全部聞いて、カセットを戻して、また聴いていた。”一晩泣いたの 涙は出なかった”という歌詞があって、あぁ、そういうことがあるんだ、あってもいいんだなと思った。転がって、網戸の向こうに揺れる緑の雑草を見ていたら、足元で眠っていたお母さんが起きて、カセットを止めた。私は目を閉じた。

 それは覚えている限り、初めての好きな曲だったようにも思えるけど、もっと早くに、おじゃる丸や忍たまやドラえもんに好きな曲があったような気もするし、夏休みの朝やっていた、ケーブルテレビのサンリオの、時々だけ放送する、ハムスターが滑車を回す歌の方が先に好きになったのかもしれなかった。記憶の時系列を、私はいつもそこに登場するものから推理して考えるけど、「生まれてからのはじめの記憶は、」という話をする人がいて、どうしてはじめだと思うんだろう、すごいなと思う。1Q84の天吾は確か、私と同じだったと思う、わざわざ、そういう記述があったと思う、冗長な。けど青豆は違っていた気がする。それも、わざわざそういうことが書いてあった気がする。記憶の話をするといつも1Q84のその節のことを思う。1巻のはじめの章。青豆は歴史を年表が風の中でばらまかれるイメージで覚えている。

 その曲のことはしばらく忘れていたり、思い出したりしていたけれど、名前はすっかり忘れていて、それからしばらくが経って、12歳か、13歳になったとき、たまたまニコニコ動画で、不思議な曲メドレーだったかで、とてもよく似た声の歌手を見つけて、それから辿った。それが谷山浩子。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm2563782

1つめと2つめと4つめがカセットには入っていたけど、2つめ。さっき、聴いて見たら、ナルスじゃなくてナルシスだった。「素敵なものより素敵な言葉よ 言葉が好きよ」という歌詞があって、忘れていたけど、お前かよ、とんでもないこと教え込んでくれたな、と思った。ついったーにも書いたけど。

「エッシャー」
 経営がうまくいっていない頃のハウステンボスーーというのは私は確かちょうど経営がうまく行き始めた頃に九州を出たのでこの頃の景気のいい楽しそうなハウステンボスのことはよく知らないのだけどーーには、エッシャーの館というのがあって、それはたぶん彼がオランダの出だからだったと思う。噂によると最近は違うそうなのだけど、ハウステンボスは何かにつけてオランダのつながりで取り上げようと、というかそうでなければ取り上げようとしないようにしていた、という印象があったから。エッシャーの館では、はじめに、お姉さんに案内されながらエッシャーの絵を見て回って、それから確か3Dのメガネをかけて欧風の女の子がエッシャーの世界を旅する、という短い映画を見た。前半は、森でとかげに襲われたり、不気味な包帯の二人に不吉なことを言われたり、少し怖い内容なのだけど、確か最後は、悪魔の絵の中に天使を見つけて、願い事を叶えてもらう、という筋だったと思う。永遠の滝でーーあの絵のタイトルが本当に永遠の滝というのかは知らないけど、ーー無邪気に水を浴びるのに憧れた。ハウステンボスには他には、洪水をモチーフにして、街のジオラマに大量の水を流し込むアトラクションと、12星座占いのショーをする館(残念ながら手をあげて当ててもらわないと占ってもらえないし、当たらなかった)と、角笛をふく牛か羊の角の生えた男が、(パンかな?)月の女神を追いかけるけれど、悪い女に騙されたり、死んでしまったりする、というセリフのない映画を上映しているところがあった。それから、確か小学4年生くらいになった時にできたけど、フライングワンダーというライド型の人形を見るアトラクションで、魔女の女の子が友達のために悪い魔女と戦うというストーリーのものがあって、吊るされた乗り物の動きががたがたしていて、不気味で恐ろしかったけど、きらきらしていたので一番好きだった。それで、その中なら、エッシャーは確か3つめくらいに好きだった。
 いつかの正月のカウントダウンのイベントにお母さんと行って、チーズの福袋を買って、持たされていた時、人ごみでつい、中に入っていたチーズ専用の?醤油の瓶を割ってしまったけど、怒られるのが嫌で、知らない顔をして歩いていたけど、エッシャーの館の列に並んでいるときに、ばれて怒られた。

つかれたから今日はここまで。文脈なく思い出した記憶というのは、どこまでも繋がってしまうような気がする。

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Ai Matama

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